何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

新潮文庫『Mystery Seller』の感想


(2019年10月読了)

 8人の作家による短~中編ミステリ8本を集めたアンソロジーである。本書が出たのは2012年のことで、確か刊行後ほどなく入手した。収録されている、有栖川有栖氏の〈学生アリス〉シリーズの1篇「四分間では短すぎる」が目当てだったと記憶する。その頃まで、この短編は読むことが難しく(『小説新潮』 に掲載されたのみで、これを収めた短編集『江神二郎の洞察』の刊行も半年以上先のことだった)、本書で読めると知って手に入れたのだった。その後、「四分間……」だけ読了し、ずっとそのままになっていたのを掘り出して読み終えた。
 『Mystery Seller』というタイトルだが、姉妹企画として『Story Seller』『Fantasy Seller』なども存在する。シリーズ展開を睨んで編まれたものと思われるが、複数刊行されたのは『Story Seller』のみのようである。

 以下、例によって各作品の概要を示すのだが、本書に収められた短編が、その後それぞれの著者の本に再収録された例もかなりあるようである。「四分間……」もそうだが、本書収録の作品がシリーズものの一部である場合があり、その追跡に便利だと思うので、そうした本が存在する場合は併せて示すこととする(複数ある場合は、なるべく入手が容易なものを優先)。

概要

進々堂世界一周 戻り橋と悲願花(島田荘司

 9月の日曜日、勉強に疲れた受験生の「ぼく」(サトル)は、勉強を教えてもらっている京大の医学生・御手洗を誘って、一条戻り橋まで散歩した。サトルは御手洗に橋の逸話を語り、欄干のたもとに挿されていた彼岸花を見つけた御手洗は、この花に関する諸々を語る。やがて御手洗の話は、ロスアンゼルスで出会った韓国人男性チャン・ビョンホンの辿った半生に及ぶ。それは、彼岸花と太平洋戦争にまつわる数奇な物語だった。

 戦争中、日本統治下にある朝鮮のクァンジュで暮らしていたビョンホンは、姉ソニョンに同行することを許され日本に渡る。優秀な姉は、日本で女学校に通え家計の助けにもなると女子挺身隊の募集に応じたのだった。
 しかし日本で姉弟を待っていたのは劣悪な環境下での労働だった。ササゲら日本軍人の指導官から厳しい叱責が飛ぶ中、挺身隊は気球作りに追われる。富号作戦――風船爆弾によるアメリカ攻撃のためのものだった。
 失意と暴力に苛まれ、姉弟のササゲへの怨恨がつのる。そんな折、ビョンホンは、母の従姉妹である張村仁美ら夫婦が暮らす高麗川村での養生を許される。ビョンホンを出迎えた仁美は、高句麗人が植えたという朝鮮由来の花・曼殊沙華を誇らしげに紹介した。
 高麗での暮らしは楽しく、権という友人もできたが、ほどなくビョンホンが労働に戻る日が来た。帰還直後、決定的な場面を目撃したビョンホンは、曼殊沙華の球根を使ってササゲに復讐しようと決意するが、それは不可解な失敗に終わった。

 突然、労働は終わりをつげ、姉弟は祖国に帰ったが、日本の協力者とみなされた一家にあったのは困窮と孤立の日々だった。姉のお荷物になりたくないビョンホンは単身で高麗川村に移るが、運命は定住を許さなかった。アメリカ西海岸に渡った権に招かれ、今度はビョンホンはロスアンゼルスを訪れる。
 ロスに場違いさを感じて去ろうとするビョンホンを、権はある場所に案内する。そこには、目を疑うものがあった。積もった怨恨と陰鬱な作戦に幾つもの偶然が加わり、悲願の花を天から降らせた。仏典にあるように。
(再集録:『進々堂世界一周 追憶のカシュガル』/『御手洗潔進々堂珈琲』〔文庫化時改題〕)

四分間では短すぎる(有栖川有栖

 10月になっても、夏に味わった矢吹山での経験を引き摺っている有栖川有栖。後輩を元気づけようと、英都大学推理小説研究会(EMC)の先輩らは「無為に過ごすため」の会を企画する。開催場所は、EMCの長老こと江神二郎の下宿である。
 開催当日、家庭教師の約束があったことを思い出し、京都駅の公衆電話から急遽キャンセルの連絡を入れたアリスは、隣で話す男の会話に興味を惹かれる。
 「四分間しかないので急いで。靴も忘れずに。……いや……Aから先です」――いったい何のことなのか。

 その夜、“無為の会”の最中に話題提供を求められたアリスは、京都駅の電話での一件を語り、その意味を問う。一同は乗り気となり、かくして『九マイルは遠すぎる』ゲームが始まった。
 松本清張『点と線』の問題点に触れ、4分間と靴の意味を考察し、チョコレート煎餅をつまみ、時刻表を当たって、推論は徐々に形を成していく。それは根拠の乏しいものには違いなかったが、瓢箪から駒という言葉もある。アリスは、改めて先輩たちに感服し、感謝した。ゆっくりと秋の夜は更けていく。
(再集録:『江神二郎の洞察』)

夏に消えた少女(我孫子武丸

 「私」は、後方支援担当の警察官。女子小学生が誘拐された事件のために、関係者の家族の家を訪れた。付近の公園で小学生の女子児童が中年男性に連れ去られる姿が目撃された。目撃者によるとお宅の夏紀さんのようだ。母親は錯乱状態となり、仕事中の父親を呼び戻す。件の中年男性には、この近辺で相次いで起きている女子児童の誘拐、悪戯、殺害の容疑がかかっている。被害者の身に危険が迫っていた。
 数時間前、38歳の誘拐犯は、公園で1人の少女に声をかけ、言葉巧み車へと乗せた。車は、人気のない山奥へと向かう。
 父親が慌てて帰宅し、事情を知ると大いに狼狽した。が、ほどなく「私」にあることを語り出し始めた。

 山中で、誘拐犯は本性をあらわし少女を苛む。しかし、間一髪で警察が間に合い、犯人は確保。少女は無事に保護された。
 父親の証言通りだった。我が子についての心当たりから、この山の場所を教えたのだった。
 「私」は考える。我が子のことを思うと、夏紀の母親には同情を禁じ得ない。表面上は良い子ではある。しかし、今度の事件のようなことを起こさないとも限らない。そう考えると「私」は眠れない。

柘榴(米澤穂信

 親に似ず美しく育った皆川さおりは、大学のゼミで出会った佐原成海と婚約する。不思議な魅力で異性を惹きつける鳴海との結婚に、母は賛成し父は反対するが、さおりの妊娠により否応なく話はまとまった。

 さおりは2人の娘――夕子と月子の姉妹を産んだ。自分に似て美しい2人を、さおりは愛した。一方、成海は家庭に居つかなかった。夕子の高校受験を控え、さおりは離婚を決意する。成海は同意したが、親権は主張し裁判となった。娘たちと暮らしてきたさおりは、裁判の勝利を疑わなかった。もつれた審判の結果が言い渡される。

 鬼子母神の言い伝えにある柘榴を、夕子は父とともに密かに食べていた。母の情念と多産を象徴し、ペルセポネが冥界にさらわれることとなった柘榴の実を。そしてまた、その冥界の女王さながらに、彼女の嫉妬は深かった。
(再集録:『満願』)

恐い映像(竹本健治

 ある日「僕」は、テレビを観ていて突然とてつもない恐怖感に襲われる。どうやらそれは、あるCMの赤い花が咲き乱れる映像によるものらしかった。たまらず医者にかかると、精神科医の天野は恐怖の根本的な原因を取り除くべきと助言する。

 映像の撮影場所を突き止めた「僕」は、その撮影場所――静岡県二見市にある天宝神社の脇の山道を登った先の廃墟――に赴く。現地に着き、廃墟へ向かう途中、「僕」は地元民らしい女性ナオと打ち解け、2人で廃墟に向かうこととなる。そこで彼らは、「僕」と同じように廃墟にやって来たらしい女の姿を目撃するのだった。
 帰り道、かつて数か月ほどこの町の小学校に通ったことを思い出した「僕」に、ナオは、そのころ例の廃墟で起きた殺人事件のことを語る。殺されたのは、「僕」の友人だった少女、秋元由紀。犯人として逮捕されたのは奥田惣一という壮年の男だったという。
 泊まった宿で「僕」は廃墟で見かけた女、坂口沙羅と再会する。近隣出身の彼女は、例のCMで秋元由紀の事件を思い出し、やって来たのだと語る。逮捕後ほどなく病死した奥田は冤罪であり、真犯人を探しているという彼女の話が、事件現場にあったという奥田の持ち物――花の種の入った小瓶――に及んだ時、ふたたび「僕」を恐怖が襲った。不確かな記憶に「僕」は苛まれる。

 自宅に戻った「僕」は憔悴する。再び受診した「僕」を天野は巧みに回復させ、「僕」の二見での経験を解きほぐした。「僕」の得た情報を元に、天野は真相を指摘する。それは、事件に所縁ある者らの協働と分岐と言えた。
 重いものを背負ったものの、恐怖の正体を知った「僕」の心は安らぐ。同時に、16年前に失われた者を思い、涙がこぼれた。
(再集録:『かくも水深き不在』)

確かなつながり(北川歩実

 専門学校生の安川美空が誘拐された。作家になりたいという夢を利用されたものらしい。美空の友人・瀬戸葵を介して依頼を受けた中島英香は、彼女の捜索を開始する。
 犯人として浮かび上がったのは原山保。美空の実父である産婦人科医・井波敏夫の古い友人だという。同級生だった井波と原山、そして高村春奈。3人をめぐって起きた出来事を井波は語る。
 原山の父が雇った調査員・南雲は、原山が実家の金を持ち逃げし姿をくらましていると告げ、井波に接触してきた原山の協力者・平良は原山の目的を“失ったものを取り戻す”ことだと言う。

 英香と井波は、美空が監禁されている場所に潜入を試み、原山と対峙する。真相が明かされるが、つながりを求めた者の愛は報われず、今また一つのつながりが断ち切られた。打ちひしがれる被害者の背中を押し、英香はその場を後にした。

杜の囚人(永江俊和)

 美知瑠は、兄だと紹介しながら孝雄をビデオカメラに収める。2人の別荘暮らしは穏やかに始まったものの、庭で見つけた石や裏山の古井戸、別荘をめぐる新興宗教結社の噂話が不穏な影を落とす。未知瑠の思惑と孝雄の思惑が絡み合う。誰が「越智修平」なのか。その様を、ビデオカメラはとらえ続けていた。

 結末が訪れると、彼は安堵した。全ては“人類の再生と未来の代償”であった。
(再集録:『掲載禁止』)

失くした御守(麻耶雄嵩

 文字通り霧の多い霧ヶ町で幼馴染の美雲真紀と日常をやり過ごす、寺の息子の「俺」――優斗。ある日「俺」は、うさぎ神社に初詣に行った時に買った兎のマスコット御守を失くしたことに気付く。真紀とペアで買ったもので、紛失したことを真紀に知られるのはまずい。
 そこに、悪友の武嶋陽介が事件の報をもたらす。町の旧家である鴻嘉家の令嬢、恭子が駆け落ちしたのだという。しかし、駆け落ちの相手である国語教師の與五康介とともに、恭子は遺体となって見つかった。

 2人が“心中”した現場である山城公園を陽介とともに訪れたり、真紀の追及をかわしたりしつつ、「俺」の御守探しは続く。並行して、恭子たちの心中について続報がもたらされていく。積雪に囲まれた現場の四阿(あずまや)、軟禁同然だった鴻嘉の家の自室から煙のように消えた恭子。異なる2人の死因――。寺の離れで“なんでも屋”みたいなことを営んでいる「俺」の叔父は、仕事として恭子の見張りについていたと語る。

 恭子の葬儀が営まれた日、御守を探し回って万策尽きた「俺」は、最後の望みをかけて叔父の離れを訪れた。ふとしたことを切っ掛けに、叔父の口は“心中”の真相を紡ぎ出す。全てが解決し、「俺」は晴れやかな気持ちで離れを後にした。
(再集録:『あぶない叔父さん』)

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筒井康隆『脱走と追跡のサンバ』の感想


2019年9月読了

 以前から気になっていた作品である。ふと手に取ったので、そのまま読むこととした。
 題名の「脱走」という言葉からは、村上龍氏の『希望の国エクソダス』(当該記事)を思い出す。が、社会システムとしての日本からの「脱出」を描いた『エクソダス』と、本作の「脱走」はいささか異なる。まずは概要を示そう。

概要

カスタネットによるプロローグ

 以前いた世界から異なる世界に移動してしまったと感じている「おれ」は、以前の世界の自由さを好ましく思っており、今いる世界から抜け出して帰りたいと考えている。

 「おれ」は一体いつから違う世界に迷い込んでしまったのか。心当たりは幾つかある。一つは、正子と一緒に公園でボートに乗り、雨に遭って排水口から下水道に入り込んだ時。一つは、やはり正子に連れられて職業適性所なる施設に行き、SF作家にのための奇妙なテストを受けた時。そしてもう一つは、正子が何者かに誘拐され、身代金の渡し場所に指定された自我町6丁目にあるという井戸時計店に行った時。
 いずれにせよ、この世界の移動について正子が関与しているらしいと考えつつ、「おれ」は今の世界の情報による呪縛、時間による束縛、空間による圧迫から逃れ、元の世界に帰ろうと行動を開始する。

第1章 情報

 氾濫する「にせもの」の情報により、精神が末端肥大症的になっていると考える「おれ」は、情報の供給源であるテレビにかかわる人間に接すれば現状を打破できるのではと考え、テレビ局「本質テレビ」に向かう。住居であるビルを出ると、ほどなく自分を尾行する緑色の背広の男がいることに気付いた。
 多くの人間が働くテレビ局だが、本質的なことを語る人間はいない。「本物の世界」への出口があると予期した「おれ」は強硬手段に出るが、その先もやはり虚構だった。
 幾度繰り返しても同様で、自分が本気だったか否かをめぐって「スポンサー」と問答するうち、問題はテレビよりもその背後で情報を司っているコンピューターだということに思い至る。尾行してきた緑の男を撒きつつ、「おれ」は局の地下にあるコンピューター室を目指す。

 コンピューター室に着いた「おれ」は、立ちはだかった若い女性オペレーターを問答の末に突き飛ばし、核であるCPUに至る。そこにあった無味乾燥なものが情報だとは認められない「おれ」と、それこそが情報であるとする6桁の数字――正子らしき声の言い争いは、やがて「にせもの」か「本物」かの議論となる。
 そこに追い付いてきた緑色の尾行者は、自分は尾行者ではないと語るが、「おれ」は疑う。「おれ」が今の世界に違和感を感じているのに対し、尾行者は違和感を全く感じないと言い、その差異を正子の声があざ笑った。

 緑色の男とともに情報検索室に逃れ出た「おれ」は、今度は情報検索者たちと言い争いになる。そのさなか、「おれ」情報の中に脱出口が無いことを悟ると、時間が狂っているのだと考え、今度はこれを正そうと言い出す。緑色の男は制止しようとするが、「おれ」は諦めようとしない。

マリンバによるインテルメッツォ

 緑色の尾行者は、依頼主に提出する報告書で、自分が如何に真面目に仕事に取り組んでいるかを記して自己弁護する。彼はいま自分がいる「単純明快な世界」に満足しており、以前いた世界を住みにくいところと感じていた。

第2章 時間

 緑色の男の尾行を気にしながら、「おれ」はこの世界の時間を監督していると目される「大部分天文台」へと向かう。拾ったタクシーの運転手と時間をめぐる議論をしながら到着した天文台では、台長が応対してくれるが、結局は「時間なんてものは滅茶苦茶」で、確かなものは何もないのだと吐露する。
 狂乱の中、緑色の男が自分より前に訪ねて来ていたことを「おれ」は知り、次に男が行ったであろう、原子時計を作っているという「捕縛大学」応用物理学教室に向かった。その先で「おれ」は原子時計について説明を受けるが、原子時計もまた滅茶苦茶であり、天体の運行すらも滅茶苦茶だと説明される。

 自然科学的な時間ではなく、主観的な時間に可能性を求めた「おれ」は、今度は自我町6丁目の井戸時計店へと足を向けた。時計店では様々な時間軸の「おれ」が入り乱れており、いつしか映画を撮り始めていた緑色の男に言われて「おれ」は時空を駆け回る。再び「おれ」は井戸時計店に戻るが、そこでは尾行者との立場が逆転していた。
 正子を自宅のおんぼろアパートに帰らせると、「おれ」はふんだくった身代金で酒と賭け事に溺れ、流しのギター弾きをしながら老いていった。
 いつまでも正子を取り戻しに来ない尾行者に業を煮やす「おれ」だったが、尾行者がかつての「おれ」と同じ立場にあることを知り、尾行者を苦しめることに意義を見出す。

 時間が壊れたなかでの追跡と逃亡を繰り返すうち、もはや時間は「おれ」の問題にならなかった。「おれ」が緑色の尾行者を追いかけることすら出来るのだ。

ティンパニによるインテルメッツォ

 尾行者は怯える。無限に存在する世界の中には、逆に自分が尾行される世界も存在することに。時間を飛び回ったために、他の自分が蓄積した記憶が全て自分の中に流れ込み、そればかりか追う相手である「おれ」の記憶すら流れ込んだことで、両者の意識が似通ってきていることに。

 自分が「おれ」を尾行することに意味が見いだせなくなった尾行者は、尾行を続行するか中断するかの判断を依頼主にゆだねた。

第3章 空間・内宇宙

 残された脱出路は空間にしかない。そう考えた「おれ」は、自らに混じり合った尾行者の記憶から、「おれ」の尾行を依頼した者の素性を知り、その人物に会うため、「全然ビル」4階の「告白産業株式会社」へと足を向ける。追いすがる尾行者に「おれ」は、自分はこの世界から逃げ出すのではなく、己の精神力でこの世界を変える、とうそぶき、足を止めようとはしなかった。
 尾行者の追跡を交わしながら「おれ」は「告白産業株式会社」の社長室へと向かうと、そこで再び正子と再会した。

 「おれ」と正子は歓楽街を歩き、下水道を下る。それを尾行する尾行者。「おれ」は公園のボート借しの親父、井戸時計店の店主、職業適性所の所長らを連れ、尾行者以外と回転木馬に乗る。
 怒った尾行者により正子はさらわれるが、既に構図は自分・尾行者・正子の三つ巴であり、自分がこの宇宙の中心であると認識している「おれ」は追跡せず、タクシーを拾ってレストラン「大嘔吐」に向かう。たらふく飲み食いしたが無銭飲食のため捕まった「おれ」は、警察署の取調室で尾行者と正子に再会し、3人が一体となって世界を思い通りにしようとするが、上手くいかず分裂する。

 自らに相反する性質を持つ尾行者と正子は己の自我の一部であり、これを殺すことで、独立できると「おれ」は考える。
 「おれ」は、がらくたの山の上、ロココ調の宮殿の中で正子を殺し、雪山の頂で、豹の姿をした尾行者を殺した。あとには幾らも残らなかった。

ボサ・ノバによるエピローグ

 溜まりに溜まった仕事を片付けていた「おれ」は、その最後である「ドビンチョーレについて」という論文の執筆に手を着ける。いま話題になりつつあるドビンチョーレとは何か、その是非や意義、自分が書くSF作品がドビンチョーレであるか否か、など。論文は報告書となり、書き上げた「私」はその提出先を求め、墓地をさまよう。尾行者と正子の墓は見つからない。墓は「おれ」だった。

 不自由を失ったと感じる「おれ」は、新しい不自由を求める。
 果たして不自由は現れる。ナイトクラブの片隅で、正子ならぬ股子、尾行者ならぬ尾籠者を始め、これからの登場人物たちが入れ代わり立ち代わり自己紹介を続けていく。パロディばかりで腹を立てる「おれ」に、気分を害した尾籠者がパロディと本物の違いを問うと、「おれ」は即座に反論する。無限に続いていく「おれ」の長広舌。

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ひびき遊『ガールズ&パンツァー3』の感想


(2019年3月読了)

 引き続き、ライトノベルガールズ&パンツァー』の3巻について書く。これにて最終巻となる。例によって概要を示し、それから感想を綴ろう。

概要

 必勝を祈願した“あんこうチーム”ご飯会の直後。早々と後片付けと身支度を済ませて寝床に入った沙織は、チームメイトたちのことを思いながら眠りに落ちていった。

 その少し前。寮に戻る途中だった華は、帰り道に一緒になった優花里を部屋に誘う。珍しく一対一で語り合う砲手と装填手。語らいの中、華は砲手としての未熟を自ら悟る。長砲身で射撃を「当てる」感覚を養ってもらおうと優花里が提案してきたのは、『World of Panzer』――戦車戦を疑似体験できるオンラインゲームだった。
 歴女チーム、ゲーマーチーム、一年生チームもログインして、華にとって初めての仮想空間での戦車戦が始まった。戸惑いながらも、優花里と二人三脚による戦車の操縦を覚えていく華。
 一戦終えて一息ついた時、華と優花里にマッチングをリクエストしてくる2人のユーザーが居た。10対10の戦車戦が繰り広げられる中、挑戦者の1人、イギリスのレア戦車・ブラックプリンスを駆る謎のユーザーは、会話機能で格言を表示させながら撃破を重ねる。4対2に追い込まれる華たち。二転三転する戦いの末、華の砲撃はついにブラックプリンスを捉えた。そして彼女は、自らに欠けていたものを悟るのだった。

 同時刻。冷泉麻子は、『World of Panzer』の画面から目を離した。眠気が来ない。
 彼女が居るのは大洗女子学園内の合宿施設。風紀委員で何かと麻子を目の敵にするソド子――園みどり子が、朝に弱い麻子を思って手配してくれ、風紀委員3人揃って付き添いまでしてくれているのだ。
 眠れない麻子のため、ソド子は夜のジョギングを提案するが、それも効果は今ひとつ。その時、ふと聞こえた怪音に麻子は怯える。しかし、それはバレー部チームが暗闇で練習をする音だった。無断で居残っていたことにソド子は怒る。
 うまくいかない麻子の眠気喚起だが、ソド子は諦めない。彼女もまた、麻子が決勝戦の鍵を握ると理解していた。その責任感の強さは、麻子に自らの亡母――喧嘩別れとなってしまった母を思い出させるのだった。
 またも異音が聞こえ、2人は怯えるが、それは自動車部チームが自分たちの乗る戦車・ポルシェティーガーの手入れをする音だった。やはり無断で居残っていた自動車部にソド子の怒声が飛ぶ。
 疲れ切ったソド子を連れ、麻子は合宿施設に戻った。眠気で支離滅裂なことを言うソド子に、麻子は自分の進路希望について話す。ソド子もまた本心を語り、優勝のあかつきには麻子の総計3桁におよぶ遅刻履歴を消去すると約束した。
 翌朝、風紀委員3人がかりで麻子を起こそうとするが、なかなか目が覚めない。彼女を覚醒させたのは、たった1人の身内である“おばぁ”の、電話での怒鳴り声だった。

 午前5時半。時間ぴったりに沙織は集合場所に着いた。仲間たちも揃っている。隊長のみほは、既に臨戦態勢に入っていた。港から戦車ごと鉄道に揺られ、沙織達は決戦の地、富士山のふもとにある試合会場に到着した。
 試合開始の直前、黒森峰の副隊長・逸見エリカが、みほを挑発する。8対20。大洗女子の圧倒的な数的不利のもと、決勝戦の火ぶたは切って落とされた。
 ほどなく黒森峰の激烈な火力にさらされ、大洗女子は浮き足立つ。みほは「もくもく作戦」「パラリラ作戦」「おちょくり作戦」を矢継ぎ早に指示し、これに対処した。
 大洗女子が川を横断しようとした時、自らのトラウマを抉る事態が発生し、みほは逡巡する。しかし、沙織は、チームのメンバーは彼女の背中を押した。仲間は見捨てない。それが、みほと大洗女子が見出した“戦車道”だった。

 試合は市街戦へと移った。姿を現した黒森峰の超重戦車・マウスに、大洗女子の戦車は相次いで擱座していく。
 しかし、そのマウスすらも陽動と見抜いたみほは、フラッグ車同士の決戦を企図。市街地の中心に急行し、敵フラッグ車であるティーガーⅠを発見した。“あんこうチーム”のⅣ号戦車と、黒森峰の隊長にしてみほの姉、西住まほ達の駆るティーガーⅠとの一騎打ちが始まる。
 自らの実力を上回る者を相手に、みほの心は折れかける。しかし、仲間たちの声が支える。みほの指揮、沙織の地形判断、麻子の操縦技術、優花里の装填、華の砲撃。全てが噛み合ったゼロ距離射撃は、ついにティーガーⅠに白旗を挙げさせた。

 それぞれのやり方で、大洗女子の面々は勝利を喜んだ。ぼろぼろになったⅣ号線車に、“あんこうチーム”の面々は感謝の意を表した。そして、姉は手を差しだし、妹は応じた。
 表彰式。かつて自分たちを訓練してくれた戦車道の教官で、この日は審判をしていた蝶野から、みほは優勝旗を受け取る。祝福に沸く観客席には、これまで戦った各校の隊長達の姿があった。そして、昨年の決勝戦で、水没した戦車からみほが助け出した当の本人からも、感謝の意が明かされた。

 大洗女子は大洗町へ凱旋する。大勢の見物人の中、イケメンが居ないか期待する沙織だったが、仮設スクリーンに流れで映し出された自分達の「あんこう踊り」に慌てふためく。イケメンを射止めるため、来年も優勝しようと心に誓う沙織だった。

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ひびき遊『ガールズ&パンツァー2』の感想


(2019年2月読了)

 過日に引き続き、ライトノベル作品『ガールズ&パンツァー』の2巻について、概要と感想を記したい。それでは早速、概要から行こう。

概要

 「第63回戦車道全国高校生大会」第2回戦を前に、武部沙織たち大洗女子学園の戦車道履修者は、学園艦内を改めて探索し、Ⅳ号戦車用の長砲身と、忘れ去られていた戦車2台を発見した。

 新しい戦車に乗る生徒の目処は立たないまま、2回戦は始まる。相手校は、イタリアの戦車で編成されるアンツィオ高校である。大洗女子は、長砲身に換装したⅣ号戦車の待ち伏せ戦術で首尾良くこれを降し、3回戦――準決勝への進出を決めたのだった。

 これまで思い思いのカラーリングでやってきた大洗女子の戦車たちだったが、これまでの試合で塗装が剥げかかったのを機に、オリジナルカラーに戻すことが提案される。その代わり、お互いの識別用として各車にシンボルマークを入れることとなった。
 そんな時、かつて練習試合で胸を借りた強豪校・聖グロリアーナ女学院のトーナメント敗退が報じられ、一同はショックを受ける。

 試合である以上、勝者がいて敗者がいる。その事実は、隊長を務める西住みほに苦い記憶を思い起こさせた。昨年、彼女が戦車道の名門・黒森峰の副隊長として、大会準決勝に出場した際の失策。水没しそうになった自チーム戦車の救出を優先したために、勝利を逃したことが、彼女が大洗女子に転校してきた理由だった。
 秋山優花里は当時のみほの判断を評価し、沙織たちも同意する。勝ち負けよりも大切なことがあるという彼女たちの考え方を、しかし生徒会の面々は肯定しない。「負けたら終わり」という生徒会広報・河嶋の言葉が不穏に響いた。

 新たに発見された戦車のうち1台、ルノーB1 bisの乗組員が募集され、その校内放送を観ながら、沙織たち“あんこうチーム”の面々は昼食を摂る。沙織は、無線のことやチームメイトである五十鈴華の食事量のことなどを考えながら、冷泉麻子が自らの家族の事情を明かし、みほを諭すのを見ていた。

 学校からの帰り際、沙織は生徒会三役にひとり誘われ、会長室であんこう鍋をごちそうになることとなる。生徒会長・角谷杏(かどたに・あんず)によるあんこう鍋は美味だったが、そんなことなど吹き飛ぶ事実を知らされ、沙織は驚愕した。大切なことを隊長であるみほに伝達する役目を、沙織は無茶ぶりされてしまったのだ。
 話を切り出せぬまま、準決勝は明日に迫った。新たに戦車道のメンバーとなった風紀委員3人組ともども、雪中での試合に備え、一同は防寒装備を調える。

 雪原で、準決勝は始まろうとしていた。相手校は、旧ソ連の戦車から成るプラウダ高校。隊長のカチューシャと副隊長のノンナが試合前の挨拶に訪れ、その挑発に大洗女子の面々は憤慨する。
 試合が開始されると、いきり立った一同に押される形で、みほは速攻を選択。それが功を奏したか、大洗女子は立て続けにプラウダ高の戦車を撃破していく。
 が、それはカチューシャの仕掛けた罠だった。追い詰められ、大洗女子はやっとのことで廃教会に立て籠もる。

 プラウダ高の“特使”は大洗女子に土下座を勧告してきた。徹底抗戦か降伏か、判断に迷うみほに、多くの者は降参を勧めようとする。しかし、生徒会の河嶋は頑なに負けを拒否した。
 困惑する生徒達を見て、杏は真実を告げる。全国大会で優勝しなければ、大洗女子の日常は潰える、と。
 みほは落胆する一同を励まし、態勢を立て直すべく指示を出す。応急修理と偵察を終え、準備は整ったものの、天候の悪化で試合続行が危ぶまれる。低下する大洗女子の士気を復活させたのは、みほの恥を忍んだパフォーマンスだった。

 天候が回復し、大洗女子にとっての最後の賭けである「ところてん作戦」が始まる。息詰まる接戦を制したのは、彼女たちだった。高飛車だったプラウダ高の隊長カチューシャは、ついに大洗女子を認め、みほに握手を求めた。

 準決勝翌日。気が抜けてしまったものの、沙織は翌日に迫った試験の準備に追われていた。アマチュア無線二級。通信手として、やれることを考えた末の挑戦だった。助けを求められて訪れた麻子と、二人三脚の試験対策が続く。
 試験の次の日。疲れ切った沙織はそれでも、華が母――華道の家元で戦車道を嫌っていた――と和解したという話を聞いて喜んだ。

 以前見つかりレストアされていた戦車・ポルシェティーガーが、整備を担当していた自動車部の操縦によって試合に加わることとなり、さらに再度の戦車捜索で見つかった三式中戦車も、戦車ゲームで鍛えたという沙織の同級生の猫田らゲーマー3人によって戦力化される。
 これで大洗女子の保有戦車は8台。既存の戦車の一部にも義援金をつぎ込んだ改造パーツを取り付け、決勝戦の準備は整った。

 決戦を明日にひかえ、みほの言葉に一同は奮起する。その夜、沙織の部屋で催された“あんこうチーム”のご飯会では、ゲンを担いでトンカツが饗され、沙織の努力が見事に実を結んだアマチュア無線二級の免許が話題に花を添えた。彼女たちだけでなく、大洗女子の8チーム全てが、それぞれのやり方で明日の勝利を祈っていた。

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ひびき遊『ガールズ&パンツァー1』の感想


(2019年2月読了)

 原作に当たるアニメーションのことは以前から知っていたのだが、観る機会に恵まれなかった。先般(といっても、もう1年以上前の話になるが)、知人によって希望が叶えられ、テレビシリーズと後発のOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ。もちろん今日ではDVD等の媒体が普通だろう)、2015年公開の劇場版までを観ることができた。

 そのとき、同作のライトノベル版も借りられたので、併せて読むこととした。概ねテレビアニメの物語に沿う形のノベライズで、全3巻である。まず今回は1巻について扱うこととして、概要から記載する。

概要

 空母の甲板に学園都市を載せた“学園艦”が洋上に浮かび、戦車での模擬戦を行う“戦車道”が、茶道や華道と並んで女子の嗜みとして行われている世界。
 茨城県大洗町を本拠地とする学園艦・大洗女子学園の2年生、武部沙織(たけべ・さおり)は、生徒会が復活させようと画策する戦車道のプロモーション映像を見たことで興味を持ち、必修選択科目として戦車道の履修を決める。彼女の目的は、すばり“異性にモテること”だった。

 長いこと戦車道が行われていなかったため、学園内での戦車探しからしなければならなかったが、いよいよ実際に戦車を動かす日が訪れ、沙織の意気は上がる。「華道よりアクティブなことがしたい」と戦車道を選択した友人の五十鈴華(いすず・はな)、戦車に並々ならぬ情熱を抱く秋山優花里(あきやま・ゆかり)、戦車道の家元・西住流の娘で戦車道経験者でもある転校生・西住みほ(にしずみ・――)。それが、沙織とともに戦車――Ⅳ号戦車D型――に乗り込むチームメイトである。
 生徒会三役による生徒会チーム、バレー部復活を誓う4人のバレー部チーム、歴史好き4人の歴女チーム、1年生ばかり6人の1年生チーム、そして沙織たち。それぞれ寄せ集められた戦車に乗るこの5チームにより、大洗女子の戦車道は再開された。

 生徒会が自衛隊から招いた特別講師・蝶野亜美(ちょうの・あみ)により、いきなり校内での練習試合が催されるが、急ごしらえの役割分担ながら沙織たちは奮闘、沙織の友人で学年主席の冷泉麻子(れいぜい・まこ)の飛び入りもあり、見事に単独勝利を収めた。沙織たちのあの手この手の説得により、麻子は正式にⅣ号戦車の操縦手として参加することとなる。

 通信手を担当することとなった沙織は、その夜、自分にできることを考える。蝶野の助言も踏まえ、彼女は自分なりのやり方で戦車内の快適化を提案するが、他チームもそれぞれ思い思いのカスタマイズを行っていた。
 その型破りなやり方に優花里は頭を抱え、戦車道の強豪校から来たみほは新鮮なものを感じていた。戦車道をやっていて「楽しい」と感じたのは、彼女にとって恐らく初めてのことだった。

 戦車道の基礎を習得し始めた一同だが、その上達を待たずに生徒会は他校との練習試合をセッティングした。相手校の名は聖グロリアーナ女学院。全国大会準優勝の経験もある強豪校である。
 時期尚早ではないかという思いが交錯する中、早朝6時という集合時間に麻子が難色を示し、戦車道を辞めると口にする。“午後からの天才”という二つ名通り、彼女は朝が弱いのだ。
 さらに、大洗女子の隊長となったみほから、試合に負けたら「あんこう踊り」を披露するはめになったことを知らされ沙織は愕然とする。が、どうにか麻子は集合時間に間に合い、全員揃って対グロリアーナ戦に挑む。

 イギリスの戦車によって編成される聖グロリアーナは練度も高く、大洗女子は浮き足立つ。みほは隊長として大洗町での市街戦を指示するが、大洗女子の戦車は徐々に数を減らし、沙織たちのⅣ号戦車が最後まで奮闘したものの、及ばなかった。
 惜敗は悔しいものだったが、聖グロリアーナの隊長・ダージリンはみほの実力を認め、友好の証である紅茶の缶を残して去って行った。ペナルティの「あんこう踊り」も屈辱的ではあったものの、試合を終えた大洗女子は一つにまとまりつつあった。

 練習試合を終えてほどなく、今度は公式戦である「第63回戦車道全国高校生大会」が近づいてきた。組み合わせ抽選会の場で、みほに声をかけてきたのは、彼女の実の姉である西住まほ。前回の準優勝校で、みほも以前は在籍していた黒森峰女学園の隊長である。

 姉との再会に苦いものを残しつつ、みほが引き当てた第1回戦の対戦校はサンダース大学附属高校。アメリカの戦車で編成される金満学校だった。
 みほは、戦車保有台数全国一位というサンダース大付属に脅威を感じるが、優花里の情報収集により活路を見出す。一方の優花里は、初めて自宅に訊ねてくれる友人達ができたと喜んだ。

 更なる実力アップのため、大洗女子は蝶野に徹底指導を依頼し、厳しい練習に食らいつく。お揃いのパンツァージャケットも出来上がり、士気は高揚した。

 そして始まった大会第1回戦。南の島を舞台とした試合は、サンダース大付属の優勢に進んでいく。違和感を覚えたみほは、そのからくりを看破し、逆手にとった戦術に出る。そして、Ⅳ号戦車の砲手・華の射撃は、ぎりぎりのところで相手フラッグ車を捉えた。
 試合後、サンダース大付属の隊長・ケイは部下の監督不行届きを詫び、爽やかなものを残して去っていく。次なる2回戦の相手校は、イタリアの戦車で編成されるアンツィオ高校と決まった。

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