何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

アガサ・クリスティ『カーテン―ポアロ最後の事件』の感想


(2004年1月読了)

 海外の小説にもそろそろ手を出そうと思いポアロものから行くことにする。父がかなりミステリ好きで、エラリー・クイーンアガサ・クリスティのものは実家にもそこそこあって、この小説はそんな父が「ぜひ読め」と言ってきたものである。本来はシリーズを読み継いでラストに読むべきなのだろうが、他を読まずとも致命的な支障はないと言われて読むことにした。以下、まずはあらすじ。

 かつて幾多の難事件を解決してきたエルキュール・ポアロと、その友人アーサー・ヘイスティングズ。今や彼らは老境のさなかにいた。子ども達もひとり立ちし、再び孤独の身となったヘイスティングズは、久しぶりに来たポアロの誘いを受けて彼の滞在先へ赴く。行き先は、かつてポアロと最初に出会った因縁の場所、スタイルズ荘であった。
 今では高級下宿となったスタイルズ荘には、彼ら2人の他、現在の主であるジョージとデイジー夫妻、ヘイスティングズの末娘ジュディスとその雇い主である医師ジョン、その妻バーバラなど、12人が寝起きしていた。心臓が弱り、関節炎で足腰も立たなくなったポアロは、それでもここで事件が起こるとして友を呼んだのである。
 提示した全く無関係に見える5つの事件には、明らかな犯人が存在するにも関わらず共通の真犯人が存在し、その真犯人Xこそが、いまスタイルズ荘に滞在している者の中にいるとポアロは言う。その現実離れした説に半信半疑ながら、ヘイスティングズは動けないポアロに代わって調査を進める。愛娘ジュディスとの、いかんともし難い断絶を感じながらも。
 全てが終わった後、ヘイスティングズポアロからの手紙により真相を悟るのだった。

 ポアロと言えば、NHKで放映されていた『名探偵ポワロ』が最も印象に残っている。ここで編集者的には「ポアロ」と「ポワロ」という表記ゆれが気になるのだが、どうも原語的には「ポワロ」が近いようでありつつも、ポアロものの最大手である早川書房は「ポアロ」としているので、自分としては「ポアロ」で表記統一したい。
 ともかく、デヴィッド・スーシェ演じるポアロ役が嵌り役の映像版は長大なシリーズだが、雰囲気も英国らしさが出ているし、いつか一気に観たいと思う。かなり昔の作品かと思いきや、完結したのは2013年であるという(ラストのエピソードは当然、この『カーテン』である)。

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  そういう風に映像としては親しんでいたものの、ポアロを小説でちゃんと読んだのは初めてである。推理小説というジャンルは犯人探しさえちゃんと成立していれば、それ以外の部分で青春群像を展開しようが文明論を展開しようが推理小説と言い得るわけだが、この『カーテン』では人生のほぼ終着点にいる人々の有様を描いている。錆び枯れた印象の中で展開されていく物語は、もちろん推理ものとしても高水準だが、それ以上に、人生の終わりに近い場所に立つ者の追慕がメインのように、私には思えた。
 ヘイスティングズと彼の末娘であるジュディスとのやり取りが、犯人捜しと並行してスリリングな展開をみせるのだが、その結末もまた、事件の真相とともに何ともほろ苦い幕切れを見せており、経験したことのないはずの老境というものに、ヘイスティングズへの感情移入を通して沈み込んだように錯覚した。

 ポアロ達の若かりし頃の作品を読んで、これを読むと格別なのかもしれない。少なくともシリーズ第1作の『スタイルズ荘の怪事件』は踏まえておくとよさそうである。