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何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

三島由紀夫『花ざかりの森・憂国』の感想

小説 日本近現代文学


(2004年7月読了)

 三島由紀夫の初めて活字になった小説「花ざかりの森」を含む短編集。全13篇を収める。
 ちなみに私が読んだ頃の新潮文庫版の表紙は、白地に橙色で大書されたタイトルと、薄墨色でタイトルと同じ大きさの著者名というものだった。いつの間にか黒地に白文字になっていて驚いた。
 それはそうと、まずはそれぞれ少しずつ説明を。

 「花ざかりの森」。自分と祖先にまつわる4つの断片。祖先との邂逅、幼時の追憶、当世気質の母と弱さの父。熙明夫人。平安期のある女。祖母の叔母。一族の記憶が時を超えて共有される。
 「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜粋」室町幕府25代将軍足利義鳥(実在しない)を殺した殺人者の美学。殺すことは生身から美を引き出すこと。対して海賊は失われた美を再発見する者。殺人者の殺害が理解されない時、殺人者は死す。意識と使命がある限り理解されない可能性は有り得るために、殺人者は祈る。
 「遠乗会」。息子の正史が自転車を盗んで売ったのは、大田原房子という女のためであると知った葛城夫人は、息子宛の乗馬倶楽部の遠乗会で彼女に会えるだろうと考えて参加する。遠乗会には、葛城夫人が30年前に求婚を拒んだ由利将軍も来ており、夫人は彼の変わらぬ愛を妄想する。大田原房子も参加していたが、夫人は好感を抱く。夫人は由利に話しかけるが、由利は過去の恋愛はみな忘れたと馬鹿笑いをした。
 「卵」。盗癖のある偸吉、女好きの邪太郎、嘘ばかりつく妄介、乱暴者の殺雄、酒豪の飲五郎。端艇部所属の5人の学生は毎朝卵を飲むのを日課にしていた。ある晩、彼らは卵に声をかけられ、毎朝の卵飲みについて裁判を受けることとなる。妄介の機転で卵を一網打尽にし、それから毎日、5人は朝飯に卵焼きばかり食べさせられることとなった。
 「詩を書く少年」。すらすらと詩を書く「少年」は、そのため傲慢な物言いをしていた。文芸部委員長で5歳も年上のRと接近するが、彼が人妻との恋に落ち、「君にはまだわからない」と言われ憤慨する。しかし同時に、自分もまた、詩ではなく生きることに没入する日が来るのかもしれないと思い至った。
 「海と夕焼」文久9(1272)年の晩夏のある日、鎌倉の建長寺の裏にある勝上ヶ岳の頂上まで、寺男の安里は聾唖の少年を案内していた。安里はフランス人で、もとは神秘体験をしたキリスト教徒だった。キリストは「アンリにエルサレムを奪還するのはお前だ」と告げた。しかしその後の主の導きはなく、奴隷となって点々としているうちに大覚禅師に自由の身にして貰い、以来、禅師に仕えるようになったのである。信仰を失った彼は、もはや海が割れることなど信じなかった。
 「新聞紙」。映画俳優の夫と暮らす敏子。ある時、赤ん坊をみてもらっている看護婦が急に産気づき、生まれた子が新聞紙に包まれていたのを敏子はフランネルに包み直してやる。敏子はその映像を忘れられない。新聞紙に包まれていたことは、あの子の人生の象徴になり、何かの因縁で我が子を傷つけるのではないか。そう妄想して、そのときは自分が身代わりになると敏子は決心する。気まぐれに立ち寄った千鳥ヶ淵公園で、新聞紙に包まってベンチで寝ている男に手首を掴まれても、敏子は恐怖を感じなかった。
 「牡丹」。友人に誘われて牡丹園に来た「私」。友人によれば、園には580本の牡丹があるという。これは、今の牡丹園の持ち主である川又という元大佐が、南京大虐殺の時に自らの愉楽のために殺した女の数と同じである。自分の悪を、安全な方法で顕彰しているのだ、と友人は語る。
 「橋づくし」花柳界に身を置く42歳の小弓と22歳のかな子は、出入りの料亭の娘である満佐子、女中で体格のいい“みな”とともに寝静まった街に出て願掛けをする。誰とも口をきかず、同じ道を通らず7つの橋を渡って戻ってこられれば願いが叶うというのである。年かさの小弓の先導で上手くいくかと思われたが、かな子は腹が痛くなり早々に脱落し、小弓も知人に声をかけられてしまう。残された満佐子はみなを伴って残りの橋を回ろうとするが、彼女もまた警官に声をかけられてしまう。みなだけが完遂したが、何を願ったのか、みなは何も言わずに薄笑いを浮かべるだけである。
 女方。歌舞伎に魅せられ、特に真女方(まおんながた)の佐野川万菊に傾倒した増山は、大学を出て作者部屋に勤め、万菊とも口をきくようになった。次回公演で門外漢の演出家、川崎が演出を担当することになり、歌舞伎を知らない彼の注文に多くの役者は反発するが、万菊は素直に応じる。増山は酒を飲みながら川崎の愚痴を聞かされ、万菊が自分を一番冷笑的にみていると言われて意外な感じを受ける。一方、万菊は川崎を気に入ったようで、増山に川崎を2人きりの食事に誘って欲しいと言い出す。我知らず増山は、「言いたいことをぶちまければいい」と川崎を炊きつけ、川崎は万菊の誘いに応じることを決める。やっと舞台への幻滅を知った増山だが、同時に嫉妬にかられている自分に気付き慄くのだった。
 「百万円煎餅」。若い夫婦の健造と清子は、浅草六区の新世界を訪れる。“おばさん”と仕事の打ち合わせがあるのである。堅実な2人ではあるが、時間があるので売店で百万円煎餅を買ったり、アトラクションに入ったりして散財する。子どもや戸建ての家など、将来についての考えが交錯する。2人は“おばさん”と会い、仕事に行って帰ってくる。嫌な客だという鬱憤を、健造は百万円煎餅を破ることで晴らそうとするが、湿った煎餅はくねってしまい、どうしても破ることができない。
 憂国二・二六事件の突発3日目、自死した一組の新婚夫婦があった。近衛歩兵一聯隊勤務の武山信二中尉は、決起した親友らを命令によって討たざるを得ないことを知り、自死を選ぶことを妻の麗子に告げる。結婚第一夜の時点で既に軍人の妻であることの覚悟を見せていた麗子は、ただちに共をすることを申し出る。最後の夜を、身を清め、杯を傾け、激しく交情して過ごす2人。やがて身支度を整え遺書を書くと、夫は切腹し、妻は夫の死を見届けた上で自らも咽喉を切った。
 「月」。「藷(いも)ばっかりだ」と言う睡眠薬常用者のハイミナーラと、仲間のキー子、ピータァの若い男女3人は、酒を買って青山の電車通りにある取り壊しが決まった教会の地下室で飲もうということになる。蝋燭を灯して香を炊き、コーラとビールを飲み始めた3人は、戯れに「藷」になる遊びを始め、キー子とピータァは純朴な少年少女の恋愛を演じる。しかしピータァはどうしてもキー子を愛することができない。なお強いようとするハイミナーラに恐怖を覚え、ピータァは屋上へ駆け上がると月が見えると言う。遺された2人は、今夜が雨もよいの空であることを知っていた。

 純文学的なものからコミカルなものまで多彩な顔ぶれだが、なんといっても「憂国」のインパクトが凄かった。初読時、朝の電車の中で読んでいたのだが、自害のシーンに思わず吐き気を催して途中駅で降りて休むことになってしまった。これを書くために再読したが、当時ほどでないにせよ同じような気分になった。これほどまでに文字情報によって感情(というか生理的反応か)が掻き立てられるのも珍しい。
 ただ、その吐き気というのが何に由来したのか気になる。もちろん、切腹の描写が夫の主観で克明に描かれているのも理由の1つになりなのだが、むしろそれ以前、“明日死ぬと分かっていながら平穏な日常を過ごせてしまえるところ”が、私にとってとてもグロテスクに感じられたからかもしれない。
 また、割腹ということで、この作品に武士道精神的なものを感じる読者は多いと思うが、親友たちを手にかけたくないから命令に反して腹を切るというのは、むしろ武士道に反するのではないのではないかと思う。自身も市ヶ谷で割腹自殺した三島由紀夫だが、その直前に自衛官たちに対して「諸君は武士だろう」と繰り返している。本人に聞くのは叶うべくもないが、本作の解釈にどんなものがあるか、いずれ調べてみたい。
 ちなみに本作は作者自身による監督・主演で映像化されている。政治的な理由(というよりも、三島夫人の意向という方が適切か)で長らく普通には視聴できなかったようだが、現在ではDVDも出ているようである。

憂國 [DVD]

憂國 [DVD]

 

  その他の作品についても触れる。「憂国」と同じく表題作になっている「花ざかりの森」は、この本の中で随一の理解し難さを有した作品だと思う。ただ、作品全体として大きなストーリーを形作っているのではなく、語り手の起源と先祖についてのエピソード集と考えればいいのかもしれない。表現は綺麗でよいと思う。明治時代の文章を擬古文と表現することがあるが、これは昭和時代なりの擬古文と言えそうでもある。

 「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜粋」も一読では解りにくいが、殺人とは美の創造と解釈すれば、これは芸術家の方法について論じたものだと言えそうである。殺人者が美を創り出す芸術家だとすれば、海賊は自然美を見出す芸術家ということだろうか。そうであるのなら「君は海賊であったのだ。今こそ君はそこへ帰る」という言葉も理解できる。
 その他、「海と夕焼」の色彩感覚や、「女方」のしっとりとした感じなどが印象的だった。「遠乗会」「橋づくし」「百万円煎餅」あたりは、浅田次郎が手本にしていそうなテイストで、安定感のある作品だと思う。「卵」はコミカルな幻想譚といったところか。「憂国」の後に置かれた「月」は「憂国」の対極に位置するかのような作風だが、作者の抱いた“憂国”感は、むしろこちらの方に滲み出ているようにも思えた。

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

 

 

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