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何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

村上春樹『羊をめぐる冒険 下』の感想

小説 日本近現代文学

羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)
(2004年1月読了)

 昨日に引き続き下巻である。まずはあらすじを。

 札幌に着いた「僕」とガール・フレンド。ガール・フレンドの希望でドルフィンホテル――いるかホテルに落ち着いた2人は、「羊」を探すべく行動を開始する。が、成果ははかばかしくない。図書館や役所と幾日かを無為に過ごした彼らだったが、ふいに羊博士のもとを訪ねる機会を得る。羊博士は「僕」が持参した写真の場所を知っていると語り、2人はその場所、十二滝町へと向かう。旭川のさらに北東に位置する十二滝町は、臨終間近の町という印象だった。町役場から紹介された緬羊牧場の管理人と会うことで、ついに「僕」は「羊」を、そして親友「鼠」の居場所を突き止める。管理人に案内され、「僕」たちは山の上の牧場に建つ「鼠」の別荘を訪れる。
 しかし、訪れた別荘は無人だった。静寂の中、時間だけが過ぎゆき、やがてたった1人残された「僕」は羊男の訪問を受ける。何かを知っていそうな羊男の振る舞いから、「僕」は冒険が仕組まれたものであることに気付く。そして最後の夜、「鼠」は静かに語り出した。「羊」と自身の弱さについて。
 「僕」は「鼠」の言葉に従い、全てが終わったあと、故郷の海辺で泣いた。そして歩き始めた。

 3部作の中でいちばん好きかもしれない。ネット界隈では「チート(cheat)」という言葉が流通しているが語源通り“ズル”をして強大な力を行使するよりも、弱さを孕んだ自分のままでいようとする、その強さを謳った物語だと私は感じた。全てを失い、凡庸さの中に生きることになっても、生き続けること。
 最終盤の、暗闇の中、「鼠」と背中合わせで対話する場面は格好よくて哀しみがあって、けれども確固たる決意が感じられる名シーンだと感じた。それを味わうためだけでも、一連の作品を読む価値は充分あるのではないだろうか。

 それ以外に心に残ったキーワードとしては、名前の付けられ方、生まれ変わる細胞、といったところだろうか。それと戦争。直接的に戦争が起こっているわけではないのに、漂う不穏さは戦火を匂わせる。作者にとって戦争という事柄がどういう位置づけにあるのか、まだ3作しか読んでいないし分からないのだが、少なくとも本作を読む限り、かなり自覚的に扱っているように感じた。

 「僕」がほとんど全てを失っていくこの物語の、最後に希望があるかというと多分あるんだろうと思う。希望というよりは「絶望ではない」と表現した方が適切なのかもしれないが。それが具体的にどういうものなのか、更なる続編の『ダンス・ダンス・ダンス』は描いているのだろうか。いずれ読みたいと思う。

羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

 

 

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