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何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

宮部みゆき『本所深川ふしぎ草紙』の感想

小説 ミステリ 日本近現代文学


(2003年6月読了)

 現代ミステリと双璧をなす宮部みゆきの本領、江戸ものである。本所深川に伝わるという七不思議をモチーフとした七つの連作短編を収録。
 「ふしぎ」と付きながらも、多くは下手人や真相を追う、どちらかというと「不思議な事など何もないのだよ」(京極堂)と言わんばかりのミステリ仕立てになっている。

 以下、各編について少しずつ触れる。
 「片葉の芦」守銭奴と言われた商売人が殺される。折り合いが悪かった娘が疑われるが、真相は別のところに。魚を与えるか、魚の釣り方を与えるか、という話を思い出した。

 一方が忘れ得ない記憶でも、他方にとっては取るに足らないことであることだってある。男の感傷を誘う幕切れである。

 「送り提灯」。問屋に奉公している少女が、お嬢さんの無茶振りで夜ごとお参りすることに。彼女を尾けてくる灯は、狐狸の類か番頭さんか。これまた少し、切ない幕切れ。

 「置いてけ掘」。漁師の夫を殺された女が聞いた、岸涯小僧(がんぎこぞう)の噂話。この妖怪は浮かばれない漁師や魚屋の生まれ変わりと言われた彼女が件の錦糸掘に行って見たものは。
 真相はけっこう生臭い話だが、一方で夫を亡くした女性の再起を描いたところがよかった。

 「落葉なしの椎」。祝言を間近にひかえた娘が落ち葉掃きに執着するのは、かつて殺され、落ち葉のために下手人が分からなかった父を思うが故か、あるいは…。
 殺しが絡みつつ、やや変則な親子の人情ものの様相。

 「馬鹿囃子」。これも祝言をひかえた娘の話。鈍な顔立ちで、架空の殺しを自白する狂った娘と知り合う彼女だが、夫となる男の不審な行動に疑心暗鬼になる。一方、巷では若い娘の顔をばかり狙って剃刀で切る「顔切り」が跋扈していた。
 本書でいちばん好きかもしれない。夜中になると遠く近くで囃子が聞こえるが、どうしても場所が分からないという“馬鹿囃子”なるモチーフを、人が人を見るとき知らず投げかけている侮蔑と捉えなおしているところが出色だと思う。誰も彼も“馬鹿囃子”なのかもしれないな。

 「足洗い屋敷」。美しい継母が来た小金持ちな料理屋に巻き起こる不可解な事件。旅籠で客の足を洗うことで生計を得た記憶が成す継母の悪夢の本当の意味は。
 タネは割と早めに察してしまう読者が多そうだが、それでも語り方が達者で楽しめる。“足洗い屋敷”の言い伝えそのものは稲生物怪録に出てきそう。 

稲生物怪録絵巻集成

稲生物怪録絵巻集成

 

  「消えずの行灯」。天涯孤独の娘に持ち掛けられたのは、とある商家の娘の身代わり。娘が生きていると信じ込むお内儀のため、不承不承ながら娘を演じる彼女だが、ふとしたきっかけで夫婦の間のもっと陰惨な関係を垣間見る。
 これもいい。“消えずの行灯”というモチーフは正直なところちょっと余計な気もするが、何より主人公の娘のモノローグがいちいちクールで面白い。甘くないのになぜか希望と感じ得るラストがまた秀逸だった。

 全7編に共通して登場しているのは、回向院の岡っ引きである茂七である。彼が狂言回しというところか。健啖で塩辛い声、常識人で仁義があって頭が切れる、魅力的なおやじである。『初ものがたり』では彼が主役を張って捕物帳をやっているらしいので、そちらもそのうち読んでみたい。
 もう1つ各編に共通なのは、男女の情だろう。町人ものなので主題になるのは当然といえば当然かもしれないが、例えば「片葉の芦」とか、別に同性の友情であってもよかったのではないかと少し思った。

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

 

 

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