所属人員1名(つまり筆者である岩田氏だけ)の歴史・民俗学系出版社の岩田書院が、新刊発刊ごとに出している新刊ニュースの「裏だより」を収載した本である。一応、出版業界の端っこに生息している者として当事者意識を持って(いるつもりで)読んだ。
ちなみに、本書の前には岩田書院創設期からの「裏だより」を集めた『ひとり出版社「岩田書院」の舞台裏』が、後には『ひとり出版社「岩田書院」の舞台裏part3 2008~2013』がある。
刊行の順序からすれば全く変則的なのだが、とりあえず見つけたのが本書だけだったので仕方がない。いずれ他2冊も読むと思う。特に1冊目は、ひとりで出版社をやることについてのノウハウ的な面もあるだろうから、私の今後の仕事にとって何らかの参考になるのではないかという下世話な期待もある。
ちなみに、従業員数1人の出版社というのは、それほど珍しい話ではない。具体的に何社かというのは今すぐ出てこないが(確か10人以下の出版社が全体の50%を占めているというグラフは見覚えがある)、私が実際に知っている会社もあるし、先ごろ幾つかの会社を紹介している『“ひとり出版社”という働きかた』なる本も出た(未読)。
業界の話は置いておいて、中身の話をしよう。
概要
基本的には1通完結のコラム的な記述が、時系列に従って掲載されている。多い年には年間50点にも届こうという発行点数を誇る岩田書院なので、新刊を出すごとの「裏だより」が、ひと月に何通も出る計算となり、本書では5年で150通程度を収録している。そのため、ほとんどリアルタイムな記述となり、随筆的かつ新聞的な面白さがある。
語られている内容は、おおむね以下の範疇に収まるだろう。
○新刊について
○近況報告
○業界の動向
○編集者としての技術
○日記・家族のこと
このうち、上3つの記述で8割ほどになるだろうか。下2つは比較的少ない(全ての記述が綺麗に区分されるわけではなく、複数にまたがるものもあるけれど)。
感想
新刊や近況については、原価計算や採算性などの情報も含めて本音が赤裸々に書かれており、それだけでも興味深い。東京からわざわざ関西で催された史学系の学会に出張販売に行き、売り上げが数千円だったといった記載は、私もかつての勤め先で同じような経験をしただけに、やるせなさが沁みる。どこの出版社も抱える課題であろうAmazonとどう付き合うかという点についても、数回の「裏だより」を割いて語っており生々しい。
分量的には少ないが、編集者としての技術も参考になった。ゲラに入った赤字をデータ上に反映する際は、文章の後ろから修正していく(前から直すと、それによって以降のデータが動き、ゲラ上の修正箇所とのずれが生じてしまうため)、という技法は私も実践しており変な共感を覚えた。
それにしても、年間50点近い刊行点数というのは、たとえ外部の編集者や校正者も使っているとはいえ、ひとり出版社としては異常な多さだろう。それを実現するためのオーバーワークぶり、そしてそれを実現しても採算に直結しないことへの焦燥感が、屈託なさげな文章からさえも窺える。
それに、家の布団で寝るのが3時間程度で、事務所の机で爆睡という生活は、他人ごとながら心配になる。しっかり布団で寝た方がいいだろうと思うのだが、私も焦ると同じようなサイクルに陥るので偉そうなことは言えない。しかし、ひとり出版社であっても長時間労働が常態化する可能性は大いにある、ということは、さりげなくも重大なことではないだろうか。
そんな岩田氏の激務により、この期間で刊行された書籍の一覧が巻末にあるのだが、そのマニアックなラインナップから興味深いものを3冊だけ拾ってみる。
都市の祭礼―山・鉾・屋台と囃子 (京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター研究叢書 (1))
- 作者: 植木行宣,田井竜一
- 出版社/メーカー: 岩田書院
- 発売日: 2005/06
- メディア: 単行本
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うず高く積まれた本の中に座して仕事をする岩田氏が写された本書の表紙を見て思うに、氏は「捨てられない人」なのだと思う(偏見かもしれないが、史学系の人は専攻の性質なのか、そういう傾向の強い人が多い気がする)。だから自社の企画のヒントになりそうな書籍は蒐集される一方だし、持ち込まれた企画はどんどん本にしていく、ということではなかろうか。
この辺りのことは、広告を積極的に行うというビジネスモデルも含め、創設初期の「裏だより」でより詳細に述べられていそうである。岩田書院の最近の状況も気になるが、次に読むならば、やはり前著の方になるだろう。