何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

村上龍『希望の国のエクソダス』の感想


(2003年8月読了)

 自分が読んだ村上龍の小説としては2作目になる。

 16歳の日本人の少年がパキスタンで地雷処理をしているという情報を受け、フリーの取材記者をしている関口は現地取材へ向かおうと飛行機に乗る。が、「ナマムギ」と呼ばれるようになったその少年により、入国は叶わず、関口はウェイティングしていたバンコクから引き返すことになる。バンコクで関口と行動を共にした中村秀樹は、「ナマムギ」に共感した中学生たちの1人だった。
  帰国後、国内では中学生の大規模な不登校が発生する。ライターの後藤と組んで取材を開始しようとする関口は、中村から連絡を受けて彼らの実態に触れることとなる。そこで出会った「ポンちゃん」こと楠田譲一を中心に、中学生たちは大人の社会からのエクソダス(脱出)へと動き出す。ベルギーのニュース配信会社ブルタバへの映像提供事業を皮切りに、全国の中学生にモチベーションを与える表裏さまざまなネットビジネスを立ち上げ急成長していく彼らのネットワーク「ASUNARO」。やがてポンちゃんはネット経由による参考人招致という形で国会で話をすることとなる。時を同じくして、日本円は参加していたアジア通貨基金とともに投機筋によるアタックを受け、国家破産の危機に瀕する。
 数年後、「ASUNARO」は地域通貨イクスを作り、地方での新たな街作りへと遷移していく。“元中学生”となった中村と再会し喜ぶ関口は、それでも、その欲望がなく希望だけがある社会への評価を保留するのだった。

  一読、膨大な取材によるものであることは分かる。政治・経済からIT技術の細部まで行き渡った描写は、もちろん創作は入っているだろうけれど読み応えがある。ちなみに、そうした取材の一端は取材ノートとして刊行されてもいる。私は未読なんだけど。

『希望の国のエクソダス』取材ノート

『希望の国のエクソダス』取材ノート

 

  著者の努力は大いに認めるとして、小説である以上、評価はまず面白いか否かという点であろう。私にとっては面白かった。
 まず、ネットビジネスを介して、ポンちゃんたちがだんだんと勢力を伸ばしていく描写はなかなか楽しい。例えば映画では、会社の発展やトレーニングの様子なんかが挿入歌などと共にダイジェストで表現されるシーンがよくあるが、中学生たちのビジネスの発展の描写はあれを彷彿するものだと感じた。
 それに、投機筋による日本円への攻撃や、国会でのポンちゃんの演説などといった場面は非常にエンターテイメント的で、そのスケールの大きさは、娯楽大作としての要件を満たしているようにも思える。

 しかしながら、この小説の面白さは、例えば『ぼくらの七日間戦争』のような面白さとは異なっている。あの作品は、原作の小説こそ主人公たちの「戦争」に全共闘時代の再来的な意味づけがなされているものの、映画ではそれが単なる若者のガス抜き的なものになっていた(それはそれで、エンターテイメントとして面白かったのは確かだけど)。

 この小説でも、やろうと思えば、中学生たちを正義、大人たちを悪として描き、中学生たちのビジネスの成長によって右往左往する大人たちをもっとコミカルに描くことができただろう。しかし、著者はそうしていないし、中学生たちのやり方を全面的に正しいものとして描いてもいない。
 中学生のダイナミックな活躍を置きつつも、中心として描かれるのはむしろ、「分かり合える」という前提でコミュニケーションを取ろうとする大多数の大人達と、「分かり合えない」という前提でコミュニケーションする中学生たちとの冷めた対比である。中学生たちは決して大人に挑戦するというスタイルではなく、分かり合えないものとして切り捨てていく、そこに対立は発生しようがない。
 そういう大人と中学生という対比は、取材記者という“話を聞く”ことに特化した主人公がインタビューして回ることで描き出される。できるだけ中立を心がけようとする主人公のモノローグが挟まれることで、苦味のある物語に仕上がっていると言えるだろう。

 中村君やポンちゃんといった中学生達が洗練され過ぎだと思うし、ネット上のコミュニケーションだけで、そんなにもスムーズな(現実社会でのそれを凌駕するほどの)組織運営ができるものかという疑問はある。主人公とその周囲何人か以外の大人の描かれ方が、ちょっと単純過ぎる(私はポンちゃん達より年上だが、さすがに“いい学校、いい会社至上主義”な教師から教わった記憶はない)ようにも思える。それから、いま(2015年)読み返せば、例えばYouTubeTwitterが登場した後に書かれた小説だったなら、どんなものになっていただろう、という意地悪い妄想もある。
 そういう雑多な茶々はあるものの、かといってアンリアルで時代遅れな作品だとは思わない。「人は見たい現実しか見ない」というようなことをカエサルは言ったと思うが、往々にして見たくない現実を見なければならない時があることを突き付けてくる、普遍性のある小説ではないだろうか。

希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)

 
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