何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

有栖川有栖『孤島パズル』の感想


(2004年10月読了)

  京都にある英都大学の推理小説研究会(略してEMC)に所属する、著者と同名の青年を話者に、研究会会長にして“とある事情”から留年を繰り返している27歳の文学部哲学科4回生、江神二郎(えがみ・じろう)の理路整然たる推理が冴える「学生アリス」シリーズの第2作である。前作『月光ゲーム』の謎解きと青春ぶりが良かったので、本作も楽しみに読む。

 以下、まずあらすじを記そう。

 夏。この春、彗星のようにそのミステリ趣味を明かし、EMCのメンバーとなった紅一点の有馬麻里亜(ありま・まりあ)に招待され、アリスと江神は彼女の伯父・有馬竜一の別荘を訪れる。
 奄美大島の南方50キロに浮かぶ三日月状の孤島、嘉敷島の一端に建つその別荘――望楼荘には、アリス達の他にも、竜一とその息子と養女、義兄と2組の夫婦を含む親戚筋、旧友である医師の園部が休暇を過ごそうと集っていた。
 島のもう一端にある魚楽荘で休暇を過ごす画家の平川も交えた歓談の時に、パズル好きだったマリアの祖父が遺産のダイヤと共に島に遺したモアイパズルへの挑戦。アリスたちの南の島のバカンスは穏やかに過ぎゆくかと思われた。しかし、嵐の近づく滞在2日目の夜、竜一の義兄である牧原完吾とその娘の須磨子が、不可解な密室の中で射殺されているのが見つかる。
 一同が衝撃を受ける中、アリス、マリア、そして江神は推理を展開する。が、その謎もそのままに、今度は魚楽荘で平川が射殺されているのを見つけ、各人の動揺はいや増していく。
 彼らの死は、3年前、モアイパズルの答えが分かったとほのめかし直後に溺死したという竜一の長男・英人の死と関係があるのか。そして「進化するパズル」だというモアイパズルの正解とは。アリス達が再びモアイパズルを解くのとほぼ時を同じくし、三度銃声が響き、一切は終わったかに思われた。
 しかし、ひとり江神は否だと云う。弾痕と血痕。落とされた地図に付いたタイヤ跡。些細な事象から推理が語られ、孤島に築かれた一見無秩序なパズルに秩序がもたらされる時、島は“悲しい日”を迎えるのだった。

 ほんの小さな事柄から犯人が特定できてしまう、という論理の鮮やかさが、前作と同様すばらしい。作者の作風に色濃く影響を与えたとされるエラリー・クイーンにも、自然と興味が湧く。論理性としては、クイーンの特に初期のものが名高いようなので、処女作『ローマ帽子の謎』から手を出してみようかと思う。

 推理以外の魅力について言えば、嘉敷島までの旅路や島の情景をバックに描かれる、瑞々しい人間関係だろう。アリスとマリアの「恋」と呼ぶにはまだあまりに早い淡い気持ちの交錯や、そこに江神が入って織り成す“潜在的三角関係”とも言うべき関係は、既に江神よりも年上となった(2016年)私にとって、くすぐったくも心地よい。
 そしてまた、江
神と初老の医師・園部の歳の離れた交友には、落ち着いた寛ぎを感じる。幸か不幸か(たぶん不幸なのだろう)自分には園部のようなずっと年上の友人というのは居ない。もしも幸運にも得ることができたのなら、彼らのように一杯やってジグソーパズルに取り組みつつ、大いに横道に逸れながら人生の来た道と往く道について語り合ってみたいと思う。

 もう1つ、魅力だと思う点を付け加えたい。前作でもそうだったのだが、このシリーズでは作中人物が色々な書籍について(ミステリ小説に限らず)言及する。舞台と事件を巧みに演出するためのものでもあるのだが、作者から読者への読書案内のようでもあって、楽しい。
 本作で特に印象的なのは、園部が愛吟し、ラストまでの通奏低音となるオマル・ハイヤームの『ルバイヤート』と、アリスが諳んじる中原中也の「湖上」である。片や人生の空虚さを酒の酔いと共にうたい、片や恋人たちのロマンスをうたったものだが、いずれも寂寞としたイメージが湧くという点では共通しているようにも思える。
 実のところ本作を読んだ後日、2冊の詩集も思わず購入したのだが、いずれも中途半端に読んだままである。詩集を読む時、はたして小説などのように頭から読むものなのか、多少の疑問はあるが、いずれ通読したい。

ルバイヤート (岩波文庫 赤 783-1)

ルバイヤート (岩波文庫 赤 783-1)

 
中原中也詩集 (新潮文庫)

中原中也詩集 (新潮文庫)

 

 最後に結末について、その具体的展開は伏せつつ、「江神さんへのファンレター」と題した光原百合の文庫版解説も踏まえて、思ったことを書き留めたい。
 ミステリ小説は、そこで推理が展開されてさえいれば、他の部分でどのようなことをやっても良い、と思う。青春だったり恋愛だったりSFだったりファンタジーだったりするそれらが、個々の魅力ともなるだろう。その一方で、ミステリ小説はその特性上、大体にして贖罪というテーマを孕むものとも言えるのではないか。
 本作における江神二郎の推理は、もちろん孤島での事件に囚われた登場人物たちを忌まわしい縛鎖から解放する。それは同時に、明らかとなった犯人に声高に断罪し、贖罪を強いるものでもあるはずだが、彼はそうしようとはしない。ただ、犯人の良心に全てを任せようとする。ラストを読むに、それは甘いやり方かもしれないが、彼自身の境遇と来歴からすれば、無二のやり方とも思えるのである。前作と今作を読むうち、いつしか江神ファンとなっていた自分ゆえの、これは贔屓目なのかもしれないが。

 ミステリ小説ということで尻込みする人もいるのかもしれない。しかし、描かれる人物たちの心情には、相応の普遍性があるように思えた。