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何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー『貧しき人びと』の感想


(2004年2月読了)

 何で知ったのか忘れてしまったのだが、ドストエフスキー二葉亭四迷北村透谷埴谷雄高安部公房という影響の系譜があるという。他にもドストエフスキーが近現代文学に与えた影響は甚大なようだし。ともかくその影響の発端を体験すべく読んでみる。まずはあらすじを少々。

 中年の小役人で清書を得意とするマカール・ジェーヴシキンは、裕福な家に生まれながら今は内職をして生活する乙女のワルワーラ・ドブロショーロワ(ワーレンカ)と文通をしている。マカールからワーレンカへの金銭的援助、そうせざるを得ないワーレンカの困窮を主たる話題としながら、2人の手紙はそれぞれの日常や過去の話題を連ねていく。
 マカールが身の回りの人々、役所やアパートでの概ね辛い体験を書き記せば、ワーレンカは自らの少女時代の、父の仕事上の失敗と死、彼女と母親を引き取った地主で彼女の遠い親戚に当たるアンナ・フョードロヴナの仕打ちや、貧乏学生ポクロフスキーの指導による勉強と、彼への淡い思慕と死別を告白する。
 マカールは知り合った作家ラタジャーエフと文学の話、友人ゴルシーコフの懲戒処分の話なども続けていくが、ワーレンカの暮らし向きは悪化し、そんな彼女をアンナは金持ちの男に囲い者として売り渡そうとする。引っ越したいというワーレンカの言葉を受け、マカールは金策に走り回るが上手くいかない。
 そうこうするうち、マカールは役所での失敗を切っ掛けに思わぬ金を手に入れ、またアルバイトの清書でも大きな仕事が入り、ワーレンカへも相応の金を渡すことができる。ワーレンカは深く感謝しながらも、ポクロフスキーの知人ブイコフの妻となり、彼について街を出ることを決心するのだった。

  ドストエフスキーのデビュー作(これ以前にも幾つか書いているようだが現存しているのは本作以降の模様)だが、『罪と罰』などにみられる深遠さはまだみられないようだ。紡がれていくのは、お金がないが故に焦り苦しむ中年の男と若い女性の、恋愛に見えなくもないやり取りを描いた書簡体小説である。

 “貧しさに喘ぐ”というのがテーマだろうか。「貧すれば鈍する」という言葉があるが、まさにそれを地で行く感じで、いよいよお金がなくて切羽詰まっている時の2人の文面は生生しくもエゴイスティックである。
 …まぁ、貧乏貧乏とはいうけれど、小間使いの女性がいたりするわけで、現代の感覚とは違う部分もある(当時の小間使いを雇う金額はそんなに安かったor無給だったりしたのだろうか)。このあたりは、金がない金がないと始終言っている割に下女がいる、漱石作品で描かれる家庭と同じものを感じる。運命論と自由主義といった、色々な思想も見え隠れするが、その一方で終盤にマカールが救われるのは聊か小説的過ぎるように思えなくもない。

 ともあれ、ドストエフスキーの読み始めとして、書簡体の本作は読みやすいのは確かだと思う。村上春樹の言う「総合小説」の例としてドストエフスキーが挙がってもいるし、これは漱石についで全巻読破すべきだろうか。 

貧しき人びと (新潮文庫)

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