何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

法月綸太郎『密閉教室』の感想


(2003年11月読了)

 現代日本のミステリを読もうと思って手に取った。法月綸太郎のデビュー作である。まずはあらすじ。

 湖山北高校の3年生の教室の1つ、7R(ルーム)は、ある朝、不可解な現象に見舞われる。一番に登校してきた梶川笙子がドアを開けようと、開かないのである。担任の大神龍彦が力任せに開けると、そこには――クラスメイトの中町圭介が喉が切られ絶命していた。教室の窓は施錠され、ドアは内側からガムテープで“密閉”されており、更に不可解なことには、生徒たちの机と椅子が1つ残らず消失していた。
 7Rの生徒で推理小説マニアの工藤順也は、勇んで事件を考え始める。刑事の森は彼に一目おいて彼の捜査を認めるが、日頃から意見が合わない大神は「お前に現実の死を弄ぶ権利はない」と厳しい態度をとる。それでも、漫画家志望の友人・降旗や、自分の机がすり替えられている気がするという吉澤信子とともに、傾倒する推理小説に出てくる名探偵のように、順也は推理を重ねていく。周囲の困惑をよそに。

  現代といっても、この本の初版が出たのは88年のことなので、いまからすると30年ほど前の高校を描いていることになる。当然、ネットや携帯はないし、クラスの人数も48人とかなり多い。それでも、それほど時代を感じずに読めるのは、逆に当時最先端の技術などは使わずトリックを成立させているからだろう。

 トリックや推理を離れて言えば、“高校時代ってこんな感じだったよね”という感じが漂っているところが良かった。他の人の感想で「人物が漫画的で人間が描けていない」というものがあったが、教師や刑事はともかく、この小説で主人公となる高校生の“人間”というのは、現実でも意外と単純に出来上がっているものじゃないかと私は思う。私の高校生時代を振り返ってみると(工藤君と同じく新聞部に所属していたのだが)、アニメ・ゲーム・マンガからの影響が言動の80%くらいを構成していたように思えてならない。
 ちなみにこの作品にはノーカット版なるものが刊行されている。

ノーカット版  密閉教室 (講談社BOX)

ノーカット版 密閉教室 (講談社BOX)

 

  通常版では原稿用紙500枚のところ、ノーカット版は700枚相当。探偵気取りの語り口は通常版以上で、かなり鼻についたり冗漫に感じる部分もあるが、そういう意味では工藤の“探偵小説の影響下で出来上がっている人間像”が深掘りされているとも言えて興味深い。工藤ほどではないが、彼以外の人物についても同じように細かな描写がされている印象を受けた。トリック面ではラストの○○の情報量が多くなっているので、通常版よりも結末が分かりやすいということもある。

 

 結末について語るのはルール違反だと思うので、未読かつ結末について一切の情報も知りたくないという方は以下は読まずに頂きたい(ずばりネタバレはしていませんが)。
 この小説の結末は、かなり後味が悪い。それは事件が未解決という意味ではなくて、工藤に対するとある人物の態度が辛いのである。上で「探偵気取り」と書いたが、まさにその「気取り」が通用するのは、同じ世界を共有している者たちの間だけなのだ、ということを、突きつけられるのだ。
 何を気取るかにもよるのだろうが、大なり小なりこうした経験をした人は多いのではないだろうか。こういう苦い経験も、きっと「青春」という言葉で表現していいのだろう。

新装版 密閉教室 (講談社文庫)

新装版 密閉教室 (講談社文庫)