何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

島田荘司『占星術殺人事件』の感想


(2004年1月読了)

 しばらく何人かのミステリをつまんでみようと思って島田荘司に手を出す。まずあらすじから。

 二・二六事件のあった1936年2月26日。画家の梅沢平吉は自宅のアトリエで殺害される。しかもアトリエは密室状態、残された遺書は常軌を逸した内容だった。それは、自分の娘を含む6人の乙女の体を切り取り、その部品を合わせて完璧な肉体“アゾート”を作るというものだった。
 平吉の死後、長女の一枝は何者かに殺され、さらに6人の娘が平吉の遺書通り、体の一部を欠いた状態で殺されているのが全国各地で発見される。”アゾート”は成ったのか。そして犯人は誰か。迷宮入りしたこの事件は「占星術殺人」と名づけられ、40年が経った。
 1979年。占星術教室を開いている御手洗潔のもとに、飯田美沙子と名乗る女性が訪ねて来た。彼女の亡くなった父、警察官だった竹越文次郎が、占星術殺人で切り取られた体を各地に運んだと告白した手記を携えて。エキセントリックな占星術師にして探偵的手腕を持つ御手洗潔と、イラストレーターで友人の「私」こと石岡和己は、この空前絶後の事件の推理に取り組み始める。
 さんざんの問答の末、2人は京都へ。真犯人と“アゾート”への道筋を求めて「私」は近畿を駆け巡るが、御手洗は分かったような分からないような態度をしてばかり。美沙子の兄、竹越刑事が父の手記を公表してしまうタイムリミットが迫る中、桜の咲く京都でついに御手洗は真相に辿り着く――。

 冒頭、殺された梅沢平吉による、占星術(というよりも錬金術ネオプラトニズムだろうか)というモチーフを駆使しての犯罪叙述がなかなかに面白い。日本全国を錬金術的に解釈した上で犯行現場が特定されたりと、何やら荒俣宏的な展開も魅力的だ。
 そうしたオカルティックなモチーフが、トリックの解明と共に現実的な色合いを帯びてくる感じは、まさにミステリ小説でなければ味わえないだろう。有栖川有栖と同じく、こちらも「読者への挑戦」が挟まれる(それも2度までも)点も掻き立ててくれる。 一部で有名な金田一少年の事件簿』の一件があるが、それでもこの単純にして驚かされるトリックは逸品と言っていいと思う。
 けれど、犯罪の動機そのものは簡単で、錬金術的モチーフに引き比べると、いささか拍子抜けな感じはした。まぁ、“解いてみればそんなもの”、という感じまで含めて、ミステリの味と言えば味なのかもしれないが。

 文章的には、全体的に説明臭さがあり、そこが難点か。作者が初めて手掛けた小説だけに、会話がずっと続く、手記がずっと続くといった構成も、単調と言えば単調かもしれない。しかし読んでいる最中には全く気にならなかったので、それも重箱の隅だろう。、御手洗の言葉にたまに見られる世間批判、マスメディア批判は良い。奇人の本懐というべきだろう。