何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

山田宗睦『職業としての編集者』の感想

 (2004年5月読了)

 職場の上司ご推薦の1冊。編集者として仕事をするにあたり読んだ。
 初版が1979年ということで、手にした時に既に四半世紀を経てた本である。ご多分に漏れず既に絶版なので、Amazonでも書影はなく、読むなら図書館か古書であろう。

 編集・編集者というものについての本は色々と出ているが、大きく分けて2種類あるように思う。仕事論として書かれたものと、編集という概念について論じたものである。

 前者は、ともすればビジネス書の類と地続きだろう。本書と同名の以下の本などが代表例だと思う。 

職業としての「編集者」

職業としての「編集者」

 

  後者は例えば松岡正剛氏などの本である。情報科学の一領域として「編集」というものを捉えたものと言うべきだろうか。

知の編集術 (講談社現代新書)

知の編集術 (講談社現代新書)

 

 それでは本書はどちらなのかというと、恐らくは前者に属するものだと思う。とはいえ、「売れる本の作り方」などという文句は殆ど出てこない。メインになっているのは、いかに誠実に著者と付き合い、社会に対する知的生産に貢献するか、という感じである。こう書くと大上段に振りかぶった感がしてしまうが、山田氏は恐らく本気でそう考えて書いているのだから、仕方がない。

 要するに著者の山田氏は、昔気質な編集者なのである。京大の哲学科を出て自らも社会科学系の本を書いてもいる人なので、「編集者の職業倫理」や「校正の重要さ」といった事項にも、マックス・ウェーバーゲーテなどについての言及が混在している。かったるいと言われればそうかもしれないが、現代の本にはなかなか無い壮大さがあるとも言えるだろう。また、作者が東大出版局に居た頃の、丸山真男などとの交流録は、読み物として面白い。
 岩波書店の『世界』誌の編集長だった吉野源三郎という人のこれまた本書と同名の本があるが、それに近いと言えるかもしれない。

職業としての編集者 (岩波新書)

職業としての編集者 (岩波新書)

 

 山田氏が編集について言っていることは、まさしく正論だと思う。それは、「正論」という言葉に時おり付随してくる否定的な意味をも含んで、である。「○○を知るまい」とか、「■■を知っているのだろうか」といった、当時の若手編集者や校正者への不満が、けっこうな頻度で出てくるのだが、そういう言説に自身がインテリであることも含めて、ちょっと反感を持たれそうな文章になっているのは否めない。

 が、それでも氏の説く「編集者がプチ・マネになった」という意見にはかなり共感した。作者と私とでは、既に編集者として働いている時代が四半世紀も違うので、共感するのはおかしいのかもしれないが、出版社と編集プロダクションというシステムが出来上がっている現代では、プロダクションに外注して自分はゲラを読まないというプチ・マネ的編集者も多いし、そういう状況に対してちょっとどうなのと思う気持ちは山田氏の何分の一かだろうが私も抱いていたのである。
 やはりエッセイという側面が強く、また内容的には古くもある(さすがにコンピューター登場以前の方法で本を作るのは酔狂だろう)ので、現代の具体的な編集の手引きとするわけにはいかない本であるが、雑駁な書きぶりが時おり読み返すのに適しているようにも思える。

職業としての編集者 (1979年) (三一新書)

職業としての編集者 (1979年) (三一新書)