何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

長野まゆみ『少年アリス』の感想


(2003年5月読了)

 作者のデビュー作(処女作であるかは不明)。先に読んだ『夏至祭』と同様、不思議なメルヘン世界を構築している。

 夏の終わりの宵、友人の蜜蜂(人名である)が兄の色鉛筆を取りに学校へ行くというのに、主人公のアリスは付き合う。蜜蜂の飼い犬の丸耳を伴って2人が向かった夜の学校は幻想的な雰囲気を湛えており、そして雰囲気だけでなく、事実、幻想的な出来事に2人と1匹は巻き込まれる。

  夜の理科室で行われていた授業、夏と秋とがすれ違う場としての中庭の噴水、“生れ損い”の彼ら。2人と1匹は帰還を果たすが、鈍い喪失の痛みが残る。

 ――というような物語。テーマとしては「少年の成長」であろう。アリスにせよ蜜蜂にせよ、それぞれが辿る「通常の社会からの分離→試練→日常への回帰」という道筋は、文化人類学的な通過儀礼の典型的な構成と言える。ちょっと安直と言えば安直だとも思うけど。
 ちなみに、近年になってかなり大幅に改稿されたものが出たようだが、評価はいかばかりだろうか。

改造版 少年アリス

改造版 少年アリス

 

 それはそうと、気になるのは細部に用いられているモチーフである。
 まずアリスという名前。本来アリスと言えばルイス・キャロルを引くまでもなく少女の名前である。が、それを敢えて男子の名として用いる例が、少なくとも現代日本ではみられる。
 有栖川有栖のアリスシリーズ(通称“学生アリス”と“作家アリス”に更に区分される。自分は作家アリスの方は2015年7月現在未読)もそうだし、ファンとは言えないレベルで私が好きな声優の坂本真綾のCDアルバム(2003年12月発売の4thアルバム)も本書と同名である。恐らくそれぞれに関連はないと思うが、強いて元祖を探すとすれば有栖川氏だろうか。少年(というより青年か)アリスが初めて登場する『月光ゲーム』(88年初出)は、本書よりタッチの差で早く世に出ている。

   まあ、どれが元祖かという話はあまり意味はないか。
 本来少女に冠される名が男子に付けられたことによる中性性とか、最もメジャーだろう“不思議の国へ行った彼女”のイメージを引き継ぐことによるミステリックな印象が、それぞれのアリスに与えられているということの方が重要だろう。明治期の小説のような漢字を駆使した文体(文庫版の解説では「ポップ擬古体」と表現している)とともに、アリスという名の不可思議な魅力は、この小説でもよく顕れているように思う。

 もう1つ気になるモチーフとして「卵」を挙げたい。
 「卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく。我らが雛で、卵は世界。世界の殻を破らねば、我らは生まれずに死んでいく。」とは、90年代後半のアニメーション『少女革命ウテナ』(寺山修司の「天井桟敷」で音楽を担当していたJ・A・シーザーが楽曲提供したことで一部で有名)の中の台詞だが、これはそのままこの小説の解説と言ってもいいほどリンクしている(上の台詞を更に遡るとヘッセの『デミアン』に行き着くそうだが、未読なので読了の折にまた戻ってくるとしよう)。

 そんな風に象徴的な道具立ては色々出てきて、読み解き出せば色々と言えるだろう処はなかなか興味深い。

少年アリス (河出文庫)

少年アリス (河出文庫)