長野まゆみ『少年アリス』の感想
作者のデビュー作(処女作であるかは不明)。先に読んだ『夏至祭』と同様、不思議なメルヘン世界を構築している。
あらすじ
夜の理科室で行われていた授業、夏と秋とがすれ違う場としての中庭の噴水、“生れ損い”の彼ら。2人と1匹は帰還を果たすが、鈍い喪失の痛みが残る。
感想
――というような物語。テーマとしては「少年の成長」であろう。アリスにせよ蜜蜂にせよ、それぞれが辿る「通常の社会からの分離→試練→日常への回帰」という道筋は、文化人類学的な通過儀礼の典型的な構成と言える。ちょっと安直と言えば安直だとも思うけど。
ちなみに、近年になってかなり大幅に改稿されたものが出たようだが、評価はいかばかりだろうか。
それはそうと、気になるのは細部に用いられているモチーフである。
まずアリスという名前。本来アリスと言えばルイス・キャロルを引くまでもなく少女の名前である。が、それを敢えて創作物における男子の名として用いる例が、少なくとも現代日本ではみられる。
有栖川有栖のアリスシリーズ(通称“学生アリス”と“作家アリス”に更に区分される。自分は作家アリスの方は2015年7月現在未読)もそうだし、ファンを自称するのはおこがましいレベルで私が好きな声優・坂本真綾のCDアルバム(2003年12月発売の4thアルバム)も本書と同名である。
恐らくそれぞれに関連はないと思うが、強いて元祖を探すとすれば有栖川氏だろうか。少年(というより青年か)アリスが初めて登場する『月光ゲーム』(88年初出)は、本書よりタッチの差で早く世に出ている。
まあ、「どれが元祖か」という話はあまり意味はないか。
本来少女に冠される名が男子に付けられたことによる中性性とか、最もメジャーだろう“不思議の国へ行った彼女”のイメージを引き継ぐことによるミステリックな印象が、それぞれのアリスに与えられているということの方が重要だろう。
明治期の小説のような漢字を駆使した文体(文庫版の解説では「ポップ擬古体」と表現されている)とともに、アリスという名の不可思議な魅力は、この小説でもよく顕れているように思う。
もう1つ気になるモチーフとして「卵」を挙げたい。
「卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく。我らが雛で、卵は世界。世界の殻を破らねば、我らは生まれずに死んでいく」。
これは、90年代後半のアニメーション『少女革命ウテナ』(寺山修司の「天井桟敷」で音楽を担当していたJ・A・シーザーが楽曲提供したことで一部で有名)の中の台詞である。この台詞は、そのままこの小説の解説と言ってもいいほどリンクしている(上の台詞を更に遡るとヘッセの『デミアン』に行き着くそうだが、未読なので読了の折にまた戻ってくるとしよう→読んで感想を書いたので、以下にリンクを設置する)。
そんな風に象徴的な道具立ては色々出てきて、読み解き出せば色々と言えるだろう処はなかなか興味深い。