何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

夏目漱石『それから』の感想


(2003年10月読了)

 『三四郎』に続いて3部作の2つ目である。例によってあらすじから。

 実業家として成功した父と、それを継ぐ兄を持つ代助は、帝大を卒業したものの職に就かず、実家から生活費を貰って気ままな生活を続けている。30歳だが独身で、家には書生の門野と家事をするお婆さんがいるばかりである。父や兄嫁の梅子が結婚してはどうか、仕事をしてはどうかと諭すが、本人にそのつもりはない。
 しかし、同窓でとある銀行の京阪支店に行っていた平岡の帰京は、彼の心に波紋を広げる。平岡は、勤め先で部下の不始末の責任を取らされ職を辞し、再起を図るため帰ってきたのだ。再会を喜ぶ2人だったが、かつて自分が周旋した平岡の妻、三千代に対して、代助はひとかたでない想いを抱いていた。
 平岡との間にできた子は生後まもなく死に、自身も心臓を悪くした三千代に再会した代助は、彼女たち夫妻の当面の生活のため金策に奔走する。しかし兄には借金を断られ、実家からは何回目かの結婚話を強力に推し進められ、代助は無力感に苛まれるのだった。
 金のこともあって、たびたび三千代とまみえた代助は、彼女への思慕を改めて自覚する。時を同じくして、新聞社に就職した平岡は三千代を顧みなくなっていく。
 それまでの自分の信条を打ち遣り、意を決して代助は動き出す。父が進める結婚話を断り、三千代には遅すぎた告白をする。そして平岡には、病に臥せる三千代を自分にくれと言うのだった。
 平岡からは絶交を、父と兄からは義絶を申し渡され、代助は職業を探すと言って街に出る。街の熱と赤が、彼の回りを回っていた。

 『三四郎』(当該記事)の、どことなくまだ明るさがあった空気から、暗さを帯びた雰囲気に変わっているのがまず印象に残る。九州から来たぴかぴかの20代である三四郎に対して、ずっと東京で屈託した30歳の代助が主人公であることと無関係ではないだろう。
 ちなみに1985年に松田優作の主演で映画化されたようで、松田による代助がどんなものか気にかかる。松田優作の作品はあまり観たことがないのでイメージで書いてしまうが、どちらかというと三四郎とか坊ちゃんの方がはまり役だったんじゃないだろうか。

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 それにしても気の滅入る小説である。他者と心底からは共感できないと信じる代助は何をやるにしても出力がなくて、そのくせ親兄弟や友人を、そのつもりもなく馬鹿にしている話しぶりをする。その辺りはやっぱり腹立たしい。
 が、それは私の気が滅入った主な理由ではない。むしろ彼が三千代との荊の道を覚悟してからの展開の方がよほど心にくる。ラスト50ページほどは、『虞美人草』(当該記事)とはほぼ真逆の意味で引き込まれて読んでいった。過去に自分から周旋して友人の妻となった女性に対して、結婚から3年以上も経ってから気持ちを告白する。実家の父・兄・兄嫁に対し、月々お金を貰っておきながらお膳立てされた結婚をするつもりはないと伝える。親友とさえ言っていい仲の友人に、「お前はお前の妻を愛していないっぽいので、俺にくれ(意訳)」と言う。そのどれもが緊張感に満ち満ちている。逆に言えば、物語の醍醐味が現れたシーンでもあるわけだが。
 どれも辛いが、ことに平岡に気持ちを明かすシーンが一番ずしりときた。今では色々と考えが異なってはいるが、何だかんだで仲良くやっていた2人の、決定的な別離に繋がる場面である。私にも友人が幾人かいるが、30歳でそうした人の1人でも絶交するというのは、辛いな、と。
 それと当然ながら、三千代への告白の場面も物凄い。「あんまりだわ」と泣きながらも最終的に代助の言葉を受け入れる三千代は、普段の言動などからは古いタイプの女性と思いきや、やっぱり藤尾(『虞美人草』)や美禰子(『三四郎』)に連なる新しい女性と言えそうである。会いに行った代助が帰るのを送って言った「淋(さむ)しくっていけないから、また来てちょうだい」という、人妻とは思えない台詞からすると、もしかしたら漱石の作品中でもっともエロティックな女性ではないかという気もしてしまう。
 そういう重々しい中で、書生の門野のあっけらかんとした様子は清涼剤である。彼にも色々と事情はありそうだが、そこが掘り下げられないおかげで、この小説全体の雰囲気のバランスが、際どいところで取られているようにも思える。

 代助と三千代が「それから」どうなったのか、知りたいような知りたくないような気がする。まったく漱石とは離れるが、ひと昔前に流行したアニメ作品『涼宮ハルヒの憂鬱』の挿入歌「God Knows…」の一節は、彼らのための言葉だと思うので、これを引用して結びたい。

あなたがいて 私がいて ほかの人は消えてしまった
淡い夢の美しさを描きながら 傷痕なぞる
作詞 畑亜貴 作曲 神前暁 唄 涼宮ハルヒ平野綾)「God knows…」より

それから (岩波文庫)

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