何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

有栖川有栖『双頭の悪魔』の感想


(2004年10月読了)

 『月光ゲーム』『孤島パズル』に続く、「学生アリス」シリーズの第3作にして最新作(2004年時点)である。当時、いささかショックなことがあったために出不精となって読書時間が増え、体育の日にかかった連休中に読了した。
 ちなみに過去2作については以下の通りである。

 「いささかショックなこと」を詳らかに語ることはしないが、敢えて漫画を(ここを読みに来る方に対して、活字本では捻りが無さ過ぎるかと思われるので)例に挙げれば原秀則『部屋へおいでよ』や羽海野チカハチミツとクローバー』のラストに類すること、と言えば分かる方はお分かりだろう。別に取り立てて特殊なことでもない。

ハチミツとクローバー (10) (クイーンズコミックス―コーラス)

ハチミツとクローバー (10) (クイーンズコミックス―コーラス)

 

 そんな気持ちで読んだので、かなり暗澹たる内容が続く本書は、長さともあいまって多少堪えた。正しい評価が出来ないかもしれないが、ひとまずあらすじを記す。

あらすじ

 傷心のマリア――英都大学推理小説研究会(EMC)の紅一点・有馬麻里亜(ありま・まりあ)――は、京都の街から姿を消した。東京から上洛してきた彼女の父からも頼まれ、同級生でもあるアリスこと有栖川有栖(ありすがわ・ありす)、哲学科で4度目の4回生という立場にある27歳の会長・江神二郎、経済学部の凸凹先輩コンビである望月・織田のEMCメンバー4人は、マリアを連れ戻すため、彼女が連絡してきたという高知県の山奥へと向かう。
 辿り着いた夏森村は普通の村だったが、マリアは更にその奥、芸術家が集まって暮らしているという木更村で、住人の芸術家たちと共同生活をしているのだ。アリス達は、夏森村で暮らすマリアの旧友・保坂明美に話を聞くことから始める。
 来訪者を拒み続ける木更村。画家、音楽家、舞踏家、詩人といったその住人達にマリアは受け入れられてはいたが、その心はまだ癒え切ってはいなかった。いつか村を出て帰ることへ待望と怖れに、彼女は揺れる。
 マリアの心境とは無関係に、芸術家たちの楽園は徐々に暗転する。現状での木更村の主である木更菊乃と画家の小野博樹の、突然の婚約発表。それに端を発する波紋が、住人たちに広がっていく。
 些細なすれ違いから、村の住人にマリアへの取り次ぎを断られたアリスたちは、闇夜の雨に乗じて村への潜入を敢行、乱戦状態となる中で江神だけがマリアとの再会を果たす。木更村の誤解も解け、EMCの旅の目的は達せられたかと思われた。しかし、村の洞窟の奥深くで壁画に取り組んでいた小野が奇妙な死体となって発見されたことで、事態は急変する。
 さらに、折悪しく鉄砲水により、木更村と夏森村を繋ぐ唯一の橋が分断され、夏森村と外界をつなぐ道路も土砂崩れにより通行止めとなる。電話も不通となり、それぞれに孤立した2つの村で互いの安否も不明となる中、夏森村でもアリスたちと同じ宿に泊まっていたカメラマンの相原直樹が、死体となって発見される。
 木更村では江神とマリアが、夏森村ではアリス、望月、織田が。2つに分かれたEMCメンバーが中心となり、推理が同時並行される。死体の発見現場に漂う芳香と、ちらつく理想宮の幻想に真相がほの見える。
 江神が論理の道を辿り小野殺害の犯人を指摘し、アリスたちもロジックの海を彷徨った末に相原殺害の実行者を確定し得た時、木更村で第3の殺人が起こる。再び天候が悪化する中、ついに江神は真相に辿り着く。
 江神が「悪魔」と形容した3つの殺人の全貌が明らかになり、芸術家たちの楽園だった木更村は潰える。消防隊がロープを張る川の領岸で、ようやく顔を合わせたアリスとマリアは、お互いを想って込み上げる感情を自覚した。

感想

 初読時の印象を正直に書けば、前作の方が好ましかったと感じた。それが純粋に作品の感想としてそうなのか、自らの心理状態によるものかなのかはよく分からない。
 アリスとマリアという2人の語り手とした章が交互に配置され、2つの村で起こった事件とそれを説明するトリックは、気付きそうでなかなか気付かない発想で驚かされた。芸術家や村民それぞれの人物描写も奥深い。それぞれの言動の背後に過ごしてきた人生があるという描き方のためかと思う。
 特筆すべきだろうモチーフとして、いわゆるシュヴァルの理想宮が挙げられるが、前作で言及された『ルバイヤート』ほどには作品全体を支配してはいないと思う。今回の事件の性質上、仕方ないことでもある。それでも一方の事件を彩る演出としてはなかなかであろう。
 シュヴァルの理想宮を初めて知ったのは何かのテレビ番組だったと思うが、巻末の文献一覧によれば、相応の数の本が出ているようである(澁澤龍彦の著作はこんなところにも顔を出す)。ちなみに作中に登場する『建築の夢想』という本のモデルは建築家である毛綱毅曠氏の『七福招来の建築術』だとか。作中ではA4横サイズとされているが、モデルの方は新書判のようで少し意外だった。

七福招来の建築術―造り、棲み、壊すよろこび (カッパ・サイエンス)

七福招来の建築術―造り、棲み、壊すよろこび (カッパ・サイエンス)

 

 もう1つ、モチーフとして出てくるのが北原白秋の詩『香ひの狩猟者』である。理想宮に比べ、作品全体に占めるウェイトは更に小さいものではあるが、優美ながら不吉さが漂うこの詩のイメージは芸術の村で起こった事件を解決に導くにふさわしいと言えるだろう。

香ひの狩猟者

香ひの狩猟者

 

 恐らくは、やはり自分の個人的な経緯がそうさせるのだろう、終始、暗闇と雨の中で行われる殺人と推理に、心が重くなってしまった。傷心という点で大体マリアに感情移入して読んだようだが、久方ぶりの晴空の下、皆の所へ彼女が還っていくラストが、当時の自分にはどうしても虚構としか思われなかった(この度ざっと再読した感覚だと、傷心のマリアに重ねて読むことは、自分自身の心の快復に一役買っていたのではないか、と思うが)。単に接近していくアリスとマリアの心情に沿い切れなかったということかもしれない。
 もう1人の主人公である江神についても書いておきたい。最後の真相発覚の後、彼がとった態度にぞくりとした。本作で彼がいつまでも大学生でいる理由である、ある“占い”が明らかになったが、彼がとった態度によるあの結末は、彼に少なからぬ心的影響をもたらしたのではないだろうか。
 このシリーズの遠景として、江神が自身に宣言された“占い”――生い立ちに関する呪縛――からいかに開放されるか、という要素があると私は思っている。単にクオリティの高い青春ミステリというだけでなく、その意味でも、早く次作が読みたいものである。

 以下は蛇足である。
 ここまでのシリーズ3作中、唯一、映像化されているようである。

双頭の悪魔 ?真犯人は誰だ? [VHS]

双頭の悪魔 ?真犯人は誰だ? [VHS]

 
双頭の悪魔?犯人はお前だ? [VHS]

双頭の悪魔?犯人はお前だ? [VHS]

 

 なぜ本作だけ映像化されたのかは分からないが、Amazonのレビューを読む限りは中々よく出来ているようである。VHSのみのリリースということで、積極的に観ようという気にはならないが、例えばいつかどこかの図書館の映像コーナーで、あるいは宿泊先の民宿で、見かけることがあれば、ぜひ観たい。もしくは長編では最終巻になるとされている第5作の出版あたりのタイミングでDVD化orBD化されるという可能性も、僅かながらあるだろうか。
 以下、蛇足の二乗。『月光ゲーム』『孤島パズル』と続いたので、タイトルは“漢字+片仮名”というルールで統一できたら尚よかったのに、と少し思う。例えば『双頭メイズ』とか『並行リドル』あたりでどうだろうか…。

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

 

 

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