何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

灰谷健次郎『兎の眼』の感想


(2003年8月読了)

 灰谷健次郎が教師生活を経て書いた最初の小説。大阪の工業地帯、塵芥処理場の側にある小学校と、そこで学ぶ子ども達、教師、そして住民たちの話である。映像化はされたらしいが、現在入手困難の模様。

 大学を出たばかりの、新婚で新任の教師、小谷芙美。彼女が受け持った1年生のクラスには、問題児がいた。暴力を振るい、ハエに執着し、一言も口をきこうとしない鉄三である。再三、引っかかれ、泣きながら、先輩の「教員ヤクザ」こと足立を始めとする同僚たち、鉄三のたった一人の肉親である祖父のバクじいさんといった人々の支えもあり、小谷は少しずつ鉄三や、他の子らと打ち解けていく。
 戦時中に朝鮮人の親友を裏切ったという、バクじいさんの辛い過去に触れ、なんとなく生きて教師になった自分を悔いた小谷先生は、障害児のみな子を自らの学級で預かるなど、自分を変え、またクラスを変えようと奮闘しだす。西大寺の善財童子の、兎のような美しい眼を思いながら。それが夫の理解を超えたものであることを受け入れつつ。
 小谷学級は素晴らしいクラスとなるものの、塵芥処理場の移転が決まり、鉄三らそこで働く人間の家は一斉に転居せよという話が持ち上がる。一部の教師、子ども達、地域住民たちは、決定を覆そうと奔走する。署名運動やハンストを行い、ついに再度交渉する糸口を掴むのだった。

 300ページを超える分量だが、会話に用いられている大阪弁のユーモアも興味深く、割にすらすらと読み終えた。私は上に挙げた表紙の新潮文庫版で読んだが、現在は絶版となり、手軽に入手できるのは以下の角川文庫版のようである。

兎の眼 (角川文庫)

兎の眼 (角川文庫)

 

 ちなみに、児童書レーベルである角川つばさ文庫からも出ているのだが、果たして現役の児童が読んで面白いものなのか、ちょっと疑問はある。
 鉄三や子ども達については子ども達も興味深いと思うのだが、例えば小谷先生と夫の関係あたりは、あまりピンとこないのではないか(まぁ、ピンとこない描写を読むのも経験のうちと言えば、そうだけど)。

兎の眼 (角川つばさ文庫)

兎の眼 (角川つばさ文庫)

 

 第一印象としては、『二十四の瞳』(記事)を連想させられる女先生ものということだろうか。泣き虫な先生が、鉄三など塵芥処理場の子ども達と関わり、自分の成長に至るという、私が思い描く「女先生成長物語」にかなり近い内容といえる。

 ただ、それがメインかというと、ちょっと違うかな。中盤ではバクじいさんの辛い過去が明かされたり、子ども達が犬とりに取られた犬を助け出そうと活躍するという短編的なエピソードも挟まれ、後半では塵芥処理場の移転とそれに伴う市民活動なども入ってくる。小谷先生のクラスや学校という限定的な舞台ではなく、地域全体を舞台とした半ば創作のルポルタージュのような印象も受けた(役所の説明が遅くなった理由として役所の課長が語る「みなさんに動揺をあたえてはいけないという心くばりからでございます」という台詞には妙なリアリティがある)。
 市民活動というと、私はどうしても胡散臭く見てしまうところがあって、作中の署名活動についても同様ではあるのだが、読んでいて、「じゃあ、その胡散臭さの根源は何なのだろうか」とちょっと思いはした。これはこの小説は離れて考えてみたい。

 そういう小難しい点を別にすると、人物の描写が印象的だ。子ども達はもちろん、「ヤクザ先生」の異名をとる足立先生や、なぜか侍言葉の「せっしゃのオッサン」といったナイスガイも面白いし、意外と酒豪で無茶もする小谷先生もいい感じである。
 それに、鉄三のハエ好きのために存外ハエの生態について詳しく書いてあったり、タイトルの由縁であろう“兎の眼”を有する西大寺の善財童子のくだりはちょっと和辻哲郎の『古寺巡礼』みたいだったりと、割と多彩な要素を含んでいるところも憶えておきたい。最初の小説ということもあって、作者は自分の持てる素材を全部投入したんじゃないだろうかと思える。

 ラストの先をもうちょっと書いて欲しかった、という野暮な願いはあるが、総じて面白かった。 別に教師を目指していなくとも、興味深く読めそうである。

兎の眼 角川文庫

兎の眼 角川文庫

 

 

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