何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

宮部みゆき『我らが隣人の犯罪』の感想


(2003年5月読了)

 表代作がデビュー作。他に「この子誰の子」「サボテンの花」「祝・殺人」「気分は自殺志願(スーサイド)」を収録している。順に述べよう。

各編の感想

 表題作「我らが隣人の犯罪」。中学1年生の男の子、三田村誠の視点で語られる、“西洋棟割長屋”すなわちタウンハウスの隣室に住まう人物とその飼い犬にまつわる、ささやかな仕返しのとちょっとした予想外な結末。
  中1で、後ろから数えた方が早い中ぐらいの成績だというのに、この子の語りはずいぶん気が利いている。叔父の毅彦や妹の智子もなかなか活きがよく、読後感がよかった。

 「この子誰の子」。14歳のサトシがひとり留守番していると、おしかけてきたのは風雨と、彼の父親の子だという赤ん坊を抱えた女性だった。
 女性の言うことは本当なのか? を引っ張りつつ、予想外の方向に持っていく手腕はなかなかのもの。1つ言えるのはサトシは幸せな人間だということか。1人で子どもと生きる女性という姿には、ちょっと浅田次郎的なものを感じた。というか、浅田次郎のデビューの方が遅いので、因果は逆かもしれないけれど。

 サボテンの花。とある小学校の定年間近な教頭先生の主観で描かれる、6年1組の奇矯な卒業研究の動向と卒業。竜舌蘭と種々の酒が登場する、色合い豊かな一篇である。
 意表は突かれるが、なぜ6年1組と教頭はそんなにも仲良しなのか。逆に言えば、担任の宮崎教師にしてみれば学級崩壊寸前ということでもあると思うのだが、その辺が丁寧に説明されていないように思われた。とはいえラストの味わいは鮮やか。

 「祝・殺人」。結婚直後にバラバラ殺人に遭った新郎について、式場でエレクトーンを弾いている女性、明子が考えた推理を、妹の式に来ていた刑事が聞く。
 丁寧な明子の言葉遣いを読むだけでもなかなか面白味がある。それと、バラバラ殺人の動機に科学技術を絡めたところが新奇か。収録作中、唯一血みどろの被害者が出ている話であり、普通の短編ミステリといえなくもない。

 「気分は自殺志願」。駆け出しの推理小説家が、初老のボーイ長(しかも味覚減退症を患っている)に授けた知恵の顛末。
 これもボーイ長氏の話し言葉の慇懃さが面白い。「だって先生、わたくしはまだたった53歳なんですからな」。この一文の前向きさが殊に心に残った。

所感

 どれもミステリー風でいわゆる「面白い話」には間違いない。達者である。
 ただ、それ以上に何かが残るかというと、自分の場合はあまり残らないように感じた。まぁ、読んで何かが残らなければならないというわけでもなかろうが、少し物足りない。宮部氏は江戸ものなんかも書いているし、もう少し読みたいと思う。  

我らが隣人の犯罪 (文春文庫)

我らが隣人の犯罪 (文春文庫)

 

 

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