何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

赤川次郎『夢から醒めた夢』の感想


(2004年3月読了)

 劇団四季のミュージカルとしても有名なファンタジー絵本。高校の頃の文化祭で、後輩の女の子がこの演目で主役を演じ、歌もダンスも相当クオリティが高かったのだが、その経緯があって原作を読んでみようと手に取った次第である。YouTubeに楽曲集があったので、先に貼り付けておく。


 赤川次郎は自身の娘のためにこの物語を作ったのだという。そんな赤川氏の多才さを指して「日本のスティーブン・キングだ」と形容したのは私の古い友達だが、日本のキングと言うならば宮部みゆきの方が相応しいだろう。
 それはそうと、まずはあらすじに触れよう。

 女の子なのに夜中にパジャマ姿で外を歩くのが好きなピコタン。彼女がそうするのには理由があった。その発端は、遊園地の閉館したはずのお化け屋敷で出会った、同い年くらいの幽霊の女の子との一件だった。
 自分の死に目に間に合わなかった母を元気づけるため、1日だけ“入れ替わって”くれないか、と彼女はピコタンに懇願する。快諾して入れ替わったピコタンだったが、名も知らない彼女が、1日を過ぎて戻って来なければ二度と元に戻れないことを他の幽霊たちに教えられ、にわかに怖くなる。しかし、親切な霊のおじさんの助けを得、入れ替わった相手を見つけだし、彼女が自分の元に戻ってこようとしていることを知って安堵する。
 彼女の母親はなかなか彼女を離そうとしないが、ピコタンの言葉を聞き、自分を取り戻して娘に別れを告げる。ピコタンは無事に元通りとなり、病院のベッドで目を覚ました。
 その夜、家に帰ったピコタンが寝ようと思っていると霊のおじさんの声が聞こえ、ピコタンをからかった霊たちがお詫びに欲しいものをあげたいと言っている、と告げる。ピコタンは「冒険が欲しい」と答え、それ以来、真夜中に「冒険配達便」を受け取るため、パジャマ姿で出歩くようになった、というわけである。

 ミュージカルでは省かれた前後の部分も読め(逆に舞台版でなされている翻案や追加もある)、何となく地に足が着いた感じを受けた。挿絵の北見氏の効果もあって、ミュージカルが絢爛なファンタジーなら、原作はふわふわしたメルヘンとでも言えそうな印象である。

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 物語の大筋は舞台版と変わらないので、ストーリーとしての感動は薄かったが、それでもクライマックスは目頭が熱くなった。太宰治の『走れメロス』にも似た、信じるということを謳った直球さだが、それだけに力強いものを感じた。

 それにしても、主人公のピコタンという名前はいささか奇妙である。舞台化に際してもそんな話があったのだろう、ミュージカル版は「ピコ」という名前になっている(ついでに言えば、幽霊の女の子にも「マコ」という名前が与えられている)。ピコとマコ――生者と死者――という構図はもちろん原作にもあるが、舞台版はやはり舞台映えを考えて作られている感があって、この2人が歌うナンバーはどれも印象深い。

 途中から舞台版の話がだいぶ混ざってきたので本の話に戻ろう。
 最後の方を読むと、この話はシリーズ化を念頭に置いたものであるというのが分かるのだが、続刊はされたのだろうか。Wikipediaの「赤川次郎」の項目を見ても、それらしいものはないようである。赤川氏はまだ作家活動をされているようだし、「幽霊」はデビュー作の『幽霊列車』(当該記事)以来のモチーフでもある。30年越しで続編が書き下ろされる可能性も、なくはないのではないだろうか。

 

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