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何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

村上春樹『新版・象工場のハッピーエンド』の感想


(2003年12月読了)

 何となく手に取った。村上春樹の随筆か創作か詩(あるいはその複数にまたがった文章)安西水丸氏の絵を混淆させた本である。「新版」と銘打たれているのは、1983年にCBSソニー出版から出た旧版に、「にしんの話」と安西氏の新規画稿を加えたものだかららしい。ゆるりとした随想と掌編という編成は、先日の『萬月辞典』と近い企画と言えるかもしれない。1日で読了した。

 14の文章と38の画が収録されている。画の方は日常的な雑貨を安西氏のあのタッチで描いたもので統一されているが、文章の方の統一感はあまりなく、村上氏が心のままに書いたものがそのまま収録されていると感じた。野暮かもしれないが、これらを私見で分類した結果を示しておこう。詩と広告コピーの中間のような「カティーサーク自身のための広告」も随筆と言えなくもないが、英国のウィスキーのイメージを転がして楽しむ感じは、やはり詩に分類すべきと考える。
○随筆:「クリスマス」「ある種のコーヒーの飲み方について」「ジョン・アプダイクを読むための最良の場所」「FUN、FUN、FUN」「にしんの話」「マイ・ネーム・イズ・アーチャー」「双子町の双子まつり」「マイ・ネーム・イズ・アーチャー」
○物語:「万年筆」「スパゲティー工場の秘密」「A DAY in THE LIFE」「鏡の中の夕焼け」
○詩?:カティーサーク自身のための広告」
○翻訳:「サヴォイでストンプ」

 ご覧の通り最多なのは随筆で、作者の好きな音楽(ビング・クロスビービーチ・ボーイズなど)や作家(ジョン・アプダイクやロス・マクドナルドなど)といった、アメリカ文化が香るものが多い。オーティス・ファーガソンの文章を訳した「サヴォイでストンプ」もその延長だろう。
 文中にも出てくるので、YouTubeにあったビーチ・ボーイズの「FUN,FUN,FUN」の映像を挙げておく。


The Beach Boys- Fun Fun Fun (with lyrics) - YouTube

 しかし随筆といっても事実ばかりが書かれているわけではないようなので注意が必要である。多くは「ウソだな」と分かる書かれ方をしているが、微妙なものもある。
 「双子町の双子まつり」では、双子まつりのある場所としてアメリカのTwinsvilleなる土地が挙げられているが、いま調べてみるとこれはTwinsburgのことだろうと思う。まぁ、これは村上氏が企んでやったというよりは、ネットのない当時では致し方のない参考文献上の誤解というものだろう。
 随筆で最も印象に残ったのは、「ジョン・アプダイクを読むための最良の場所」である。村上氏は大学入学時に上京してきて、私は逆に大学入学時に地方に行ったという違いはあるものの、ここに書かれている“春にがらんとした部屋に1人”という感じは、とても分かる。私の場合、それが読書に最良だったわけではないが、当時のことを思い出しながら味わって読んだ。

 物語の方は4編と少ないが、羊男や双子や象工場やしゃべれる犬という要素は、以降の小説の芽といってもよさそうである。特に「スパゲティー工場の秘密」は村上氏の舞台裏(脳内)がそのまま作品になっている感じで微笑ましく読んだ。そういう要素のない「万年筆」も、アメリカ的な香りの強いこの本の中で、不思議と日本を感じる異彩がよかった。

象工場のハッピーエンド (新潮文庫)

象工場のハッピーエンド (新潮文庫)

 

 

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