何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

米澤穂信『いまさら翼といわれても』の感想


(2017年12月読了)

 

 ついに追いついてしまった、〈古典部〉シリーズの最新作に当たる短編集である。まだ文庫版も出ていないので、単行本(上製本)で読んだ。例により、まずは各編のあらすじを記すことから始めよう。

 「箱の中の欠落」。6月のある夜、折木奉太郎(おれき・ほうたろう)は福部里志(ふくべ・さとし)から呼び出され、夜の散歩をすることとなる。当然、里志は意味もなく呼び出したわけではなかった。生徒会長選挙の開票に際して行われた何らかの不正。総務委員会副委員長となった里志は、選挙の立会人として――否、個人的義侠心から、その不正の解明を試み、奉太郎に助力を願ったのだった。選挙管理委員会による、一見厳格にみえる選挙の行程に穴はあるのか。夜の街を歩き、ラーメン屋に立ち寄り、奉太郎の推論は形を顕わにしていく。
 「鏡には映らない」。伊原摩耶花(いばら・まやか)は、漫画制作用品の買い出しの帰り、中学時代の同級生から声をかけられる。それは、彼女に中学での卒業制作と折木奉太郎にまつわる記憶を思い起こさせた。あまり愉快な記憶ではない。
 その年の鏑矢中学卒業生による制作物は、大きな鏡を縁取る、浮き彫りをあしらった飾り枠だった。分担した一片を、奉太郎が手を抜いて作ったため、デザイン担当の鷹栖亜美(たかす・あみ)が大いに取り乱して泣いたのだ。総叩きに遭った奉太郎を、当時は摩耶花も半ば当然という気持ちで見ていたが、今になって考えてみるといささか腑に落ちない。
 真相を知るため、摩耶花は行動を開始する。やがて浮上する、当時の奉太郎が口にした作業を『手伝ってくれる人』、鳥羽麻美(とば・あさみ)。語ることを頑なに拒む麻美が、捨て台詞のように吐いた「逆立ちでもしないと、あなたにはわからない」という言葉を胸に、摩耶花は母校へと足を向ける。その意味を知り、摩耶花は長らくの密かな軽蔑を、奉太郎に詫びた。
 「連峰は晴れているか」。放課後に飛ぶヘリを見て、奉太郎は中学時代の英語教師・小木(おぎ)のことを思い出す。授業中、ヘリが飛ぶのを窓際に寄って見上げ、「ヘリが好きなんだ」と言った小木だったが、里志によれば特にヘリ好きという記憶はなく、むしろ3度も雷に打たれた男として憶えられていた。
 小木の素性に珍しく興味を惹かれた奉太郎と、奉太郎が珍しく興味を惹かれたことに興味を惹かれた千反田える(ちたんだ・――)は、ともに図書館へと向かう。図書館のレファレンスカウンターで分かったことは、奉太郎の予感に合致していた。もう二度と会うことのない人物だからこそ、適当な理解でこと足れりとしてしまうことの意味を、奉太郎は思った。
 「わたしたちの伝説の一冊」。2月。雑誌に投稿していた漫画が努力賞に選ばれ、摩耶花は驚く。
 奉太郎が中学時代に書いた「走れメロス」の感想文に一同あきれながらも、平穏な古典部の日常。しかし摩耶花が所属するもう1つの部活・漫画研究会はそうはいかない。去年の文化祭以降、漫画を“自分も描いてみたい派”と“読むだけ派”の反目が続き、それは3年生・河内亜也子(こうち・あやこ)の一足早い引退で決定的なものとなっていた。一応“自分も描きたい派”に属しながら双方の対立からは距離を置いていた摩耶花は、“描いてみたい派”の中心になりつつある同級生・浅沼(あさぬま)から相談を受ける。それは、秘密裏に“描いてみたい派”で同人誌を制作・配布し、既成事実を作って“読むだけ派”を一掃しようという“クーデター”に参加して欲しいというものだった。
 とにかく漫画を描きたい一心から話を受けた摩耶花は、自分の教室でノートに構想を書くところから始める。しかし、自分と同じく中立的ではあるものの“読むだけ派”のクラスメイト・羽仁真紀が同室しており、なかなか捗らない。そんな中、“クーデター”は“読むだけ派”に露見し、漫研の分裂は避けられなくなる。
 それでも漫画の準備を進める摩耶花だったが、何者かによってノートが盗まれ、怒りに震える。里志の助力を得ながら、摩耶花は考える。ノートは何のために盗まれたのか。漫研はどうなるべきなのか。
 翌日、摩耶花は意外な人物と面会することとなる。それは彼女にとって、とある区切りに他ならなかった。
 「長い休日」。日曜日。いつになく調子が良い(悪い?)奉太郎は、散歩をしようと荒楠神社に赴く。神社の娘で同級生の十文字かほ(じゅうもんじ・――)と会うと、丁度えるも来ていると告げられ、奉太郎は2人とひと時を過ごす。少しばかり責任を感じた奉太郎は、えるが1人でやるという末社のお稲荷様の掃除を手伝うことにする。
 掃除をしながら、えるは奉太郎に訊ねる。『やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に。』を、なぜ信条とすることにしたのか、と。
 奉太郎の答えは、彼が小学6年生だった頃の話という形をとる。世の中には、要領よく立ち回って面倒ごとを他人に押しつける人間と、気持ちよくそれを引き受ける人間がいる。鋭敏な彼は、そのことを身をもって知った。
 そんな当時の彼の決心を、姉は優しく認め、今、えるもまた、彼の心に寄り添うのだった。
 「いまさら翼といわれても」。長い梅雨と一学期の終わり。えるは父親から、とある重要事項を告げられた。
 いつもの古典部の部室で、摩耶花が遭遇した異様に甘いコーヒーの謎の話を聞いても、えるの反応は微妙に悪い。不審に思っていた奉太郎だが、夏休み初日、摩耶花から「えるが行方不明」との電話を受け、捜索に乗り出す。
 神山市が主催する、大正時代の地元出身作曲家・江嶋椙堂(えじま・さんどう)の名前を冠した江嶋合唱祭で、ソロパートを歌うはずだったえる。彼女は、会場である神山市民文化会館に着いた後、どこかへ行ってしまった。えると一緒にバスで来たという老婦人・横手(よこて)はそう語る。
 雨と傘と傘立て、里志が持ってきたバスの路線図と時刻表、椙堂による「放生の月」の、えるが歌うはずだったソロ部分。それらから類推した場所へ、奉太郎は向かう。心から信じていないのに称えるのは、なんだか負担だ。それこそが、今のえるに言うべきことだと考えながら。

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アガサ・クリスティー『オリエント急行殺人事件』(光文社古典新訳文庫版)の感想


(2017年11月読了)

 当時、書店でハヤカワ文庫版『オリエント急行殺人事件』が平積みされているのを目撃し、映画の公開間近を知った。そこから4月に出た古典新訳文庫を積読にしていたのを思い出し、ページを繰った次第である。

 ポアロの登場作を読むのは、『カーテン』(当該記事)、『スタイルズ荘の怪事件』以来3作目となる。有名な作品であるため、本作は既に幾度も邦訳されている。代表的なのはハヤカワ書房や東京創元社のものだろうか。角川文庫版や新潮文庫版なども存在する。最近のハヤカワ文庫版では有栖川有栖氏が解説を書いており、学生アリスシリーズ(当該記事)の愛読者である私はこの解説だけでも読みたいところである。

オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 古典新訳文庫の本書は、訳者曰く「内容とあまり関係のない」傍注が見開きの左隅に付されている。巻末の「解説」「あとがき」も含め、読み応えのある注釈と言えるだろう。
 前置きはこの辺りにして、まずはあらすじを示そう。

  ある冬。エルキュール・ポアロの姿は、東欧シリアのアレッポ駅にあった。フランスの委任統治領である当地で軍を悩ませていたー事件を解決した彼は、感謝とともに見送られ、イスタンブールへの国際急行列車「タウルス急行」へと乗り込む。
 観光のためイスタンブールでの滞在をもくろんでいたポアロだったが、車内でのイギリス人男女の意味ありげな会話に触れたと思うや、落ち着こうとしたホテルで「至急帰国されたし」との電報を受ける。かくして彼は、イスタンブール発カレー行の〈シンプロン・オリエント急行〉に、友人でオリエント急行を運行する〈ワゴンリ〉社の重役でもあるブークとともに乗車する。
 季節外れにも関わらず満室の客車内には、様々な国籍、様々な階層の人々が一堂に会していた。その1人、アメリカ人の富豪ラチェットは、ポアロに身辺の安全のため仕事を依頼するが、乗車前から彼にいい感じを受けなかったポアロはこれを断る。
 列車は雪のためユーゴスラヴィア内で立ち往生し、動かないまま迎えた翌朝、ラチェットが自室で殺されているのが発見される。ドアは施錠され、開かれた窓の外の雪に足跡もない。
 外界から隔絶された車両の中、ブークから依頼を受けたポアロは、乗り合わせた医師コンスタンティンを加え、ラチェット殺害の真相を探るために捜査に乗り出す。
 脅迫状。明らかになる過去の痛ましい事件。現場から見つかったパイプクリーナーとイニシャル入りのハンカチ。目撃された緋色のキモノと謎の音。遺体に付けられた複数の傷。「男が入ってきた」と主張する被害者の隣人――。乗客たちの証言は互いにアリバイを立証し、容疑者は曖昧模糊としたままであり続ける。しかし、ポアロは言う。ラチェット殺しの犯人が判った、と。
 集められた乗客達の前で、ポアロは事件について2つの「解」を示す。そして、ブークとコンスタンティンは、そのうち1つについて同意した。

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米澤穂信『ふたりの距離の概算』の感想


(2017年9月読了)

  〈古典部〉シリーズも5作目、文庫本としてはこれが最新作となる。前作から引き続いて読む。
 前作は短編集だったが、今作は再び長編で、主観的には〈古典部シリーズ〉第2部といった趣がある。例のごとく、まずはあらすじから示そう。

 5月末。4月に無事に進級を果たした神山高校2年生の折木奉太郎(おれき・ほうたろう)は、憂鬱な気持ちでスタートを切った。毎年の恒例行事であるマラソン大会――長距離トラック種目で活躍した卒業生の名にちなみ、正式名称は「星ヶ谷杯」――が始まったのだ。
 しかし、奉太郎にはこの20kmという距離の間に、やるべきことがあった。古典部に仮入部しつつも、星ヶ谷杯の前日になって急に入部しないと言ってきた1年生・大日向友子(おおひなた・ともこ)のことである。
 友子の入部辞退の理由は、直前にやりとりしていた古典部部長・千反田える(ちたんだ・える)とのささいなやり取りにあるらしい。古典部部員で総務委員でもある旧友・福部里志(ふくべ・さとし)は事態を単純に考えるが、奉太郎には少しばかり心あたりがあった。
 各クラスが順々に出発するこの星ヶ谷杯の最中、追いついてくる関係者から情報を得て推論を補強し、最後にまみえるだろう友子に真相を話す。それが奉太郎の目論見だった。
 そのためには、これまでのことを正しく思い出し、そして適切な問いを立てなければならない。

 学校の裏手を走りながら、奉太郎は回想する。
 4月の新入生勧誘週間最後の日、奉太郎とえるは退屈紛れに製菓研究会の勧誘テーブルについて考察し、それは思わぬ事故を顕わにした。2人に興味を示した友子が声をかけてきたのはその時だった。「仲良しオーラ」を感じた彼女は、その場で仮入部を申し出たのだ。
 追いついてきた古典部部員・伊原摩耶花(いばら・まやか)に奉太郎は問う。彼女は、入部を辞退して出ていった直後の友子が、えるを評した言葉を聞いていた。

 山道を下り終えた奉太郎は、さらに回想する。
 4月末の土曜、姉・共恵に翻弄される午前中を過ごした奉太郎は、午後になって思わぬ訪問を受けた。「友達は祝われなきゃいけない」という友子の働きかけで、古典部の面々が奉太郎の誕生日を祝いに来たのである。楽しい時間を過ごす一同の中、何となしに居心地の悪い思いをする奉太郎とえる。
 行く手に停まっていた里志から、奉太郎は2つの示唆を得る。

 また上り坂にさしかかり、奉太郎は回想する。
 5月半ば、友子に誘われた古典部は、彼女の歳の離れた従兄弟が出店する、喫茶店のモニター客をすることになった。えるは所用で遅れて来たものの、古典部の面々は雑多な話を交わしながら看板メニューのブレンドとスコーンを味わった。話題は、4月にこの街で起きた詐欺事件や、今日の天気予報、えるがお祝いに訪れた家での出来事、そして、マスターである友子の従兄弟がはぐらかす、この店の名前について。帰り際、奉太郎は1つの違和感を感じていた。

 えるが追いついてくるのを待ちながら、奉太郎は前日のことをも回想する。友子の奇行と、その後の友子とえるの会話。
 辛くもえると合流した奉太郎は、自らの推論を語る。えるは、自らの回想も交え、奉太郎の問いに答えた。
 ゴールまで残り3kmの地点。奉太郎は友子を待ち受け、話しかける。明らかになる、友子が隠しておきたかったこと、怖れたこと。謝意を表し、笑顔の戻った後輩との距離は、もう測りがたい程に遠ざかりつつあった。

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米澤穂信『遠まわりする雛』の感想


(2017年9月読了)

  『クドリャフカの順番』から引き続いて、古典部シリーズの4作目を読む。今回は短編集である。
 各編は奉太郎たちが1年生として過ごした春夏秋冬を舞台としており、時系列としては、これまでの3作の間に当たる時期の挿話だったり、『クドリャフカ』で描かれた文化祭の後の時期のエピソードだったりする。
 ちなみに、本書が描く時間的範囲は、シリーズのアニメーション版のそれとほぼ同じである。つまり、アニメの最終話は本書の表題作「遠まわりする雛」となる。その意味では、奉太郎達が出会い、1年を過ごす様を描いた長編3作と本書をもって、シリーズの一区切りという意識を持つファンも多いのではないだろうか。
 ともあれ、まずは各編の概要を述べる。

やるべきことなら手短に。「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」を生活信条とする折木奉太郎(おれき・ほうたろう)。彼が県立神山高校に入学して1か月が過ぎた。
 奉太郎が半ば強制的に入部することとなった古典部の部長にして同学年の千反田える(ちたんだ・――)の口癖は、「わたし、気になります」。自分の信念とは真逆な彼女に対し、奉太郎は少しばかりの苦手意識を持っている。
 そんな奉太郎に、中学以来の旧友で古典部員でもある福部里志(ふくべ・さとし)は、音楽室の怪談まがいの噂話を披露する。えるが、その真相解明をしようとやって来るが、それを遮って奉太郎が口にしたのは、神山高校に伝わる秘密倶楽部『女郎蜘蛛の会』の噂だった。
 えるは興味を惹かれ、3人はその勧誘メモを探すべく推理を重ねる。“部活の殿堂”神山高の多彩な部活の勧誘ポスターに一同圧倒されつつも、奉太郎の推理は的中し、首尾良く秘密倶楽部の勧誘メモは発見された。
 里志は奉太郎の“計略”を褒めるが、同時にモットーに反していたと指摘する。己もまた「不慣れなやつほど奇を衒う」ことをしたのだと奉太郎は自覚した。

大罪を犯す。6月のある日の5時間目の授業中、奉太郎は隣の1年A組に響く大きな物音を聞く。黒板を叩く物音と教師の怒声。そしてそれに割り込む、えるらしき女子生徒の声だった。
 放課後、里志を追いかけて古典部に入部した伊原摩耶花(いばら・まやか)が、部室で里志に怒りを爆発させたことから、えるは果たして怒ることがあるのか、が話題となる。それを発端に、えるは件の5時間目に遭遇した謎――数学教師の尾道は、なぜA組の授業進度を勘違いしたか――について、奉太郎に意見を求めた。
 尾道が自分の教科書にメモする内容から、奉太郎が真相を解き明かすと、えるは自分が怒ったことを恥じる。それは奉太郎の予想通りではあったが、それだけで彼女を理解した気になるのは傲慢だと自戒した。

正体見たり。8月。文集『氷菓』にまつわる事件解決の労をねぎらうため、えるは古典部部長として部の温泉合宿を企画、4人は摩耶花の親戚が営む財前村の民宿「青山荘」へとやって来た。
 宿の姉妹、善名梨絵(ぜんな・りえ)と嘉代(かよ)も交えての夕食を摂り、近所の露天風呂に入って約1名のぼせ、その1名を除いて怪談話に興じるなど、旅を満喫する一同。しかし翌朝になると様子が変わっていた。摩耶花は、梨絵が前夜語った怪談のような首吊りの幽霊を見たと言い、同室のえるもそれに同意したのだ。
 えるの好奇心に引き摺られ、奉太郎は幽霊事件を探る。ラジオ体操、前夜の雨、そして姉妹の関係などから導き出した奉太郎の答えは、えるには苦いものを残した。

心あたりのある者は。「10月31日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい」。11月のはじめの日、部室に2人だけだった奉太郎とえるは、そんな校内放送を聞く。
 奉太郎の推論能力が本物であるか否かで議論になろうとしていた2人は、この校内放送の意味について推論を立てるというゲームを始める。用語の確認から始まった推論は、呼び出された生徒Xをめぐる犯罪の可能性に至り、ゲームは終了した。
 始めた趣旨すら失念したような2人だったが、翌朝、奉太郎は「瓢箪から駒」という金言がゲームの発端にあったと、強引に思い込もうとする。

あきましておめでとう。荒楠神社の境内の隅。おんぼろの納屋の中に、奉太郎とえるは居た。
 元日の夜、えるに誘われた奉太郎は、荒楠神社に初詣にやって来ていた。小紋に身を包んで現れたえるは奉太郎を伴い、父・鉄吾の名代として神職に挨拶する。巫女は同級生の十文字かほ(じゅうもんじ・――)だった。
 アルバイトでおみくじ売り場などを担当している摩耶花に会った後、えるは、かほの手伝いを申し出、それに奉太郎も付き合う。勘違いと不運が重なり、2人が納屋に閉じ込められてしまったのは、そうした経緯からだった。
 名代として来ている以上、えるは体面を気にせざるを得ず、大声を出して助けを呼ぶことはできない。元日の寒さの中、奉太郎は知恵を絞る。
 幾度かの失敗の末、里志の影響されやすい性格と、新春ドラマ「風雲急小谷城」に賭けた奉太郎の方策は成功する。男子2人は、やや風変わりな新年の挨拶を交わした。

手作りチョコレート事件。去年の雪辱を晴らそうと、摩耶花は里志に渡す手作りチョコレートに注力する。その里志の以前に比しての変化――勝利至上主義から面白味追求へ――を、対戦ゲームのプレイスタイルから奉太郎は感じ取っていた。
 2月14日、少し肩透かしな思いを味わい図書室で過ごす奉太郎に、えると里志が事件の報をもたらす。部室に置いてあった摩耶花のチョコレートが、何者かによって盗まれたのだという。
 校内を探す3人。居残っていた天文部から話を聞き、奉太郎はチョコの在処を特定しかける。が、現れた摩耶花は予想外に落ち着いていた。
 責任を感じるえるに約束した通り、奉太郎は犯人を特定し、チョコを取り返して里志に渡す。犯行の動機を訊ねた奉太郎は、その応えに、物事の見方は単一でないことを改めて思い知った。

遠まわりする雛4月。えるに頼まれた奉太郎は、水梨神社を訪れた。催しで自らが『生き雛』を務めて集落を巡るえるの、傘持ち役を仰せつかってのことである。
 しかし、通れるはずの長久橋で工事が始まっていることが分かり、準備の者たちは混乱する。代わりに提案されたルートが、えるの口利きで使えることになり、どうやら無事に『生き雛』の行列は始まった。入須冬美(いりす・ふゆみ)の内裏と、えるの雛。狂い咲きの桜の下を進む奉太郎の夢見心地は、見物に来た里志の呼び声で破られる。
 仕事を終えた奉太郎は、化粧を落としたえるに、雛が遠回りすることになったルート変更の犯人と、その動機を問われる。「そんなことのために!」と、えるは驚くが、奉太郎は内心で犯人への理解を示していた。
 どこへ行こうといずれはここに帰ってくる。えるはそう語り、自分の生まれた小天地を紹介したかったと言う。奉太郎は、言おうとすることが言えず、はぐらかすことしかできなかった、摩耶花に対する里志の気持ちを、今更に了解した。

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米澤穂信『クドリャフカの順番』の感想


(2017年9月読了)

  『氷菓』(当該記事)、『愚者のエンドロール』(当該記事)に続いて3作目も読了した。文庫版に添えられた英文タイトル「Welcome to KANYA FESTA!」が示す通り、「カンヤ祭」こと主人公たちの高校の文化祭を舞台とした作品である。
 私は文庫版を読んだのだが、当初から文庫本で刊行された前2作と違い(とはいえ、スニーカー文庫→角川文庫という二段階刊行ではあったが)、本作以降は単行本→文庫化という刊行過程を経るようになっている。ライトノベルのレーベルを離れ、移行は一般的な文芸作品としての扱いになった、ということと思う。

クドリャフカの順番―「十文字」事件

クドリャフカの順番―「十文字」事件

 

 このシリーズはその後も作品を重ねているが、もともと最初の『氷菓』から文化祭が遠景にあり、『愚者のエンドロール』での展開もその準備の一環だったことから、作者はこの3作目までで一連の作品と構想していたのではないだろうか。
 ともあれ、例によって概要を示す。

概要

 待望の神山高校文化祭を翌日にひかえた秋の夜。古典部の面々は眠れずに過ごしていた。
 不眠の原因は、過剰在庫である。文化祭に出品する文集『氷菓』が無事に印刷所から納品されたはよかったが、不幸な手違いで破格の部数を抱えることになってしまったのだ。

 翌朝。文集の編集を一手に引き受けた自分の責任が重いと考えながら、掛け持ちしている漫画研究会の展示に時間をとられて伊原摩耶花(いばら・まやか)は満足に動けない。彼女を除く古典部員3人は、それでもどうにか状況を打破するために行動を開始する。
 部長の千反田える(ちたんだ・――)は、僻地にある古典部部室(地学講義室)以外に新しい売り場の確保を目標とした営業活動を。福部里志(ふくべ・さとし)は知名度の低い古典部の名を校内に轟かせるため、各所のイベントで活躍することを念頭に置いた公報活動を。そして、「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」を生活信条とする折木奉太郎(おれき・ほうたろう)は、店番を。
 えるは、あちらこちらに興味を引かれながらも総務委員会、壁新聞部に掛け合い、里志はクイズ研主宰のクイズ大会で古典部と『氷菓』を猛アピールする。一方、奉太郎は店番しながら、姉からもらった書けない万年筆に端を発した「わらしべ長者プロトコル」に人知れず興じ、摩耶花は漫研内の派閥争いに巻き込まれ、あまり愉快でない時間を過ごしていた。
 そんな中、えるは友人の荒楠神社の娘・十文字かほ(じゅうもんじ・――)から、彼女が所属する占い研究会のブースから「ホイール・オブ・フォーチュン」のタロットカードが盗まれたことを知らされる。盗まれた現場には、「十文字」という署名とともに犯行を表明するグリーティングカードと、「文化祭が終わったら返します」という走り書きのメモ、文化祭のしおり「カンヤ祭の歩き方」が残されていたという。里志もまた、彼を勝手にライバル視してクイズ大会に参加したクラスメート・谷から、やはり犯行声明のカードを添えて、囲碁部の碁石が盗まれたと聞かされる。
 そのころ摩耶花は、漫研の先輩で対立派閥の中心人物でもある河内亜也子(こうち・あやこ)との論争に突入していた。「主観次第でどんな作品でも名作になりうる」。そう言い切って漫研の文集にケチをつける亜也子に、時間の淘汰を経ずに名作の片鱗をうかがわせる作品が存在するという立場の摩耶花は、自らが衝撃を受けた同人漫画『夕べには骸に』を持ち出すことで、反証を提示しようとする。
 かくして、『氷菓』の売れ行きは芳しくないまま、1日目の日は暮れていった。

 翌日。アカペラ部でも似たような盗難騒ぎがあった、という話を、里志は総務委員長・田名辺治朗(たなべ・じろう)から聞かされる。
 えるは、古典部が夏休み中にトラブルの解決役を担ったビデオ映画「万人の死角」を上映する2年F組に向かう。『氷菓』委託販売の交渉を“女帝”入須冬美(いりす・ふゆみ)に持ちかけると、冬美は交渉のイロハを伝授してくれた。
 そして昼。里志が、える、摩耶花を誘って結成した「チーム古典部」は、お料理研究会主催の料理勝負イベント「ワイルドファイア」に参加する。会場到着が遅れている摩耶花を大将に、先鋒の里志はそこそこに、二番手えるは大いに料理し、会場を沸かせる。会場に滑り込んだ摩耶花をアクシデントが襲い、何とかそれを打破するが、その背景にはまた1つの盗難事件があった。
 部室に集まった古典部員は、幾つもの盗難を総合して、その法則性を見抜き、事件の犯人探しは、部の知名度上昇――ひいては『氷菓』の売上げ増大――に繋がると考える。そのネタを持って、えるは再び壁新聞部に交渉に向かい、里志は店番から動こうとしない奉太郎に代わり、自分が探偵役を担おうと目星をつけた場所へと向かうが、不首尾に終わる。
 摩耶花は、居心地の悪い漫研に戻る。部長の湯浅尚子(ゆあさ・しょうこ)から、亜也子の過去を聞かされるが、要領を得ず、困惑するだけだった。
 再び部室に部員達が揃う。情報を交換する中、文化祭2日目の日も暮れようとしていた。

 その夜。えるは慣れない販売交渉に疲れ、摩耶花は自分が『夕べには骸に』と並ぶ傑作と考える同人漫画『ボディートーク』を再読し、自作の未熟ぶりに打ちのめされ、奉太郎は神山高校文化祭の公式サイトを閲覧する。そして里志は、高校に入り才能の片鱗を見せ始めた奉太郎に追いつかんと密かに誓い、独自に犯人を推理する。

 それぞれに眠れない夜を過ごした古典部員たちをよそに、文化祭は3日目を迎える。
 気合いを入れて張り込む里志。来襲する、奉太郎の古典部入部のきっかけとなった張本人。放送部の校内ラジオ放送をチャンスと見込み、行動を開始するえる。2冊の同人漫画の事情を知る摩耶花。
 そしてつながり始める、同人漫画とクリスティと「十文字」。店番をしながら巡らされていた奉太郎の思考は、やがて1つの結論に辿りつこうとしていた。
 文化祭最終日の夕暮れが迫る。「十文字」事件の結末はどこか。そして、まだだいぶ残っている『氷菓』の在庫は――。

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米澤穂信『愚者のエンドロール』の感想


(2017年9月読了)

 『古典部』シリーズ2作目である。前作『氷菓』(当該記事)の読了後、そのまま読み継ぐ。作中の時間軸的にも、発表順としても続篇と言ってよい作品である。
 それでは本作も、まずは概要を記す。

 夏休み終盤、神山高校では文化祭の準備が続けられていた。折木奉太郎(おれき・ほうたろう)ら1年生ばかり4人で構成される古典部もまた、古典部文集『氷菓』を文化祭で出品すべく、各自制作を進め、編集会議を開くなどしていた。
 そんな折、「わたし、気になります」が口癖の古典部部長・千反田える(ちたんだ・――)は、部員たちを“試写会”へと誘う。2年F組がクラス展示として文化祭で上映するという、自主制作ビデオ映画の試写会だという。
 しかし、観せられた推理もの仕立てのその作品――仮称『ミステリー』には、解決編がなかった。
 脚本を担当していた本郷真由(ほんごう・まゆ)の体調不良により、この先の展開は描かれていない。画面に示された情報から犯人は指摘し得る。誰が犯人か、その理由を考えて欲しい。
 2-Fのまとめ役にして『女帝』の異名をもつ入須冬美(いりす・ふゆみ)は、奉太郎たちに依頼する。
 気乗りしないながらも、えるの好奇心にも絆され、奉太郎は2-F有志による結末予想について意見を述べる、オブザーバーの立場で参加することを承諾する。

 かつての鉱山地区の、廃墟の密室で行なわれた殺人の犯人は誰か? どうやって殺したのか?
 この問題に対して、2-Fの面々が繰り出す見解は様々だった。
 トリックなど大して気にせず、映像としての娯楽性を追求した解決案。
 提示された情報から机上の論理を展開し、犯人を指摘した解決案。
 そもそもミステリーであること自体に懐疑的な立場に立った、荒唐無稽な解決案。
 そのいずれも、古典部は否定する。
 若干の不本意を感じながらも、こと足れりとした奉太郎に、しかし入須は追いすがり、改めて「探偵役」を依頼する。「あのビデオの正解を見つけて欲しい」と。
 奉太郎は自らを信じて推理を展開する。万事が収まるべきところに収まったかに思えたが、古典部員たちの言葉に、奉太郎は再考を余儀なくされる。
 本郷が考えただろうラストと、この“事件”の真相。それらに奉太郎が辿りついた時、そこには、あくまで厳然として揺るがない入須の姿があった。えるは、自分がなぜ本郷に共感し得たのか、その理由を恥ずかしげに明かすのだった。

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米澤穂信『氷菓』の感想


(2017年9月読了)

  アニメ化もされ映画化もされた人気作だが、一応それ以前から米澤穂信氏のデビュー作としては知っていた。ながらく本棚に刺さっているだけだったのだが、それをようやく取り出して読んだ形である。
 ちなみに映像化作品としては、アニメの方が比較的評判がいいようである(私もCSで一挙放送されていたアニメ版は観た)。

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 以下、まずはあらすじから。

 「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」を生活信条とする折木奉太郎(おれき・ほうたろう)は、旧友の福部里志(ふくべ・さとし)とともに「部活の殿堂」神山高校に入学したばかり。溌剌とした“薔薇色の高校生活”に背を向け、『省エネ』な高校生活を実践しようとしていた彼の望みは、しかし1通の手紙によって挫かれた。
 折木供恵(――・ともえ)。奉太郎の姉にして、神山高校のOGでもある彼女からの手紙は、自分が所属していたが、今は部員ゼロで廃部の瀬戸際にある、とある部活動に所属するようにと弟に助言するものだった。実力的に敵わない姉の“アドバイス”に、奉太郎はしぶしぶその部活――古典部の部室である、地学講義室を訪れる。
 しかし部室には先客がいた。奉太郎と同じ1年生で、豪農の家のお嬢様でもある千反田える(ちたんだ・――)である。いつのまにか密室になり、えるを閉じ込めていた部室の謎を難なく解いた奉太郎に、えるは大いに感心し、居合わせた里志も古典部に誘う。かくして3人の新入部員により、古典部は復活した。
 図書室から、毎週決まった時間に借りられる『神山高校五十年の歩み』の謎を解いた奉太郎に、えるは、とある依頼を持ちかける。それは、行方不明となった彼女の伯父の過去を探るということであり、えるが古典部に入部した「一身上の都合」に関わることでもあった。
 里志を追い、漫研と掛け持ちで入部した伊原摩耶花(いばら・まやか)を加えて4人になった古典部は、「カンヤ祭」の異名をもつ神山高文化祭で出品する文集の制作に本腰を入れ始める。参考にするための過去の文集を求め、行き着いたのは、かつての古典部室・生物講義室だった。
 現使用団体である壁新聞部の部長・遠垣内(とおがいと)の頑なな態度の意味を奉太郎があばき、古典部文集『氷菓』のバックナンバーは現部員たちの手に渡る。創刊号を欠きながらも、過去の『氷菓』の内容は、えるの伯父の記憶を呼び覚まし、33年前の神山高校であった“事件”を示唆するものだった。
 部員たちは検討する。当時、えるの伯父に、神山高校に何があったのか。
 回り道をしつつも、やがて奉太郎は1つの確信に至る。『優しい英雄』の真相。『氷菓』という表題の意味。
 伯父の記憶を取り戻し、えるは瞳を濡らしながら微笑む。奉太郎は薔薇色と灰色についての考察を深めた。

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