ついに追いついてしまった、〈古典部〉シリーズの最新作に当たる短編集である。まだ文庫版も出ていないので、単行本(上製本)で読んだ。例により、まずは各編のあらすじを記すことから始めよう。
あらすじ
「箱の中の欠落」。6月のある夜、折木奉太郎(おれき・ほうたろう)は福部里志(ふくべ・さとし)から呼び出され、夜の散歩をすることとなる。当然、里志は意味もなく呼び出したわけではなかった。生徒会長選挙の開票に際して行われた何らかの不正。総務委員会副委員長となった里志は、選挙の立会人として――否、個人的義侠心から、その不正の解明を試み、奉太郎に助力を願ったのだった。選挙管理委員会による、一見厳格にみえる選挙の行程に穴はあるのか。夜の街を歩き、ラーメン屋に立ち寄り、奉太郎の推論は形を顕わにしていく。
「鏡には映らない」。伊原摩耶花(いばら・まやか)は、漫画制作用品の買い出しの帰り、中学時代の同級生から声をかけられる。それは、彼女に中学での卒業制作と折木奉太郎にまつわる記憶を思い起こさせた。あまり愉快な記憶ではない。
その年の鏑矢中学卒業生による制作物は、大きな鏡を縁取る、浮き彫りをあしらった飾り枠だった。分担した一片を、奉太郎が手を抜いて作ったため、デザイン担当の鷹栖亜美(たかす・あみ)が大いに取り乱して泣いたのだ。総叩きに遭った奉太郎を、当時は摩耶花も半ば当然という気持ちで見ていたが、今になって考えてみるといささか腑に落ちない。
真相を知るため、摩耶花は行動を開始する。やがて浮上する、当時の奉太郎が口にした作業を『手伝ってくれる人』、鳥羽麻美(とば・あさみ)。語ることを頑なに拒む麻美が、捨て台詞のように吐いた「逆立ちでもしないと、あなたにはわからない」という言葉を胸に、摩耶花は母校へと足を向ける。その意味を知り、摩耶花は長らくの密かな軽蔑を、奉太郎に詫びた。
「連峰は晴れているか」。放課後に飛ぶヘリを見て、奉太郎は中学時代の英語教師・小木(おぎ)のことを思い出す。授業中、ヘリが飛ぶのを窓際に寄って見上げ、「ヘリが好きなんだ」と言った小木だったが、里志によれば特にヘリ好きという記憶はなく、むしろ3度も雷に打たれた男として憶えられていた。
小木の素性に珍しく興味を惹かれた奉太郎と、奉太郎が珍しく興味を惹かれたことに興味を惹かれた千反田える(ちたんだ・――)は、ともに図書館へと向かう。図書館のレファレンスカウンターで分かったことは、奉太郎の予感に合致していた。もう二度と会うことのない人物だからこそ、適当な理解でこと足れりとしてしまうことの意味を、奉太郎は思った。
「わたしたちの伝説の一冊」。2月。雑誌に投稿していた漫画が努力賞に選ばれ、摩耶花は驚く。
奉太郎が中学時代に書いた「走れメロス」の感想文に一同あきれながらも、平穏な古典部の日常。しかし摩耶花が所属するもう1つの部活・漫画研究会はそうはいかない。去年の文化祭以降、漫画を“自分も描いてみたい派”と“読むだけ派”の反目が続き、それは3年生・河内亜也子(こうち・あやこ)の一足早い引退で決定的なものとなっていた。一応“自分も描きたい派”に属しながら双方の対立からは距離を置いていた摩耶花は、“描いてみたい派”の中心になりつつある同級生・浅沼(あさぬま)から相談を受ける。それは、秘密裏に“描いてみたい派”で同人誌を制作・配布し、既成事実を作って“読むだけ派”を一掃しようという“クーデター”に参加して欲しいというものだった。
とにかく漫画を描きたい一心から話を受けた摩耶花は、自分の教室でノートに構想を書くところから始める。しかし、自分と同じく中立的ではあるものの“読むだけ派”のクラスメイト・羽仁真紀が同室しており、なかなか捗らない。そんな中、“クーデター”は“読むだけ派”に露見し、漫研の分裂は避けられなくなる。
それでも漫画の準備を進める摩耶花だったが、何者かによってノートが盗まれ、怒りに震える。里志の助力を得ながら、摩耶花は考える。ノートは何のために盗まれたのか。漫研はどうなるべきなのか。
翌日、摩耶花は意外な人物と面会することとなる。それは彼女にとって、とある区切りに他ならなかった。
「長い休日」。日曜日。いつになく調子が良い(悪い?)奉太郎は、散歩をしようと荒楠神社に赴く。神社の娘で同級生の十文字かほ(じゅうもんじ・――)と会うと、丁度えるも来ていると告げられ、奉太郎は2人とひと時を過ごす。少しばかり責任を感じた奉太郎は、えるが1人でやるという末社のお稲荷様の掃除を手伝うことにする。
掃除をしながら、えるは奉太郎に訊ねる。『やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に。』を、なぜ信条とすることにしたのか、と。
奉太郎の答えは、彼が小学6年生だった頃の話という形をとる。世の中には、要領よく立ち回って面倒ごとを他人に押しつける人間と、気持ちよくそれを引き受ける人間がいる。鋭敏な彼は、そのことを身をもって知った。
そんな当時の彼の決心を、姉は優しく認め、今、えるもまた、彼の心に寄り添うのだった。
「いまさら翼といわれても」。長い梅雨と一学期の終わり。えるは父親から、とある重要事項を告げられた。
いつもの古典部の部室で、摩耶花が遭遇した異様に甘いコーヒーの謎の話を聞いても、えるの反応は微妙に悪い。不審に思っていた奉太郎だが、夏休み初日、摩耶花から「えるが行方不明」との電話を受け、捜索に乗り出す。
神山市が主催する、大正時代の地元出身作曲家・江嶋椙堂(えじま・さんどう)の名前を冠した江嶋合唱祭で、ソロパートを歌うはずだったえる。彼女は、会場である神山市民文化会館に着いた後、どこかへ行ってしまった。えると一緒にバスで来たという老婦人・横手(よこて)はそう語る。
雨と傘と傘立て、里志が持ってきたバスの路線図と時刻表、椙堂による「放生の月」の、えるが歌うはずだったソロ部分。それらから類推した場所へ、奉太郎は向かう。心から信じていないのに称えるのは、なんだか負担だ。それこそが、今のえるに言うべきことだと考えながら。