何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

ゆく年(2018年)におくる63冊

 今年も有象無象に忙殺されて読書は捗々しくなく、“昨年よりは少しまし”程度となりそうだ。それでも、ゆく年に捧げる本のリストを作ることは無益でないと信じて、今年もまた作りたいと思う。

 このリストは、1年間、世の中の動向などから興味が広がり読もうと考えた本や、人に薦められた本、実際に読んで心に残った本などを挙げるものである。
 個人的に今年を回想するもので、対象は今年出版された本には限らない。文学賞やベストセラーなどは勘案するが、現状で私が興味がない本についてはスルーすることも大いにあり得る。“興味がある”だけで読了していない本も多分にあるため、「お勧めの〇冊」「今年出た本から選ぶベスト〇冊」などとも性質が異なるだろう。
 要するに、他の人が見ても面白い保証はあまりない。が、1人の人間が1年間をどう考えて過ごしたかのサンプルにはなるのかもしれない。

 昨年までは幾つかの項目ごとに本を挙げてみたが、今年は試みに、月毎に区切って日付順で挙げてみようと思う。時間的経過を追うには、こちらの方が便利だろうと考えたのである。
 それでは1月から行ってみよう。

1月(11冊)
大地 (1) (岩波文庫)

大地 (1) (岩波文庫)

 

 1日、英文学者で翻訳家の小野寺健氏が亡くなった。何かのニュースでパッと見た時は気付かなかったが、よく思い返してみれば、岩波文庫などの英文学作品で訳者として幾度も目にした方だった。
 氏の翻訳による岩波文庫版のパール・バック『大地』は、ずっと積読になっている。大部で尻込みしていたが、手に取る機会なのかもしれない。

炎と怒り――トランプ政権の内幕

炎と怒り――トランプ政権の内幕

 

 5日、アメリカでトランプ政権の内幕を暴露した『炎と怒り(原題:Fire and Fury)』が刊行されて話題となった。邦訳版が出たのは2月下旬である。ついこの間、12月4日にはコンセプトを同じくする『FEAR 恐怖の男』も刊行された。
 氏の任期も残り半分ほど(2021年1月20日まで)。それが長いか短いかは、これらの本の内容をどう受け止めるかにもよるだろう。

広辞苑 第七版(机上版)

広辞苑 第七版(机上版)

 

 12日には、岩波書店から10年ぶりの全面改訂となった『広辞苑』第7版が刊行された。正直なところ、辞書は電子化すべきと私は思うが、本書が近年の辞書刊行におけるメルクマールであることは揺るぎないだろう。

量書狂読 1988~1991

量書狂読 1988~1991

 

 15日、文芸評論家・コラムニストの井家上隆幸氏が亡くなった。私は氏の熱心な読者ではないが、もともと編集者であった氏に、幾ばくか教えて頂いたこともあったように思う。
 著書の『量書狂読』の書名通り、氏の読書量は私とは比較にならない。読書量の多さを、近年の私は必ずしも良いことではないように思っているのだが、今となってはそれを言う相手も亡い。たまには手に取って追悼としたい。

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

 
雪子さんの足音

雪子さんの足音

 
彼方の友へ

彼方の友へ

 

 16日、第158回芥川賞直木賞の受賞作が発表された。上記に挙げる以外にも『百年泥』『銀河鉄道の父』など興味深いが、青春小説の対語としての「玄冬小説」を、相応の人々に膾炙したこの2作は特に興味深い。
 直木賞候補となった『彼方の友へ』もまた、毛色は異なるが女性の生きた時代を描いた作品だろう。雑誌『乙女の友』をめぐる、戦前から戦後までの編集・出版物語という点もまた、私の食指を動かすものである。

科学の危機 (集英社新書)

科学の危機 (集英社新書)

 

 22日、京都大学は同大学のiPS細胞研究所助教らの論文の図に、データの捏造・改竄があったと発表した。同研究所の所長は山中伸弥氏で、氏の懲戒処分まで取り沙汰されたようである。
 知人の医師などに聞くと、実のところ論文の捏造などは割とよくあることのようだ(恐ろしいことに)。もちろん、だから放置してよいとも思えない。上掲の1冊は、そうした「科学の変質」を指摘したもの。科学に関して、私はどこまでいっても門外漢ではあるが、その原因を探ることには興味がある。

緊急図解 次に備えておくべき「噴火」と「大地震」の危険地図

緊急図解 次に備えておくべき「噴火」と「大地震」の危険地図

 

 23日、群馬県草津白根山が噴火し、噴石が訓練中の自衛隊員らに当たって陸曹長が死亡するという出来事があった。世界的にも噴火や地震が増加傾向のようだし、用心しなければならないだろう。
 上記の本は2015年の刊行だが、草津白根山を要警戒とする記述があったとのこと。それだけを以て全幅の信頼をおくわけにはいかないが、参考にはなると思う。

トップ1%の人だけが知っている「仮想通貨の真実」

トップ1%の人だけが知っている「仮想通貨の真実」

 

 26日、仮想通貨取引所の「コインチェック」から、不正アクセスによりおよそ580億円分の仮想通貨NEM(ネム)が流出したとの発表があった。セキュリティ不備によるものとのことだったが、界隈は震撼したのではないだろうか。
 仮想通貨というと、私は何となく眉に唾を付けたくなる気持ちを抱いていた。が、今後は関与を避けられない状況になるかもしれない。上に挙げた本は、書名の割に初心者向けにメリットとリスクを説明しているようである(奇しくも事件発覚の日の刊行のようだし)。この本を読むことから始めればよいのかもしれない。

藤田嗣治画文集 「猫の本」

藤田嗣治画文集 「猫の本」

 

 29日には、藤田嗣治の没後50年を迎えた。ユニークなおかっぱ頭と、その独特な白によって表現される裸婦像で絶賛された画家だが、猫を画題とした作品も自家薬籠中の物だった。
 上掲の1冊は、その猫の画を中心に、猫と画論についての文章も味わえるというもの。画業の初期から晩年までを通覧できるという意味でも有用であろう。

2月(6冊)
クリムト(ちいさな美術館シリーズ)

クリムト(ちいさな美術館シリーズ)

 

 6日は、画家グスタフ・クリムトの没後100年を迎えた日だった。上掲の本の表紙絵「接吻」は、中公文庫版のフロイト精神分析学入門』の表紙にも使われていたと思う。
 クリムトの絵にそれほど詳しいわけではないが、エロスとタナトスが同時に現れる画面には興味がある。

新装版 苦海浄土 (講談社文庫)

新装版 苦海浄土 (講談社文庫)

 

  10日には、石牟礼道子氏が亡くなった。『苦海浄土』は、水俣病患者の苦しみと人としての尊厳を主題にしつつも、水俣の海の豊饒さをも描いた作品だと私は思っている。この本については既読なので、いずれ過去の感想として書くと思う。

藤井聡太全局集 平成28・29年度版

藤井聡太全局集 平成28・29年度版

 

 17日、朝日杯将棋オープン戦決勝でプロ入り後初優勝した藤井聡太四段が、規定を満たし昇段、初の中学生六段となった。再三、興味は持つものの、私は将棋ができない。しかし、嗜むようになったら、藤井氏の棋譜はぜひ眺めてみたい。

蒼い炎

蒼い炎

 

 同じ17日、平昌冬季オリンピック男子フィギュアスケートでは、羽生結弦氏が金メダルを取得、68年ぶりの五輪連覇を果たした。その後も類書は出ているが、読むならばやはり、震災と自らの思いを絡めた最初のインタビュー集を手に取りたい。

あの夏、兵士だった私

あの夏、兵士だった私

 

 20日俳人金子兜太氏が亡くなった。句はもちろんだが、ここでは私は氏が海軍主計中尉としてトラック島に居た経験があることに注目したい。氏の句にも政治的態度にも、それは十全に表れていたと思う。

本は、これから (岩波新書)

本は、これから (岩波新書)

 

 26日、昨年の漫画単行本市場について、出版科学研究所は、初めて電子版の売上が紙媒体を上回ったと発表した。個人的にも、電子書籍を念頭に置いた仕事が増えた感のある今年だっただけに、以後の動向が気になる。
 上に挙げた本は少し古いが、パラパラと読む機会があって気になっている、本に関わる37人のエッセイ集。執筆陣の年齢的なものも大きいと思うが、2010年刊行の本書は「紙媒体がいい」という人が大多数を占めているようである。

3月(4冊)

 1日、女子レスリング選手の伊調馨氏が、日本協会の栄和人強化本部長からパワーハラスメントを受けていたとの告発状が出されていたと『週刊文春』が報じ、大きな注目を集めた。その後も、日大アメフト部や同チアリーディング部、日本体操協会など、スポーツの指導におけるパワハラが次々と明るみに出たのに加え、日本ボクシング連盟全日本剣道連盟などの金銭関連の不正が明らかになるなど、スポーツにおける暗部が目立った年だった。
 古代ギリシャにおいてスポーツは真善美を体現するものだったという話があるが、上記の話を受けると、少なくとも現代日本では否定的であると言わざるを得ない。上掲の本の主張は、妥当だろうと思う。

死者の木霊 (角川文庫)

死者の木霊 (角川文庫)

 

 13日、内田康夫氏が亡くなった。国民的作家と言われるが、私はまだ1冊も氏の作品を読んでいない。本棚には氏の処女作『死者の木霊』が収まっている。まずはこれを読まねばならないだろう。

オリバー・ストーン オン プーチン

オリバー・ストーン オン プーチン

 

 18日、ロシアで大統領選が行なわれ、現職のプーチン氏が圧勝、6年間の続投が決まった。プーチン氏は、合衆国大統領以上に私には遠く感じられる。しかし、日本と国土が近いのはロシアだろう。
 挙げた本は、『プラトーン』などを撮った映画監督オリバー・ストーン氏によるプーチン氏へのインタビュー集である。試合に例えるならば、相当な好カードだと思う。これは近々ぜひ読みたい。

ドビュッシー音楽論集―反好事家八分音符氏 (岩波文庫)

ドビュッシー音楽論集―反好事家八分音符氏 (岩波文庫)

 

 25日は、ドビュッシーの没後100年だった。仕事をしながら、たまにドビュッシーピアノ曲をかけるが、「月の光」などは淡々とした作業と相性が良いように思う。
 音楽家を思う時には、やはり音楽が一番とは思うが、上掲の1冊はなかなかふるったもののようである。書いた曲とはまた違う、歯切れのよい評論集とのこと。

4月(2冊)
自衛隊イラク日報 バグダッド・バスラの295日間

自衛隊イラク日報 バグダッド・バスラの295日間

 

 2日、これまで「存在しない」とされていた、2004~2006年の陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報が存在していたことが発表された。16日に公開された同日報は、「面白い」「戦場が赤裸々に綴られている」として話題となり、書籍化もされた。全体からハイライトを抜粋したもの、特定の日誌の全文を収録したものの2点があるようだが、ここでは後者を挙げておこう。

 5日、アニメーション監督として著名だった高畑勲氏が亡くなった。人物的には癖のある人だったようだが、氏の独特な作品群は忘れ難い。映画作りの考え方について、著書で改めて確認したいように思う。

5月(4冊)
資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)

資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)

 

 5日はカール・マルクス生誕200年だった。最近の本は比較的そうでもないが、少し昔の本となれば端々にマルクスへの言及がある。やはり『資本論』は避けるべきでないだろう。岩波文庫版で全9冊という大部だが、それでも原本に当たりたい。

 16日、スルガ銀行の発表により、経営破綻したシェアハウス運営会社への関連融資に関し、審査書類の偽造・改竄といった不正行為が行われ、行員の相当数がそれを認識していた可能性があることが明らかとなった。
 本件に関する紙媒体の書籍は、今のところこれといってないが、電子書籍では上掲のものが出ている。恐らくご自身も行員経験者であろう個人によるものと思われる。

ありのままに 「三度目の人生」を生きる

ありのままに 「三度目の人生」を生きる

 

 同じく16日、歌手の西城秀樹氏が亡くなった。長く辛い闘病の末の死だったそうである。
 私はファンでも何でもないのだが、訃報に続く詳細を知って、彼の生き方には共感できる部分があると思った。夫人による追悼本も出ているが、やはりご自身による本の方を読みたい。

四千万歩の男 忠敬の生き方 (講談社文庫)

四千万歩の男 忠敬の生き方 (講談社文庫)

 

 17日は伊能忠敬の没後200年だった。年をとってから測量を学び、精細な日本地図を手掛けた伊能忠敬については、井上ひさし氏の『四千万歩の男』が有名である(と言いつつも私は未読)。
 上掲は、文庫で全5巻の『四千万歩の男』執筆中や後に書かれた文章、講演、対談などをまとめたもの。やはり本編を読むべきかと思う。

6月(6冊)

 13日、成人年齢を20歳から18歳に引き下げる改正民法が可決、成立した。2022年4月1日より施行される。
 施行された世の中は、どうなるのか。それを予測した本は既に複数刊行されている。少し古いが、上掲の集英社新書が手軽である。

民泊を考える

民泊を考える

 

 15日、民泊法こと「住宅宿泊事業法」施行された。以後は個人レベルで、自宅や空き別荘、マンションの一室などを有償で貸し出すことができる。
 メリットと同時にデメリットも存在すると思われるが、あまりその辺りを突っ込んだ本は見当たらない。上掲の1冊も、目次を見る限り正の面が強調されているように思うが、複数の専門家による記述がある点で説得力がありそうである。

 24日、ブロガーとして著名だったHagex氏が、勉強会の講師として赴いた福岡で刺殺されるという事件が起こった。露出が多いブロガー諸氏を中心に、ネット界が震撼した出来事だったかと思う。
 故Hagex氏と面識はないが、某所の集まりでお見かけしたことだけはある。商業出版物としての氏の著書は、上に挙げた1冊のみと思う。色々書いて欲しかったと思いつつ、ご冥福をお祈りする。

 27日、アメリカの作家ハーラン・エリスン氏が亡くなった。『世界の中心で愛を云々』と言えば、『新世紀エヴァンゲリオン』の最終話タイトルとして知られる。その後、悲恋を描いた片山恭一氏の小説のタイトルにも用いられ、映画化された際に大人気となったので、文字列としては知っている人も多いだろう。
 しかし、上掲の短編集に収録された表題作はそれらからは遠い、ハードなSF作品である。手元にあるが読み終えていない。故人となってしまっては遅いのだが、来年こそは読破したい。

 28日、水島新司氏の野球漫画『ドカベン ドリームトーナメント編』が連載終了を向けた。これをもって、46年続いた『ドカベン』シリーズは完結となった。
 野球漫画にはあまり興味がなく、また世代的にも少し違うので同作を通読したことはない。しかし完結したとなれば、一気に読むという選択肢もあるだろう。

世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を巡る 美しき教会と祈り (四局ピース)
 

 30日、ユネスコは「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界文化遺産登録を決定した。同遺跡は、約250年続いたキリスト教禁制と、独自の信仰の歴史を示すもの。
 長崎には一度だけ行ったことがあるが、駆け足で見て回っただけで、天草にはまだ行かない。世界文化遺産への登録は正直あまり興味がないのだが、よい温泉もあるし、キリシタンに関連したところをクローズアップして、もう一度じっくりと訪れてみたい気持ちは本当である。

7月(6冊)
群像 2018年 06 月号 [雑誌]

群像 2018年 06 月号 [雑誌]

 
遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)

遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)

 

 第61回群像新人文学賞を受賞し、第159回芥川賞候補作となった北条裕子氏の『美しい顔』。その本分中に、2011年に出た石井光太氏のノンフィクション『遺体 震災、津波の果てに』と似ている部分があるという話が出てきたのが、6月の終わりから7月の始めだったように記憶する。北条氏は、石井氏の本を参考文献として掲載しなかった点は謝罪しつつも、「盗作」「剽窃」という指摘には当たらないとして抗議している。
 話題としては上記の通りだが、私がこの作品を挙げるのは、むしろ北条氏の以下のような発言を受けてのことである。

「震災が起こってからというもの常に違和感があり、またその違和感が何年経ってもぬぐえなかった」
「小説の主人公を作り上げることでしか理解しえない、理解しようと試みることさえできない人間があると信じてました」(『美しい顔』作者・北条裕子氏が謝罪 参考文献未掲載「とても悔いております」 | ORICON NEWS

  奇しくもこの件で、震災への思いを新たにしたと私は言わなければならない。本件の影響か、『美しい顔』は単行本化されていないようだが、未読である石井氏の本ともども、味わってみたい。

歌丸 不死鳥ひとり語り (中公文庫)
 

 2日、「笑点」で知られた噺家桂歌丸氏が亡くなった。ながらく自らの死をネタにしていた人だが、やはり本当にいなくなられると笑えない。それは他の笑点メンバーも同じだったろう。
 落語に関しては私は詳しくない。古典落語の発掘にも尽力した氏のひとり語りを読むのは有益だろうと思う。上掲は、その最後の刊行物と思われる。

アンダーグラウンド (講談社文庫)

アンダーグラウンド (講談社文庫)

 

 6日、麻原彰晃死刑囚を含む教団元幹部7人の死刑が執行。26日には教団元幹部6人の死刑も執行され、一連の事件で有罪が確定した者全員の刑が執行された形となった。
 この件について、私見としては「ひと段落した」というよりも「無理やりひと段落させられてしまった」感が強い。同事件について扱った本は多いが、私としては未読のまま置いてある、村上春樹氏の上掲書をまずは開きたい。

特別報道写真集 2018 西日本豪雨 岡山の記録
 

 9日、6月末から西日本を中心とした地域を見舞った豪雨に、気象庁は「平成30年7月豪雨」という名を与えた。これほど広範囲に多量の雨が降ることは極めて珍しいという。
 特に被害の大きかった地域に、岡山がある。死者を悼むとともに、都市計画から普段の心構えに至るまで、見直さなければならないだろう。

ネルソン・マンデラ 私自身との対話

ネルソン・マンデラ 私自身との対話

 

 18日は元南アフリカ共和国大統領・ネルソン・マンデラ氏の生誕100年となる日だった。2013年に95歳で亡くなった氏は、反アパルトヘイト活動のために長らくの獄中生活を送り、屈せずに同政策の撤廃まで貫徹した人として知られる。
 上掲書は、そんな“偉人”としてではなく、素顔を自ら語ったとされる1冊。偉人伝ではなくこうした本ならば、手に取りやすい。氏が亡くなった時にも気になった本だが未読のままである。この機会に読みたい。

8月(3冊)
実録医学部入試不正工作

実録医学部入試不正工作

 

 7日、東京医科大は文部科学省に、今年と昨年の一般入試(一次試験)で、受験生19人の点数を不正に加点し、一方で女子受験生の点数を一律に実質減点していたなどとする調査結果を報告した。この件は、単なる不正受験というだけでなく、性差で待遇を変えるという問題性を帯びてその後も複数の大学に波及している。
 ことに医学部の受験については、実のところ今に始まった話ではないらしい。上掲書がそれを示している。

戦う民意

戦う民意

 

 8日、沖縄県知事(当時)の翁長雄志氏が膵臓癌で死去した。アメリ海兵隊基地の普天間基地移設問題をめぐる氏のスタンスには賛否あるが、現在の日本を語る上で不可欠な存在だったと考える。上掲の本は氏自信の言葉で政治スタンスを語ったものである。

 15日、漫画家のさくらももこ氏が亡くなった。50代という、まだ活躍する時間が充分残された年齢での死去で、とても残念である。
 漫画にエッセイにと、氏の著書は数多いが、やはり出世作である『ちびまる子ちゃん』を読みたい。私は単行本の途中からしばらく遠ざかっていたが、このほど完結巻が刊行されたようである。

9月(3冊)

 6日3時過ぎ、北海道胆振東部地震が発生。土砂崩れなどにより、41名の死者と700名以上の負傷者を出し、大規模停電や断水、交通の遮断によるインフラ被害も大きなものとなった。
 6月18日の大阪府北部地震、7月の豪雨、9月4日から5にかけての台風21号と併せ、大きな災害が頻発した年だったと言える。 

一切なりゆき 樹木希林のことば (文春新書)
 

 15日、女優の樹木希林氏が亡くなった。私は氏の出た映画やドラマのことなどはあまり知らず、知っていることといえばロック歌手である夫の内田裕也氏との関係とか、フジカラーのテレビCMのことばかりなのだが、それでも存在感のある人であることは分かっている。
 上に挙げたのは、亡くなった後に出た、色々な媒体に掲載された氏の言葉を集めた1冊。何かのドキュメンタリーで、靖国神社を訪れ戦争体験について語っている氏を見た時、言葉を大切にしている人だと感じた。自らや世の中についてどういう風に考えておられたのか、知りたくて読んでみたくなる。

 16日、歌手の安室奈美恵氏が引退した。樹木氏と同様、やはり私は氏の芸能活動に詳しくはないが、それでも平成を代表する歌い手であることに異論はない。
 安室氏自身による著書は調べた限り存在しない。上掲のムック本は、氏の写真を厳選して集めたもの。活動を振り返るにはちょうど良さそうである。

10月(8冊)
デュシャンは語る (ちくま学芸文庫)

デュシャンは語る (ちくま学芸文庫)

 

  2日は、マルセル・デュシャンの没後50年。先日読んだ『現代文学理論講座』(当該記事)にも「異化作用」の例としてデュシャンの作品が挙げられていた。
 『マルセル・デュシャン全著作』は網羅的であるが、そのために普通の読者にはいささか敷居が高い(ついでに値段も高い)。まとまったインタビューである上掲書の方が手ごろだろう。

雪の階 (単行本)

雪の階 (単行本)

 

  12日、第31回となる柴田錬三郎賞が発表され、奥泉光氏の『雪の階(きざはし)』の受賞が決まった。昭和10~11年あたりを舞台とした、女学生と女性カメラマンによるミステリロマンとのこと。
 『ノヴァーリスの引用』(当該記事)を読む限り、奥泉氏は純文学とミステリを混淆させるのを旨としているようだし、昭和初期という時代設定も私の好みである。興味深い。

地面師: 昭和ミステリールネサンス (光文社文庫)

地面師: 昭和ミステリールネサンス (光文社文庫)

 

 16日、積水ハウスが土地購入代金としておよそ55億円をだまし取られたという事件で、男女8人が逮捕された。逮捕されたのは、地主に成り済ました「地面師」と呼ばれるグループのメンバーで、この「地面師」という言葉が俄かに注目された。
 地面師について解説する本も出たようだが、ここは1958年に書かれた小説を挙げたい。昭和30年代から続く伝統ある犯罪手法が現在も通用してしまったのか、あるいは名前は同じでも毛色の異なったものなのか、気になるところである。

選ぶまえに知っておきたいマンションの常識 基礎編

選ぶまえに知っておきたいマンションの常識 基礎編

 

 同16日、東証1部上場の産業部品メーカーKYBが、建物用の免震・制振装置の一部に検査データ改竄があったと発表した。これにより全国の公的施設やマンションなどの免震・制振が不安視されることになり、恐らく現在も全容は完全には明らかにされていない。
 挙げたのは、比較的最近に出たマンション選びの本の中で定評のある1冊。刊行日から考えると、KYBの一件が明らかになる前に校了している可能性は高いが(それにしても微妙なタイミングである。担当の編集者は頭を抱えたのではないか)、マンション購入を考えているなら一読して損はないだろう。

大麻という農作物 日本人の営みを支えてきた植物とその危機

大麻という農作物 日本人の営みを支えてきた植物とその危機

 

 17日、カナダで大麻が合法化された。当然、賛否があるが、いずれの陣営の論も、どこに根拠があるのか曖昧で判断がつかないでいる。ただ、日本でも昔から栽培され、神道などの儀式に用いられてきたのは確からしい。
 上に挙げたのは、そういった日本での“農作物としての大麻”に焦点を置いた本である。もちろんこれだけでは不足で、“薬物としての大麻”の、本当のところを明らかにしなければ賛否いずれとも言えないのだが、ともあれ興味深い1冊ではある。

津軽世去れ節 (文春文庫)

津軽世去れ節 (文春文庫)

 

 18日、直木賞作家の長部日出雄氏が亡くなった。氏の作品は、主に故郷である津軽地方について描いたもの。未読だったが、 年々、各地方の文化に惹かれつつある私には興味深い。上記は直木賞受賞作である「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」を収録したもの。氏の作品世界の入り口として最適だろう。

 20日ライトノベル作品「スレイヤーズ」シリーズの最新刊が刊行された。同シリーズの長編が刊行されるのは実に18年ぶりとのこと。
 私はこのシリーズの直撃世代に当たると思うが、アニメ化されたものを横目で観ていたくらいで、原作に手を出すことはなかった。それでも、破天荒な魔導士の少女リナ=インバースと仲間たちのファンタジックで傍若無人な冒険が、どこまで進んでいるのか気になり、手に取ってみたくなる。

シリア拘束 安田純平の40か月

シリア拘束 安田純平の40か月

 

 23日、2015年からシリアでイスラム過激派組織に拘束されていたとされる、フリージャーナリストの安田純平氏が解放されたとの発表があった。氏には賛否があるが、不勉強な私からすると、何より判断の基礎となる“事実はどうだったのか”が今一つ見えてこない。
 挙げたのは、そんな氏の会見と応答を網羅的に収録した本である。解放後1か月で出たという緊急出版ぶりからも、この1冊で氏の本意を汲み尽くしたとは言えないだろうが、適当に編集されたものよりは有用であろう。 

11月(3冊)
献灯使 (講談社文庫)

献灯使 (講談社文庫)

 

 14日、多和田葉子氏の小説集『献灯使』が、全米図書賞の翻訳文学部門を受賞した。同賞の日本語作品の受賞は、1982年に樋口一葉の翻訳集が受賞して以来36年ぶりだという。
 同書は、震災後に核による汚染が進んだ日本と思われる国を舞台に、奇想を交えて描かれた連作短編集のようである。多和田氏には奇縁があるが、しっかりと読んだことがない。初期のものと本書と、併せて読みたいものである。

ルネッサンス ― 再生への挑戦

ルネッサンス ― 再生への挑戦

 

 19日、日産の会長を務めていたカルロス・ゴーン氏が、金融商品取引法違反の疑いで逮捕された。氏は、筆頭株主の仏ルノーから派遣される形で日産会長に就任、大ナタを振るうコストカットで日産の業績をV字回復させたが、報酬を50億円過少申告した疑いが持たれている。
 その後、氏は再逮捕され、年明けまで留置が決まっているが、そのあたりにはあまり興味がない。ただ、幾つかの氏の著書は、こうなった今こそ正当に評価(それは以前よりも良いかもしれないし、悪いかもしれないのだが)されるものではないかと思う。

水曜の朝、午前三時 (新潮文庫)

水曜の朝、午前三時 (新潮文庫)

 

 23日、博覧会国際事務局の総会が開かれたパリにて、2025年の万博開催地を大阪とすることが決まった。大阪での万博開催は、1970年以来2度目となる。喜んだ人もおられると思うが、私としては万博もオリンピックも、20世紀でその役目を終えたと考えていて、望んだ通りの開催となるかは疑問に思う。
 それはともあれ、せっかくなので過去の大阪万博にちなんだ作品を挙げる。上掲は気になりつつも未読の1冊。大阪万博の夏を舞台としたラブストーリーだが、万博自体についても割と細かく描写されているようである。 

12月(4冊)
【増補新装版】優生保護法が犯した罪: 子どもをもつことを奪われた人々の証言

【増補新装版】優生保護法が犯した罪: 子どもをもつことを奪われた人々の証言

 

 4日、旧優生保護法のもとで不妊手術が行なわれた人たちによる 「被害者・家族の会」が設立された。同法は1948年から1996年まで施行され、障害者に対して強制的に不妊手術を行なうというものだった。聞くところによれば、介助の手間を省くため法律の枠を超えて手術が行なわれた例すらあったという。
 こういう法律が20世紀も末期まで施行されていたことにも、それまで人々の関心が寄せられていなかったことにも驚く。もちろん驚くだけでは済まされない。上掲書はこの期に新装版が出た、本件に関わる記録と証言をまとめたものである。

 6日に水道法改正案、8日に入管法改正案が国会で可決・成立した。この2件に限った話でもないのだが、議論が尽くされないまま色々なことが進んでいく現状について、それこそもっと議論が欲しい。
 挙げた本は2013年のもので、読もうと思ったまま積んである1冊。実際の住民投票を経験した哲学者が理論を展開する本書は、民主主義というものを再考するのにちょうど良さそうである。

犠牲のシステム 福島・沖縄 (集英社新書)

犠牲のシステム 福島・沖縄 (集英社新書)

 

 14日、アメリカ軍普天間基地の移設に伴う、辺野古の埋め立てが開始された。この件についても、情報・理屈ともに錯綜しており、いま一つ納得がいかないまま事態が進んでいる感じを受ける。
 挙げた本に対しては毀誉褒貶あるが、真摯な論であることは恐らく疑いない。この1冊でとても事足りるものではないが、まずは足掛かりになるのではないだろうか。

怒りの葡萄〔新訳版〕(上) (ハヤカワepi文庫)

怒りの葡萄〔新訳版〕(上) (ハヤカワepi文庫)

 

 20日は、ジョン・スタインベックの没後50年となる日だった。ノーベル文学賞を受けた作家だが、未読である。
 『黄金の杯』や『二十日鼠と人間』なども気になるが、代表作『怒りの葡萄』がやはり気になる。1930年代のアメリ大恐慌の時代の、とある一家の物語を聖書の「出エジプト記」になぞらえたといわれる作品である。

机の周りから(3冊)

 昨年も「個人的興味より」と題して、自分の読書や興味・趣向による本を幾つか挙げてみたが、同じような趣旨で選んでみたい。と言っても、もう今年はここまでで、かなりの冊数に登っているので、3冊だけに留めよう。

影の現象学 (講談社学術文庫)

影の現象学 (講談社学術文庫)

 

 仕事というほどの仕事でもないが、物語の主人公に対する影――シャドウという概念を再考する機会があり、上の本をめくることとなった。実は大学生の頃に大学生協で買ったもので、それ以来ずっと積読になっていたという、私の本棚の中でも指折りの古参でもある。
 結局、シャドウの再考は大した形にならないままなのだが、参考として本書を取り出したのはそう的外れではなかったと思える。拾い読みのみで通読したわけではないので、さすがにそろそろ読了としたい。

デミアン (新潮文庫)

デミアン (新潮文庫)

 

 『氷菓』を始めとする〈古典部〉シリーズや『青春と変態』など、今年しっかりと読んで感想を書いた本の相当数に「青春」という一貫性があったように思う。意図していたわけではないが結果としてそうなったのは、それが私から失われつつあるからなのだろうか。
 それはともかく、今年の読了本の恐らく最後に滑り込んだ『デミアン』もまた、「青春」の真っ只中で惑うシンクレールを語り手とした小説だった。詳しくは感想の記事に書いた(当該記事)ので繰り返さないが、示唆されたものの大きさからして、今年の読書の成果として改めてここに挙げておくのも良いかと思う。
 ハンナ・アーレント当該記事)といい本書といい、近頃の私はドイツに惹かれているような気がする。

旅する温泉漫画 かけ湯くん

旅する温泉漫画 かけ湯くん

 

 しばしば書いているように思うが、私は温泉が好きである。それも日帰りではなく、やはり旅館に滞在してゆったりと浸かるのが好ましい。最近はやはり不景気なのだろう、温泉旅館を扱った単行本など出ないし、雑誌にしても日帰りの企画がメインのようで残念な気持ちでいる。
 そんな中、今秋に出た上掲書は、雑誌『旅の手帖』で1号につき1ページずつ連載されている漫画「かけ湯くん」を集めたもの。登場するのは猫だが、概ね(毎度というわけではない)作者が泊まった温泉旅館について実録風に綴られており参考になる。単純な旅館レポートというわけでもなく、個人的な経験や感慨なども交えられ、文学的な味わいがあるのもよい。もうしばらく机の脇に置いて楽しみたいと思う。

 以上、今年はかなり多い63冊となった。これは、事件などの多寡よりも、単に私の時間があったという極めて個人的な事情による。ここに挙げたものの幾つかは実際に読むこともあるだろう。なるべく多く読みたいと思うと同時に、過ぎゆく年に思いを致したい。

 それでは、良いお年を。来年もよろしくお願いします。

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