何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

過ぎ去った年(2020年)におくる34冊

 「今さら何を」 という感が強いが、 せっかく書き上げたので公開することとする。未曾有の状況の中、あわただしく過ぎ去っていった去年に捧げたい本のリストである。例年通り、世間で話題の本にはそれほど拘らず、個人的に気になった・心に残った本、人に薦められた本、触れて心に残った本などを時系列で挙げる。

 ここまで書くのが遅れた主な理由としては、例によって主に私の怠惰がある。ただ一方では、新型コロナの流行によって仕事が大きく様変わりした(平たく言うと多忙になった)ということも無視できない。

 もう2021年も中盤にさしかかった今、むしろ急ぐ必要もあるまいと半ば開き直った気持ちで、今回は月毎に、当時の世の中と私をめぐる簡単な記載も書き留めてみよう。では、2020年1月から。

1月(3冊)

 2020年の年明けの頃は、まだ新型コロナも「外国の話」という雰囲気が漂っていた。私もまた、仕事の準備やら何やらで忙しく、コロナについては頭の片隅にある程度だったと記憶している。しかし、ほどなくヒト‐ヒト感染が確認され、国内でも感染者が出始めると、社会は次第に切迫の度合いを強めていった。

 15~16日にかけて、日本国内での新型コロナウイルスの感染者が初めて確認された。以降、対応の拙さが目立ち(もっと巧くやれたはずだ、と今も私は思っている)、日本も他国と同様に新型コロナウイルスへの対応に苦慮していくこととなる。
 上掲の1冊は、2020年12月30日に、菅義偉首相が年末年始に“勉強”するために購入したと報じられた新書である。本書の刊行は同年9月なので望むべくもなかったが、安倍氏ともども、せめて類書をこの年頭の頃に手に取ってくれていれば、少しは何かが違ったのかもしれない。 

 17日、 阪神・淡路大震災の発災から25年という節目を迎えた。当時はまだ実家暮らしで神戸に行ったこともなかった私だが、それから神戸を訪れもしたし、東日本大震災熊本地震ではその被害を実感することともなった。
 上掲の電子書籍は、報道カメラマンの著者が当時の体験を綴ったものである。実は2021年になってから刊行されたものだが、本記事を書くのが遅れたおかげでここに収めることができる。

 31日、黒川弘務東京高等検察庁検事長の定年延長が閣議決定された。しかしその後、世間の反発と黒川氏の辞任を受け、6月に本件は廃案、これをもって「かろうじて政権の横暴が挫かれた」という見方が広がった。
 本件について、私はメディアで語られた情報以上のことは知らない。 それらを(なるべく手広く)読む限りでは、やはり横暴であろうと思う。上掲の本は、検察取材のベテラン記者が官邸と検察庁の間での4年間の人事抗争を描いたノンフィクションである。いま改めて手に取ろうとまでは思わないが、やはり2020年を記録した1冊として挙げておきたい。

2月(1冊)

  乗客の感染が確認されたクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港したのは2月の3日だった。その対応をめぐって議論が戦わされている頃、世界を戦慄させたこの新型コロナウイルスを、WHOがCOVID-19と命名した(11日)。このウイルスによると思われる国内で初めての死者が出たのもこの頃である。

 私はといえば、人が多い場所に出かけるような仕事上の用事を、なるべくリモートで行えるように調整し始めていた。それで無くなった仕事もあったが、新たに頼まれる仕事もあった。どのみち世の中が動かなくなれば休業だろう、という考えだった。

 18日、古井由吉氏が亡くなった。2019年に贈る本を選んだ際にも氏に言及したが、それからほどなくの逝去だった。ろくろく読まず、それでもいつか読もうと思っていた小説家を見送るのは、文字通り残念である。
 上に挙げたのは、以前も言及した氏の後期の作品。題名の「往生」からの連想などではなく、私の興味からのセレクトである。

3月(2冊)

  トイレットペーパーが品薄になったり、WHOがついにパンデミックを宣言したり、各国で外出制限が始まったりする中、東京オリンピックパラリンピックを1年程度延期するという話も持ち上がってきた。国内の1日辺りの感染者数は増加し続けていたが、それも今(2021年7月)からすると大したことのない数字に思えてしまう。
 私の個人的状況としては、多少減った仕事を、主に家でこなす日々が続いた。仕事がないか働きかけて某社から話をもらうも、あまり割が良くないと感じて断るなどもした。 

 24日、2020年夏開催が予定されていた東京オリンピックパラリンピックについて、1年程度の延期が決定された。この延期に接し、1982年に連載が開始された大友克洋氏の漫画『AKIRA』がにわかに注目を集めることとなった。
 というのも、同作中でも2020年開催の東京オリンピックが計画されており、結果的に頓挫してしまうためである。その頓挫までの展開がまた不穏なため、一部では余計に話題にされていたように思う。この記事を書いている今は開幕直後だが、現実の東京オリンピックはどういった様相を呈するのだろうか。今もって、分からない。

 29日、志村けん氏が亡くなった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に伴う肺炎が原因で、享年70歳だった。
 新型コロナ禍で命を奪われた著名人は相当数おられる。が、志村氏の死が人々に与えた影響はとりわけ大きかったに違いない。私もまた、テレビで親しんできたし(氏のコントの全てを面白く感じたわけではないにせよ)、時にはシリアスな映画などでもその演技を目にしてきた。東京都下出身という共通点もあって、親近感を覚えていたことは確かである。その氏が、こうした形で亡くなったことはやはり悲しい。
 上記の本は氏自身によるエッセイ集である。一度斜め読みをして、それきりになっているが、改めて開いて氏を偲びたい。 

4月(4冊)

 初旬、ついに東京など7都府県に対し緊急事態宣言が発令された。当初設定された期間は1か月であった。その日、私は練馬区で仕事をしていたのだが、「発令された」という知らせが周囲の人たちから漏れ聞こえてきてスマホを確認したのを憶えている。そのとき仕事場に居る人はひとまず帰宅せよということになり、私も残りの仕事を鞄にしまって帰路につくこととなった。

 3日、C・W・ニコル(Clive William Nicol)氏が亡くなった。大昔、テレビのコマーシャルで見かけたニコル氏が作家であることを知ったのは、大人になってからのことである。何となく“自然に生きる人”というくらいのイメージだったが、加えて日本について造詣が深いことを知るのは更に後になってからだった。
 氏の日本への理解は、捕鯨の歴史を学んだことに始まっているようである。上掲書の題名「勇魚」は鯨の古名であり、幕末の紀州を舞台とした骨太なドラマだという。

  7日、新型コロナウイルスの感染拡大のため、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいた緊急事態宣言が初めて発令された。期間は結果的に5月25日までとなった。
 緊急事態を宣言するのはいいが、業種によってはその間まったく働けないことになる。政府が宣言する以上、そうした人々には何らかの助けが必要になるものと思うのだが、2021年の現状を見ても、不十分であろう。
 上に掲げた1冊は、そもそもステイするホームすら持たない、ホームレスやネットカフェ生活者といった人々への緊急事態宣言下での支援をめぐる、支援者たちのドキュメントである。ずっと気になっている本だが未入手である。ぜひ読みたい。

 10日、尾道三部作で知られる映画監督の大林宣彦氏が亡くなった。尾道といえば、私は2度ほど訪れたことがある。水道(船の通り道の方の意)があって坂があって、不思議な詩情のある街だと思う。氏が作品の舞台に据えるのも頷ける気がする。
 氏の本は結構な数が出ているが、映画論ではなく、故郷である尾道を飾らず語っている上記の本に最も惹かれる。訪れた時の風景も思い出しながら読みたい。

 25日、私にとって初めてのリモート飲み会への参加日となった。毎年おこなっている仲間内での花見の代替企画という位置付けである。それなりに混乱もあったが、まず無事に開催できたのではないかと思う。アプリはZoomを使用したのだが、背景の切り替えや画面共有といった機能を半ば遊びながら試用でき、図らずも以後のリモート会議の演習ができたのも収穫だった。
 その背景の切り替え機能を用いて、参加者一同で1年前に撮った桜を映し出してみた。確かに擬似花見は叶ったが、やはり何の憂いもなく花見がしたいという思いはつのった。今はまだ、桜の写真集を眺める他ない。

5月(1冊)

 緊急事態宣言は結局5月下旬まで延長され、私を含む対象地域の人々は、およそ2か月の半引きこもり生活を余儀なくされた(それまでに五月雨式に解除された県もあった)。

 この生活について個人的な感想を述べれば、「悪くない」ということになる。そもそも私は家で仕事をすることも多かったし、「電話と机と筆記用具さえあればできる」と言われる編集という仕事は在宅勤務と相性が良い。数年前からネットを介したファイル共有や、ペンタブレットを使ったPDFファイルへの入朱などもずいぶん実用的になってきていることも好材料だった。
 とはいえ、運動不足には悩まされた。朝方まだ人々が動き出す前に自宅の周囲を散歩するのを日課としたのは、この改善を目指したものである。

 日本時間の31日午前、米国で商業有人宇宙船「クルードラゴン」の有人試験飛行(Demo-2)打ち上げが行なわれ、成功(8月3日に地球に帰還)。本飛行は民間企業による宇宙船としては史上初の有人宇宙飛行であり、耳目を集めることとなった。
 民間企業による宇宙飛行という点にロマンを感じ、私の記憶に残ったニュースだったが、そのロマンの根源を辿れば、やはり種々のSFテイストな物語たちの記憶となるだろう。人類が宇宙に進出した後の時代を舞台に、颯爽とした(あるいは不格好な)宇宙船での旅を描いた物語は多くある。
 上に挙げた『宇宙船サジタリウス』はその1つであり、どちらかといえば“颯爽とはしていない”面々の宇宙船での旅路を描いた作品。80年代半ば、イタリアの原作者による漫画を大幅に翻案する形で日本でアニメーションが制作され、私はそれを観ていた。そのただ1冊のノベライズ作品が上掲のものである。
 原作者のアンドレア・ロモリ氏は、イタリアで新型コロナ禍が深刻化した2020年3月にTwitterを通じてメッセージを日本に贈ってくれてもいる。その意味でも、この年に銘記したい作品となった。

6月(1冊)

 緊急事態宣言は解除されたが、世の中はマスク着用での往来が基本となってきており、私もそれに倣った。数か月前に声をかけていた某社から、しばらく月刊の雑誌を手伝わないかという話が来たので受けることとする。

 17日、早朝から昼にかけて東北地方で、気球のような白い物が上空を飛行している様子が目撃された。続報を追ってみたが、その正体は不明のままのようである。
 「気球ではないか」との説もあることから、ジュール・ヴェルヌの初期作品を連想した。改めて考えると、存外SF的な事件だったと言えるかもしれない。

7月(3冊)

  しばらく落ち着いたように思われていた新型コロナウイルス感染者が次第に増加し、7月下旬には初めて1日あたり1,000人を超えた。4~5月と比べても多いが、緊急事態宣言は発令されることはなかった。

 そんな世の中を横目で見ながら、先月からの月刊誌の手伝いを続けていた。さらにもう1誌、別の会社からも月刊誌の話が来たが、さすがに両方は無理なので可能な範囲でよければという相談をすることになる。このあたりから、私の仕事は肥大気味となってきた。

 1日、スーパーやコンビニなどの小売店で、有料レジ袋が義務化された。改正容器包装リサイクル法による。
 この件については、やはり不便だというのが実感である。消費税が10%になったこともあり、不急の買い物をする機会は激減した。スーパー・コンビニ以外にも「こんな業種まで?」という店でも袋が有料になっており、困ることがあった。僅か数円を支払えば何の問題もないのだが、その数円という心理的ハードルは、意外と高い。
 とはいえ、投棄され微細化されたプラスチックによる、環境と生物への影響は無視できないようである。上掲は、マイクロプラスチック汚染の研究者による一般読者向けの1冊。プラスチックをめぐる現状の確認と、脱プラスチックの方策を概観している。

 3日から月末にかけて、令和2年7月豪雨が発生。熊本県球磨川山形県最上川などが氾濫し、甚大な被害が出た。これを書いている現在(2021年7月)もまた、線状降水帯による大雨、土石流などが各地で発生している。新型コロナ感染症地震などと並行する複合災害も懸念される。 
 上掲の本は、ここ数年の水害を踏まえ、治水の専門家たちが課題と解決策を説明するものである。
 素人の感覚ではあるが、2018年頃から、日本の夏の気温と降雨は傾向が変わったように思われる。覚悟とともに読みたい。

 15日、第163回芥川龍之介賞直木三十五賞が決まった。概要からしか判断していないが、私としては高山羽根子氏の『首里の馬』が興味深い。
 沖縄の郷土資料館と遠隔地を、オンライン通話でクイズを出すという主人公の仕事が結びつける構成が気になる。増える一方の「いずれ読むリスト」に加えておきたい。

8月(1冊)

 猛暑の中、クーラーを付けての在宅勤務が続く。原稿の督促も受領も入稿も、他のスタッフとの情報共有も全てブラウザ上のソフトウェアで行えるため、作業効率は良かった。
 Zoomでの会議も初めて経験した。以前Skypeやハングアウトなどでも打ち合わせをしたことがあったし、4月の疑似花見のおかげでそれほど困らずに済んだ。

  31日、東京都練馬区の遊園地としまえんが閉園した。開園以来94年の歴史にピリオドが打たれたこととなる。同園の「カルーセルエルドラド」は世界最古級のメリーゴーランドとして知られており、「機械遺産」として閉園後の処遇が人々の関心を集めた。
 としまえんには私も幼少時から幾度か遊びに行き、この回転木馬にも跨った記憶がある。その意味でもその後が気になり、調べてみたが、今のところは西武グループの倉庫で保管されているようである。長い歴史を辿ってきただけに、移設の話は複数あるようなので、いずれどこかで再会できるかもしれない。上掲の写真集も往時を偲ぶよすがになるだろう。

9月(2冊)

 感染者数は小康状態となり、仕事の日々が続く。もう1誌の方も忙しくなってきており、この頃から21年3月くらいまで休みが殆ど取れなかった。

祈りと救い

祈りと救い

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 4日、応仁の乱以来と言われる「北野御霊会」が営まれた。京都の北野天満宮滋賀県大津の天台宗総本山延暦寺が、合同で新型コロナウイルスの早期終息や国の安寧を祈念したものである。先だって4月には、東大寺に仏教のみならずカトリックの司祭らも含む宗派を超えた宗教者が集い、祈りを捧げたというニュースもあった。
 「祈り」という言葉が、これほどの長期間、これほどの真剣さを伴って人々の意識にのぼった年はなかったのではないだろうか。しかし一方で、我々は祈りというものをどれだけ理解しているのかという疑問がある。上掲の1冊は、その疑問にある程度まで応えてくれる。著者は神社の宮司のようで、何らかの信仰をもたない人には、多少、理解が難しいところがあろうかと思うが、著しく奇異ということもなさそうである。話しかけてくるような書きぶりがテーマに沿っており心地よい。

 16日、安倍晋三氏に代わって菅義偉氏が内閣総理大臣に就任した。私とその周囲からすれば、主に新型コロナ禍への対応をめぐり、総理としての氏の評価は芳しくない。
 上に挙げたのは、2012年に出版された氏の著書である。総理就任の直後である10月には、本書を改訂した『政治家の覚悟』が刊行されたが、内容の一部が削除されているとのことで物議を醸した。
 削除された部分の一節には「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料」であり、「その作成を怠ったことは国民への背信行為」とある。現政権も、度重なる公文書の改竄・隠蔽が指摘されていることを考え合わせると、えも言われぬものを感じる。

10月(2冊)

 10月に入っても、コロナの感染状況はそれほど悪化もしなかったが、1日から政府の観光支援事業「Go Toトラベル」の支援対象に東京都発着のものが含まれるようになった件と、「Go To イート」の開始には嫌な予感を覚えた(はたして翌月にその予感は当たり始めるのだが)。
 仕事は忙しく、別の号の原稿整理と企画を同時に進めなければならなかった。

 1日、酒税法が改正され、ワインや第三のビールで税率が上がった一方で、日本酒やビールでは下がることとなった。昨今の盛り上がりもあって、買い物に出かければ売り場にクラフトビールの缶が並んでおり、手に取る機会も増えた。
 ビールを紹介する本は多々あるが、上に挙げたのはクラフトビールに特化した1冊である。ふんだんにイラストを用いて解説し、全体的な書きぶりが“ネアカ”なのもビールというジャンルに合っているように思う。せっかく家で飲む時間が増えたので、こうしたものを開きながら飲むというのも乙である。

 30日、アパレル大手のレナウン民事再生手続きを諦め、破産した。118年続いた大企業が無くなったことになる。
 アパレル企業としては、私にはあまり縁のない会社だったが、一方でそのCMソング「ワンサカ娘」は忘れ難い。万城目学氏の『鴨川ホルモー』でも、同曲が無ければ成立しない一幕がある。すなわち、レナウンの存在が、万城目氏の奇想を助けたという面があるということになる。

11月(1冊)

  感染状況は悪化していった。そのため政府は、26日には酒類を提供する飲食店などに、営業時間の短縮を要請することとなり、「Go To」キャンペーンの運用を見直すことも決定された。

 11日、国土交通省はホンダによる「レベル3」の自動運転車を認可した。現状、自動運転には「レベル5」(完全自動運転)までの段階が存在し、「3」は特定条件下(高速道路、晴れの時のみ、など)における自動運転を意味する。「レベル5」が実用化されるまで、上掲の書名が示す通りあとまだ10年はかかると思うが、ペーパードライバーの私としては、行動範囲が拡がりそうで楽しみではある。
 上掲書の内容としては、ビジネスとしての次世代の自動車を概観したものである。自動運転は無論のこと、電気自動車などの動力源、あるいはカーシェアリングなどの運用面について――つまり流行りの言葉でいえば「CASE(Connected・Autonomous・Shared & Service・Electric)」を大まかに把握できる1冊と思われる。

12月(1冊)

 12月に入っても1日あたりの感染者数は漸増を示し、北海道には陸上自衛隊の看護官らが派遣されるということもあった。一方で「Go Toトラベル」の停止は12月28日以降とする旨の発表があり、周囲では「さすがに遅すぎる」という声が聞かれた。
 在宅でネットを介して仕事をしていると、年末などもお構いなしに仕事を続けることができてしまう。おかげ様で、大晦日まで仕事の慌ただしい年の瀬となってしまったが、見方によっては恵まれていると言えなくもない。
 ともあれ、そのような形で2020年は暮れていった。しばらくブログを書くこともできなかったので、いま書いているというわけである。

 4日、医薬品メーカー小林化工の、抗真菌薬イトラコナゾール錠50「MEEK」への、睡眠薬の成分誤混入による健康被害が明らかとなった。死亡や救急搬送など重篤な薬害を被った人も数十名規模で存在しているという。
 被害発覚後の調べでは、同社は2005年以降、相当数の品目で不正を行っていたことが明らかとなった。製品試験の一部項目については、1970年代から未実施のものもあったという。経営者によれば「安定供給」を重視したとのことだが、やはりそれは欺瞞的であり、結局100日を超える業務停止処分が下されることとなった。
 同社のこの問題は、「GMPなき生産拡大」として批判を受けた。GMP(Good Manufacturing Practice)とは、「適正製造規範」と訳され、おおむね“薬剤の質を均質化するために行うべきこと”と解される。上に挙げた本は専門的なものだが、GMPの基礎や背景となる思想についてだけでも読むと理解が深まる。
 ところで同書によれば、大学薬学部など教育機関でのGMPに関する教育は些少のようである。そうであるならば、小林化工のような例が他にも潜在しているのではないかと市販薬を飲むのをためらいそうになる。

その他、気にかかった本たち(12冊)

 以下は、仕事や日常を過ごすうちに気にかかった本を挙げていく。引き籠ることが多かったためか、昨年などよりもかなり数が多くなった気がする。

こどもSDGs(エスディージーズ) なぜSDGsが必要なのかがわかる本

こどもSDGs(エスディージーズ) なぜSDGsが必要なのかがわかる本

  • 作者:バウンド
  • 発売日: 2020/07/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 「持続可能な開発目標」と和訳されるSDGs(Sustainable Development Goals)という概念は、2015年の国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ(Transforming our world:the 2030 Agenda for Sustainable Development)」で提示されたもので、さほど新奇なものではないようだ。しかし、私がはっきり認識したのは2020年のことだった。新たに雑誌の仕事をすることとなり、アンテナを張り直したためだろう。
 世界が持続可能な開発をするために不可欠とされる、SDGsに謳われる17の目標をここで繰り返すことはしまい。ただ、総じて賛同できる項目ばかりである。「達成されれば」というよりも、既に「達成されなければヤバい」と思われるような項目もある。
 上掲書は名前通り子ども(小学生以上)向けだが、それ故に説明が平易で、SDGsについてゼロから知りたい大人にも有益だろう。近くに子どもがいる大人は、一緒に読むとよいと思う。

 SDGsと同様、以前からちらほらと見聞きしていながら、ここに来てしっかりと捉えることとなった言葉にLGBT(Q)があった。やはり引き受けるようになった雑誌の企画がきっかけである。
 人が人を愛するのに、法的な規範は必要だろうか。「普通」といわれる恋愛にしても、個別にみればその実情は様々なように思える。
 上に挙げた本は、LGBTの権利をめぐる100年にわたる“戦い”の記録である。実際にはそれ以前から長い長い戦いがあったのだと思うが、ともあれ事情を整理するのには格好な本であろう。

実践 行動経済学

実践 行動経済学

 

  ナッジ(Nudge)も、雑誌の企画を通じて意識するようになった言葉である。行動経済学の用語だが、元々は「人の横腹を肘で軽く突くこと」を指す。転じて、人間の行為をさり気なく制御するような仕組みのことを意味する。
 例えば、人が集まり密となるのを回避するために、列ができるような場所(店舗のレジ前など)の床面に足跡マークを示しておくと、人は自然とそのマークにそって列を作りディスタンスを維持できる、というようなものである。
 新型コロナ禍の最中、ナッジは医療現場で重宝されたように思う。というよりは、上述の足跡マークなどはガムテープ1つあれば実施可能なように、かかるお金も手間も極小であることからナッジと意識せずに実施されたというのが実情かもしれないが。
 上掲の本は行動経済学の立場からナッジを解説したものである。訳にいささか難があるようだが、それでもナッジの入門として軽く読み進めることができる点は有用であろう。

  上記のナッジについて知るうち、編集者としては「このナッジを図表や誌面のレイアウトに活かせないか」という考えが湧いた。図表類やレイアウトというのは、適当に指定を入れれば実質的には印刷会社等のDTPオペレーターがよしなにやってくれる。そのため、編集者は出来上がってきたものの可否を判断する、というのが現今における大方の出版業界の偽らざる姿ではないかと思う。時間も限られているし、編集者が色々言って悪くなる場合もあるので、それが悪いとは思わない。
 が、現状を手放しで肯定するわけでもない。より効果的な図表やレイアウトの在り方を探り続けることは無駄ではないと思う。この点については長いこと参考図書を探し求めていたのだが(フライヤーや雑誌の特集ページのレイアウトについて解説した本は多いが、かっちりした書籍などのレイアウトや図表となると参考書はほとんど無い)、ナッジは新しい視点を与えてくれた。
 ナッジのように別分野から参考になる本が見つからないかと探索した結果、候補として見つけたのが上に挙げた1冊だった。小学校の教諭向けに書かれた、国語の授業での板書に特化して解説した本である。「対比」や「類別」といった定番から、「ベン図」「スケーリング」など、なかなか思いつかないものまで、10パターンの板書を実際の題材に即してカラー写真で掲載している。文章のエッセンスが板書であるならば、それは本の載せる図表と近接している。その意味でかなり参考になった。

ショートカットキー超速時短術

ショートカットキー超速時短術

  • 発売日: 2020/06/11
  • メディア: 単行本
 

 7月以降、仕事が立て込んできたことは月毎の記載で書いてきた通りである。作業スピードを上げる必要性を痛感し、以前、知人が素晴らしい速さでパソコンを操っていたのを思い出した。ポイントは、“マウスに頼らず、キーボードでの操作に熟達すること”だと思い至り、書店で参考になりそうな本を漁った。その中で、最も良さそうと感じたのが上掲書である。
 「中年仕様」と笑われるかもしれないが、ショートカットキーごとに語呂合わせが載っており、憶えやすい。他にも工夫が見られ、書籍の企画としても見習いた部分が多いと感じた。にもかかわらず私のパソコン操作が今ひとつ早くならないのは、ひたすら自己の怠慢による。

死者の書・口ぶえ (岩波文庫)

死者の書・口ぶえ (岩波文庫)

  • 作者:折口 信夫
  • 発売日: 2010/05/15
  • メディア: 文庫
 

 ここまで仕事に関連して気になった本を挙げてきたが、以降は純然たる趣味の本である。
 コロナ禍が小康を得た秋のある日、 久々に長時間の外出をした。とはいえ、都市部は高リスクと見込み、郊外での軽い山歩きである。午前おそくの空いた電車で移動し、小一時間、身体を動かして人のまばらな店で昼食をいただき、夕方のラッシュ前には帰途につくという短時間のレクリエーションだったが、よい気分転換となった。
 帰り際、電車に乗る前に駅近くの書店に入ると、意外にも渋い品揃えで驚いた。上掲書はそこで入手したものである。
 民俗学者折口信夫は、「釈長空」の筆名で小説も書いた。それが日本文学史の中でも特異な作品と言われる「死者の書」である。同作とその続編、そして作者の最初期作である「口ぶえ」を収録した同書は、折口の創作世界への入り口に適当と思われる。

世界哲学史4――中世II 個人の覚醒 (ちくま新書)

世界哲学史4――中世II 個人の覚醒 (ちくま新書)

  • 発売日: 2020/04/07
  • メディア: 新書
 

 上の折口信夫と同様、ハイキング後の書店で見かけ入手した本である。全8巻(後に別巻1冊も刊行)で世界の哲学を概観する本シリーズは、2020年1月より刊行が開始され、ちょうど1年をかけてひとまずの終止符を打った。見つけた時は1~3巻が品切れ中で、4巻を最初に手に入れたため、書影も4巻のものとした。
 「哲学」という言葉はそもそもが西洋起源で、西洋以外の東洋やアラブ世界、インド、中南米やアフリカなどの文化圏でのそれに相当するものは概ね「思想」と呼ばれる。そのように学生の頃に教わった気がするが、本企画ではそれら全てを「哲学」として、時代ごとの世界的な並立や呼応を追おうとしている。
 100人を超える専門家たちの原稿を取りまとめるという制作上の苦労は並大抵でないだろうが、読む方も相応の心づもりをしなければならないシリーズと言えそうである。古今東西の哲学・思想を概観するのは、いちおう私のライフワークの一つなので、時間をかけても読みこなしていきたい。

 音楽は嫌いではないが、専門知識はない。そこで「哲学史があるのなら、音楽史もあるだろう」と考え、検索して見つけた本である。類書は色々あると思うが、通史にこだわらず、独自の視点に基づく17章という本書の構成が目を引いた。
 大昔、大学受験のために予備校で文化史の講習を聞いた気がするが、恐らくそのわずかな時間が、音楽史に触れたほぼ唯一の機会だったろうと思う。これ1冊では厳しいかもしれないが、音楽を味わうバックグラウンドを培いたい。

蓮如文集 (岩波文庫 青 322-1)

蓮如文集 (岩波文庫 青 322-1)

  • 作者:蓮如
  • 発売日: 1985/07/16
  • メディア: 文庫
 

  先述のハイキングと同じく秋の頃、近しい人の法事があった。私の暮らす東京からはだいぶ遠いところで営まれたものだったが、昨今の事情から先方の親戚が機材を手配してくれ、縁ある者たちが各地からリモートで参加することができた。
 お経をあげて下さったお坊さんの法話で、蓮如上人の“おふみ”――手紙形式の法話の1つである「白骨」――への言及があった。
 朝は活き活きとした生者も夕べには白骨となり得る。コロナ禍で死が身近に感じられるこの頃ではあるが、仮にこの感染症の流行がなくとも、人の生とはとつぜん終わりを迎えることがあることは確かである――おおむね、そんな話であったかと思う。
 「白骨」は、井伏鱒二の『黒い雨』(感想未執筆)で、主人公の重松が僧侶に代わって原爆で死んだ人々を弔うために経として読んだものでもあった。何となく印象に残っていたのだが、上記の法話も手伝って、にわかに興味を惹かれることとなった。
 私自身、自らの死を思って不自然でない年齢に近づきつつある。その意味でも、上記の1冊は気になっている。

 キリスト教には奇跡という概念が存在するが、その1つに“世の危機に聖母マリアが出現する”というものがあるらしい。
 今、世界はひとつの危機に瀕していると言える。その危機にあって、聖母は出現するだろうか。いささか俗な興味かもしれないが、そんな思いとともに、かつて世界各地に出現したマリアについて書かれた上掲書を思い出した。かつて古書店で見かけ、入手を見合わせた1冊である。今度目にすることがあれば、もう少し細かく目を通し、あわよくば落手したい。 

図解 ワイン一年生

図解 ワイン一年生

 

 これまでも『デミアン』の時などに触れてきたが、私はお酒を好む。コロナ禍で自宅で杯を傾ける機会が増えると、飲むものへのこだわりも多少強まったようである。
 もちろんワインも好きで、この機会に少し勉強しようと思い立った。が、既に自宅の本棚にあったワイン本は、改めて読んでみるといまひとつ敷居が高い。そんな折に思い出したのが上掲の1冊である。
 数年前、近所の量販店のワイン売り場で見かけ、その時は素通りしてしまったのだが、このたび入手して読んでみると取っ付きやすい 。ワインに使用されている葡萄の品種を擬人化して描いた漫画と、「日本一の庶民派」を自称するソムリエの解説が組み合わされたものである。
 表紙に登場しているシャルドネピノ・ノワールのように少女として擬人化された品種が多いが、カベルネ・ソーヴィニヨンネッビオーロなど青年として描写されている品種もある。人物の性格が葡萄(≒ワイン) の性格であり、生産国によってその性格が多少異なるという捉え方が解りやすく、私にはなかなか有益な本だった。

はじめてのイタリアワイン: 海のワイン、山のワイン

はじめてのイタリアワイン: 海のワイン、山のワイン

  • 作者:中川原まゆみ
  • 発売日: 2012/07/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 上記『ワイン一年生』は明快で有用だが、もの足りない点もある。「ワイン知名度では、フランスに負けていない」と記述されながら、イタリアワインについてのページ数はフランスワインの5分の1程度であることも、その1つである。土着品種の葡萄が多数あるイタリアワインは、「途方もない「バラバラ感」」が特徴とのことで、“一年生”には荷が重いということかもしれない。
 しかし、私がしばしば行く酒販店はイタリアワインにも力を入れており、何らかの足がかりが欲しかった。そこで見つけてきたのが、上掲書である。
 葡萄の品種ではなく、その葡萄が育つ土地に着目した「海のワイン」「山のワイン」という概念でイタリアワインを分類する視点は斬新で楽しい。しばらくは『一年生』と本書を併用し、知識を深めたいと思う。

 以上、大遅刻ながら2020年に捧ぐ34冊を挙げた。
 気が付けば、1年ほど本ブログを更新していなかった。以降もそれほどペースは上がらないとは思うものの、時間を見つけて本の感想を書き続けていきたいと思う。そして願わくば、2021年におくる本は、今からおよそ半年後、本来のタイミング通りリリースしたい。できるといいなと思う。
 今年も残りあと5か月ほど。さすがにこのタイミングで新年の挨拶はおかしいから止すが、ともあれ今後ともよろしくお願いいたします。

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