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宮本輝『螢川・泥の河』の感想


(2003年7月読了)

 氏の処女作「泥の河」と芥川賞受賞作「螢川」のセットである。私が最初に読んだのは、確か角川文庫の『螢川』というタイトルの本で、「泥の河」も併せて収録されていた。
 いま手元にあるのは新潮文庫版の『螢川・泥の河』。ちくま文庫では『泥の河・螢川・道頓堀川 』と“川”三部作を一緒にしたものも出ている。なかなかこういう状況は珍しいような。
 簡単に二編のあらすじを示そう。

あらすじ

 「泥の河」終戦から10年の大阪。大阪湾にそそぐ河の一つの川岸のうどん屋の8歳になる息子、信雄による物語。夏のねっとりとした湿度の中、常連だった客は急死し、信雄は、河に浮かぶ小舟に住む同い年の喜一やその姉と交流する。そして、彼らの母の“仕事”は彼らの営みに影を落とすのだった。

  この作品は映画化されている(1981年)が、Amazonでは小栗康平のDVDボックスしか入手経路がない。レンタルならあるだろうか。有難いことに 2018年になって、Amazonビデオで視聴可能になったようである。

泥の河

泥の河

 

 「螢川」。昭和37年の富山。父親にとって晩い子だった竜夫は14歳、4月になれば中学3年生になる。事業に失敗し続け、体調も崩して父は入院する。衰弱していく父を看病する母と竜夫。その一方で、竜夫は幼馴染みの英子を思慕する。友人の関根がライバルとなるものの、不意にその競争は終いになる。これからの生活、英子、生と死。それらを一緒くたに抱えつつ、竜夫たちは祖父の銀蔵が「一生に一遍」の大発生と請け合う、いたち川の蛍を見に赴く。

 ちなみにこちらも映画化されている模様。こちらは最近の映画化で入手も簡単そうだし、父親役は三國連太郎だったりするので、観ようと思う。 

蛍川 [DVD]

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感想

 「泥の河」は死と生の凄絶さと美しさを描いている。…ん?「螢川」も同じか。
 ただし舞台が前者は夏、後者は冬(最終的には初夏だけど)なので、作品のイメージはやや違う。前者は蒸し暑い中での薄ら寒さ、後者は清冽な空気の中の物凄さ、と言うべきか。

 「泥の河」の粘つくような暑さと大阪弁の会話も味わい深いが、私の好みは、やはり「螢川」だろうか。こちらは北陸地方ゆえか、涼しげな印象。富山弁の柔らかい言葉遣いは、特に幼馴染みの英子を魅力的に見せているように思う。

 富山弁といえば、近年(2015年周辺)では富山県八尾市の伝統舞踊“おわら”を題材にしたマンガ『月影べイベ』も魅力的である。

月影ベイベ 1 (フラワーコミックスアルファ)

月影ベイベ 1 (フラワーコミックスアルファ)

 

 このマンガにも蛍を見に行くシーンがあったと思う。夏でもどこか冷えた感じのする富山と蛍は、相性がいいのかもしれない。

 最後に、「泥の河」を読み返していて、ふと目についた台詞にちょっと戦慄したので、引用しておく。

 「もう戦争はこりごりや」
 「そのうちどこかの阿呆が、退屈しのぎにやり始めよるで」

 戦争帰りの信雄の父と、常連の男の会話である。
 氏のエッセイ集『二十歳の火影』で述べられていることを総合すると、「泥の河」も「螢川」も、氏の経験に取材している比率がかなり大きいことが分かる。上記の台詞も、実際に氏の父親の言葉なのかもしれない。そう思うと、何気ない会話だが心に迫る。

 今年は戦後70年だが、今後もこの「戦後○○年」という言い方が無効にならないような世の中であればと、割と切実に思う。

蛍川・泥の河 (新潮文庫)

蛍川・泥の河 (新潮文庫)

 

 

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