何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

黒谷征吾『契り』の感想


(2004年10月読了)

  出先で読むものが無くなり、たまたまあった古本屋の100円コーナーで見つけたものである。家に戻れば読むものは唸っているので、それまでのつなぎとしてなるべく軽めのものを探したところ、その薄さ(総ページ数56p)が目について手に取った。新風舎文庫の1冊である。
 家に戻るまでの時間で読了。表題作と「足音」の2篇が収められており、どちらも時代ものである。

 この文庫本の版元である新風舎といえば、主にアマチュアの著者と出版費用を折半する、いわゆる共同出版事業を手広く展開していた出版社である。2008年に倒産したが、その際に同様の手法を展開する文芸社(こちらは現在も存続)との再契約を、各著者に提案したという話がある。恐らくこの本も、そうした経緯で文芸社文庫にも収まることになったのだろう。

契り

契り

 

 再契約の際には著者負担が再度必要だったそうであるが、それでも絶版よりは良いとの判断だろうか。著者について詳しいことは分からないのだが、略歴には1935年生まれ、新潟県出身とある。定年を迎えて筆を執り、よくできたので本にしてみたくなった、などというストーリーを妄想した。
 とりあえず、それぞれのあらすじを記す。

あらすじ

 「契り」。越後の陣馬村で暮らす弁慶は、大柄で力も強いが乱暴者でほら吹きなので村の嫌われ者である。父は大名の剣術指南番まで勤めた武士だったが、大名の嫡子とうまくいかず浪人となって自給自足の末に死に、今は姉の静香と2人で暮らしていた。
 ある日、村の若者たちの挑発にのった弁慶は、たらい舟で佐渡へ渡ることに。しかし雨と高浪に遭い、佐渡には着いたものの手形を無くしていたため金山で苦役に服すこととなる。刑を終えるや弁慶は病に倒れるが、金山見回り役の磯貝兵馬の世話で回復し、感激した弁慶は兵馬と父子の契りを結び、自らの村で再会することを約して帰郷した。
 皐月となって約束の日が来るが、兵馬は現れない。夜も更けた頃、とうとう兵馬がやって来るが、様子がおかしく、早々に姿を消してしまった。
 翌朝、兵馬の妻の志乃と共の者がやって来て、兵馬は謀略にかかり、自ら命を絶って魂だけが弁慶の村にやって来たことを伝える。弁慶は黒幕の黒部与兵衛を討つため、僧の装束を身にまとって佐渡へと向かう。
 黒部を倒し、配下の者たちも蹴散らした弁慶は、僧となり、姉とともに村のために一身をささげ、村人に愛されて生涯を閉じたという。
 「足音」。草加宿にある造り酒屋の春日屋。十五になったばかりのお園は、実家が貧しく、地元の岡っ引きである氷川の伝助親分の口利きで十の頃から住み込みで働いている。
 睦月半ばのある日、お園は春日屋のお嬢であるお久から、三月の間、彼女の代わりに毎晩、丑三つ時に氷川神社に参り、境内の玉砂利を1つずつ持ち帰るよう言われる。恋愛成就のおまじないである。お久の兄で総領の佐吉と、新入りの蔵人である仙太に慰められるお園だが、結局夜ごとのお参りを始める。
 氷川神社を目指す夜道で、お園は自分をつけてくる足音を聞く。最初は怯えるお園だったが、この地に伝わる“お守り若衆”だと思い当たる。ならず者たちから若い娘を助けようとして無念の死を遂げた者が、亡霊となって若い娘の夜道を守ってくれるのだという言い伝えである。
 その後も同道してくれる”お守り若衆”を、お園は仙太かもしれないと思いながら日が過ぎる。半月ほど経ったある夜、お園が戻ると、春日屋には押し込みが入り、旦那とおかみさんが殺されていた。駆け付けた伝介親分は、渡り職人を装って押し込みの仕込みをする賊の仕業だと説明する。お久のおまじないも、その賊の手回しによるものだった。
 家督を継いだ佐吉に求婚され、お園は驚くが、佐吉の思いを確かめるため、もう一度だけ氷川神社に参ると佐吉に告げるのだった。 

感想

 表題の方は、ステレオタイプと言えばステレオタイプな敵討ちものと言えようか。いかにも『歴史読本』(そういえば昨秋休刊したらしい)などに掲載されていそうではある。
 佐渡に行った弁慶がその地で年かさの侍と親子の契りを結ぶのだが、そのまま単身で故郷に戻って来るのは、いささかおかしな感じがした。不勉強で当時のことをよく知らないが、養子ということになるのだろうから、佐渡にとどまるか、親子で弁慶の故郷に挨拶に行ったりしないのだろうか。
 また、せっかく作者の出身地を舞台にしているのだから、その土地特有の事物についての記載がもっとあれば良かったと思う。佐渡までの海路の険しさとはどんなものか、陣馬村ではどんな山菜が穫れるのか、など。現状では弁慶が佐渡の金山で働かされるくらいしか固有性が無いように思った。

 「足音」の方は、それこそ『歴史読本』別冊が初出である宮部みゆき『本所深川ふしぎ草紙』に同じような話があったと思う。

 商店で働く娘が、そこのお嬢様に頼まれて夜道をお参りし、それを怪異めいたものが見守り、それが店の誰かではないかと思い、その一方で押し込みの影がちらつく、という構成は、ほぼ同じである。本作では宮部の作品よりも後のことまで書かれているが、それ以外にもオリジナリティが欲しいところだった。
 草加宿というのは現在の埼玉県草加市でいいと思うが、同地に“お守り若衆”という伝説が伝わっているかは寡聞にして知らない。とりあえず軽くネットで調べた限りでは、情報は出てこなかった。機会があれば調べてみるかもしれない。

 どちらも普通に読める作品だが、大いに心動かされたかと問われれば、それは否定的である。ページ数が多少増えても、製作費としてはそれほど大きく変わらなかったと思うし、どちらの作品ももう少し加筆したら良かったのではないだろうか。 

契り (新風舎文庫)

契り (新風舎文庫)

 

 

 

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