何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

赤川次郎『幽霊列車』の感想


(2003年11月読了)

 純文学が多いので、エンタメ系にも手を出していきたいと思う。久々にミステリを読もうと手に取ったのは赤川次郎のデビュー作である。
 テレビで『三毛猫ホームズ』シリーズを観た小学生の頃か、あるいは高校の演劇祭で他のクラスが『夢から醒めた夢』を演ったというのが、私にとって最初の赤川体験ということになると思う。…のだが、ちゃんと本で読んだのは、実のところこれが初めてだった。警視庁捜査一課の警部で40がらみの宇野と、女子大生の名探偵で宇野と恋人となる永井夕子による連作短編である。以下、各編を軽く紹介。 

各編あらすじ

 「幽霊列車」。山間の温泉地を走る列車から、乗客8人全員が消えてしまった。
 上司から休暇と仕事と半々で派遣された宇野は、事件を調べているうちに、興味本位でやってきた夕子と知り合う。滞在している旅館の女中・植村美和が殺されたこと、取って付けたような旅館の食事、証言者がみな立派過ぎることから、夕子は真相へと辿り着く。
 最後の夜、生死を共にした宇野と夕子は深い仲になるのだった。

 「裏切られた誘拐」。実業家である新田の娘、雅子が誘拐される。
 原田刑事とともに新田邸を訪れた宇野は、雅子の家庭教師として出入りしている夕子と再会、ともに事件を調べだす。
 近所に住む西尾にも話を聞き、身代金を夕子が犯人に渡しに行くと事態は急展開、西尾と雅子は死亡していた。西尾が犯人と思われたが、夕子は不審な脅迫状から更に隠された真相を推理する。

 「凍りついた太陽」。伊豆のリゾートホテルで真夏の休暇を楽しむ2人。
 知り合った竹中綾子は、仕事で遅れる夫に先んじて子ども3人を連れて滞在していた。そんな綾子の周囲に見え隠れする不審な男。ぐうぜん出会った元凄腕のスリ、辰見の助力で2人はその男、色沼に接近するが、彼は自室のバルコニーで凍死していた。
 色沼にゆすられていた女は誰か。色沼を凍らせたのは誰か。夕子の推理はレストランでの冷凍食品の会話から、真相に近づいていく。

 「ところにより、雨」。夕子の学園祭で講演をすることになった宇野。
 紹介された助教授の川島との挨拶もそこそこに準備を進めていると、学内で不審死が発見される。
 雨の気配など微塵もない中、地下の書庫でレインコートと長靴と傘という出で立ちで死んでいる川島の助手、青木を見て2人は首をひねる。
 翌日、同じく助手の中野が、住宅街の雑木林の中で同じような雨降りの格好をして殺されているのが発見され、更にその夜には会社経営をしている川島の母親も、同様の雨装束で殺されているのが見つかった。
 これは連続殺人ではなく不連続殺人ではないか。そう疑った夕子は推理を展開させていく。

 「善人村の村祭」。年の瀬、正月休みを温泉で過ごそうと秩父まで来た宇野と夕子だが、途中で線路が土砂崩れに遭い、手前の駅まで引き返すことに。
 そこで偶然会った植村刑事の里帰りに同道させて貰うことになり、彼の故郷、善人村へと向かう。
 笑顔の歓待に迎えられ、至れり尽くせりのもてなしを受ける2人。艶やかな村長の妻・絢路の夜這いすら受け、宇野は困惑する。
 善人ばかりの村にはしかし、電車の中でも視線を感じた青年・山上の兄の転落死や、その山上自身の死が不穏な影を落とす。
 かくして新年の祭の時は迫る。一件落着した後、温泉宿の一室で、夕子は宇野に探偵社を開業しないかと迫るのだった。

感想

 どれも達者である。言葉遣いやディテールに古さを感じるものの、話の本質はそれほど風化していないように思った。
 赤川次郎というと何より多作なのが印象的なので、質的にはどうだろうと考えていたのだが、少なくともこのデビュー作については杞憂のようである。

 全5編あって、最後の1編以外はどれもトリックで楽しませてくれる本格的なものだと思う。しかしやはり「幽霊列車」や「凍りついた太陽」のような、旅先での推理というのが私は好きである。
 ミステリとは非日常なのだから、やはり日常を離れた場所で展開するのが相応しいと思うのだが、どうだろうか。

 最後の1編「善人村の祭」は、他とはちょっと趣が違って、そこが面白い。“歓待と祭儀”とか“妻を貸す”とか民俗学的な要素が加えられており、これはジャンルで言えばミステリというよりはスリラーとかサスペンスの範疇ではないだろうか。
 田舎の見知らぬ村に迷い込んだ主人公たちが、その村の風変りなしきたりに触れる(そして大抵は自分たちが酷い目に遭わされそうになってほうほうの態で逃げてくる)というのは、今日的には使い古されたパターンではあるが、読んでみれば引き込まれて終わりまで一気に進んだ。

 どうしても難癖を付けるというのであれば、主役2人の人物像だろうか。ステレオタイプであるという指摘は免れないと思う。
 特に、宇野が夕子に好意を抱くのはともかく、夕子がなぜ宇野をそんなに気に入ったのか、という点は説明がない。なので、夕子が誰とでも割とすぐに肉体関係をもつようにも見えてしまうのだ。宇野の視点で自分を描写しているからそう見えないだけで、夕子にとって十分に魅力的ということなのかなぁ、とも。

 この「幽霊○○」というシリーズはずいぶん続いているようで、既に本編は本作を含めて25作も出ているという。2人の人物像については、続刊で掘り下げられているものだろうか。一気に、とはいかないだろうが少しずつ追ってみたい気もする。

新装版 幽霊列車 (文春文庫)

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