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何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

乙一『さみしさの周波数』の感想

ライトノベル ミステリ


(2003年5月読了)

 5月の連休、一人旅で電車に揺られている間に読むために購入した。4つの短編を収録した短編集である。以下、順番にさらりと。

 「未来予報」。小学生の頃の転校生の他愛ない“予報”が、「僕」とクラスの女子、清水の、わだかまりとも言えないわだかまりになる。20歳を数えるほどに長じても「僕」は、まだ清水と話せなくて。最期のそれは、やはりすれ違いだったのか、それとも何かが通い合ったのか。

  自分は、後者だと思う。なんとなくずっと気になる存在というのは、何故か1人2人いるものだ。自分の成人式で中学卒業以来でHやKといった人に再会したことを思い出す。鬱々とした話なのに重すぎないのが長所か短所か。

 「手を握る泥棒の話」。友人と腕時計を作る「俺」。しかし上手くいかず、悪事に手を染めることに。旅館の壁に空けた穴はしかし、予想外にも穴の向こうの少女と手を握り合うことに。未遂に終わった犯行はしかし、奇妙な因果で事業の成功につながる。
 『パーマン』で1号と3号が手が離れなくなってしまって、しばらく一緒に暮らすというエピソードを何故か思い出してしまった。エピローグまで含めると、むしろ『ローマの休日』というか。ささくれた気持ちで悪事を働こうとして、結果的にいい話で終わるのは、ご都合的ではあるがやはり気持ちいい。
 ちなみに、映画化されている。

手を握る泥棒の物語 [DVD]

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 「フィルムの中の少女」。少女の独白体で一貫している一篇。フィルムの中には、写っていないはずの少女が映っている。再生する度に、前よりも少し振り向いているような。
 なかなか薄ら寒い気持ちにさせてくれる。この本の中では一番ホラーだろうか。

 「失はれた物語」。とある夫婦。交通事故でほぼ植物状態になった夫だが、腕の感触だけ残り、人差し指だけが動く。暗闇の中で交わされるのは、僅かに残された表現手段を用いての夫婦のコミュニケーション。しかし、終わりは来る。いや、終わらせねばならない時が来る、と表現すべきか。「ごめんなさい。ありがとう」。
 悲しい話である。本当にそれしか道がなかったのか、と自分は思う。これも映画化されているようだが、DVD等は出ていないようである。

 いくつかの短編を収録しているが、ミステリーなのかと問われたらどうも違う気が。話の内容は旅の途中で読むのにうってつけなジュヴナイル? どれもまぁ面白い、という感じ。
 ところで、乙一は女かと思っていたら男だと最近知った。

 宮部みゆきの現代短編と似ているが、片や大人の間でも人気作家で、片やライトノベル作家というのは何故なのだろう。乙一自身そこを考えているようで、最近出た本(2003年12月刊行の『失はれる物語 』)はライトノベルとして発表したものを本格小説的な装丁で再収録している。 興味深い試みである。 

 

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