何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

過ぎた年(2023年)におくる31冊

 昨年も記事更新0という残念な結果となってしまったが、相変わらず私はゲラやPDFや参考図書のはざまで汲汲とする日々を過ごしている。
 すっかり年次報告となってしまい慙愧の念に堪えないところではあるが、このたびも懲りずに過ぎていった2023年に捧げる本たちを挙げてみたい。

 いつものごとく、話題になった本やベストセラーなどにはあまり拘らず、折々の出来事に触れ、個人的に気になった、人に薦められた、実際に触れて印象的だった本などをおおむね時系列で挙げる。では、2023年1月から。

1月(1冊)

 19日、第168回芥川賞直木賞の選考が行われ、芥川賞は井戸川射子氏「この世の喜びよ」、佐藤厚志氏「荒地の家族」、直木賞には小川哲氏「地図と拳」、千早茜氏「しろがねの葉」と決まった。

 「しろがねの葉」と迷ったが、上には佐藤氏の「荒地の家族」を挙げた。仙台在住の書店員だった著者による、震災後の生活は苦い。
 何というべきか、この記事を公開するのが昨年12/31の予定だったのだが、それが遅れたために「令和6年能登半島地震」という現象が上掲書をチョイスする遠因になったことは否定しがたい。傷痕は残り続けるということを再認識するために、やはり挙げておく。

2月(1冊)

 13日、漫画家の松本零士氏が85歳で死去された。大御所といっていいだろう漫画家である。氏の大ファンというわけではないが、父の書棚で『銀河鉄道999』を見つけて以来、いくつかの作品を拝読した。

 美形も多く登場する作風でありながら、星野鉄郎や大山昇太といった、いわゆる醜男を多くの作品で主人公に置き、「男とは」という氏独自の哲学によって貫かれた物語は、多くの人に愛読された。こちらも小細工せず、氏の代表作として挙げる。

 『999』は、当初の目的であるアンドロメダ銀河への到着までは描かれ、そこで一応の区切りはあるものの、結局は未完ということになったかと思う。が、作品の空気として、それはそれでよいようにも思う。

3月(2冊)

 3日、大江健三郎氏が死去された。88歳だった。
 芥川賞の受賞者で、一時はテレビなどでもよく取り上げられていたが、近年は動向が伝えられることも少なかった。

 「死者の奢り」など、氏の幾つかの作品しか読んだ憶えがないが、国家や戦争についての考えや、長男である大江光氏との関係、ブレイクやダンテといった欧州の詩人への態度など、私にとって興味深い要素が多い。いずれまとめて読みたいところである。

 挙げる本は色々あると思ったが、単純に最後の長編を挙げる。2012年から翌年にかけて発表された上掲の小説は、東日本震災が起こった後の世の中について、主人公(著者自身とがほぼイコールで結ばれる)の苦闘を描いたものと言えそうである。

 7日、国産ロケットの次期主力である「H3」の打ち上げが失敗した。過電流により、2段エンジンに着火できなかったことが主要因であるとされる。のちの報告書によれば、構成する部品が想定される状況で機能するかの確認が不足していたことが背景にあるようである。

 今でこそ文科系で生きている私だが、子どもの頃は理科の方が好みで、宇宙旅行に憧れていた。そういう思いはさほど減弱しておらず、それもあって国産ロケットの失敗は残念である。

 上掲書は、ドラマ化もされた池井戸潤氏の小説。ロケットの製造を遠景に、下町の中小企業と大企業などとの応酬を描いて好評だった。
 「H3」の開発にどのような人間模様があったのか知る由もないが、それぞれに矜持を持った人々が、来たる2月の2号機打ち上げへの準備を進めていると信じたい。

4月(1冊)

 5日、畑正憲氏が87歳で死去された。東京大学理学部卒、プロ雀士という肩書もある氏だが、もっとも知られているのは「ムツゴロウさん」として動物王国を担ったことだろう。
 そんな畑氏は、元々は文筆業を志向しており、それは動物王国がメジャーになった際のエッセイやルポルタージュにも結実している。また、初期の頃に幾つかの小説もものしていた。

 上掲は、氏の最初の小説と思われる作品である。海洋生物SFジュブナイルといえる内容は、氏の学術的な蓄積も裏打ちするものだと思う。

5月(1冊)

 8日、長らく「2類相当」とされていた新型コロナウィルス感染症感染症法上の区分が、「5類」に変更された。これにより、治療薬については患者の自己負担が発生し、入院についても負担額の変動があった。ショッピングモールや飲食店などの施設での人流抑制も、これを機に緩和されていったようである。

 以来、街は2019年以前の様相を取り戻しつつあるが、これで本当に終わったのか、とも思う。2023年12/28現在の情報では、東京都の新型コロナ感染数は微増といったところ。この年末年始で感染者が急増しなければ、さすがに終息といっていいようにも思うが、どうだろうか。

 上掲は、この夏に出た今回の新型コロナへについての政府の対応について総括すると謳った1冊。同書だけではまだまだ不十分と感じるが、ひとまずの足掛かりにはなろうかと思う。本当の意味での総括は、まだ数年の時間を要するのではないだろうか。

6月(1冊)

 1日、棋士藤井聡太氏が名人戦第5局で渡辺明史氏を下し、史上最年少の20歳10か月で「名人」を獲得した。さらに10月11日には「王座」も獲得、八冠となった。

 人に「強そう」と言われる私だが、将棋については全く素人である。それでも藤井氏の偉業は、前年までに引き続いて暗いニュースの多かった今年において、私にとっても明るいものだった。

 上掲書は、その藤井氏とiPS細胞で有名になった科学者・山中伸弥氏との対談集である。対談自体は単行本として出た2021年に行われたものと思われるが、名人となった後でも藤井氏のスタンスは変わらないだろう。メンタルの保ち方、AIの使い方など、学ぶところの多い対談である。

7月(3冊)

 11日、ミラン・クンデラ氏が94歳で死去された。チェコスロバキア生まれ、フランス在住だった小説家である。

 氏の代表作と目されるのは上に挙げる『存在の耐えられない軽さ』であろう。例によって読了していないのだが、冷戦下、1968年ごろのチェコスロバキアを舞台とした小説であることは知っている。

 懊悩する若者たちが描かれる上記の小説と同じく、母国の国籍を剥奪された作者も憂愁の色が濃い日々を送ったのではないかと思う。改めてご冥福を祈る。

 19日、第169回芥川賞直木賞の選考会が行われ、芥川賞は市川沙央氏「ハンチバック」、直木賞垣根涼介氏「極楽征夷大将軍」と永井紗耶子氏「木挽町のあだ討ち」と決まった。

 その受賞時の著者の挑発具合から、上掲書を挙げる。同作が持つ視点は特段新しくない、と私は感じるが、それはやはり個人的な事情によるものであって、世間一般には意味のある受賞であったと思う。次作以降でどのように変転するか、気になる著者である。

 24日、森村誠一氏が死去された。90歳だった。ホテルマンから作家になった経歴の持ち主として知られる。
 上掲は、そうした氏の職歴に取材したミステリー作品で、本作で江戸川乱歩賞を受賞してから氏の推理作家としてのキャリアは始まったと認識している。

 一方で、氏は鉄道や写真、俳句も愛されていたようである。旅行関係の本やご自身のサイトで、近影や新作を拝見することも今後はないのかと思うと寂しい。

8月(2冊)

 24日、福島第一原発から、いわゆるALPS処理水の放出が開始された。政府は問題ないとアナウンスしているが、本当のところは分からない(新型コロナに関する色々を経ずとも、政府は嘘をつくということは多くの人の頷くところではないかと思う)。

 上に挙げたのは、福島県いわき市にある“日々の新聞社”が刊行する「日々の新聞」で連載された記事を集成した1冊。著者の天野氏は、かつて日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)で主に環境放射能の研究を行なった専門家である。

 疑り深い私は、もちろん上掲書も手放しで信じるものではないが、危険であるという指摘があることは認めなければならないと思う。標題は、パンドラの箱の底には希望があったというギリシア神話が元だと思うが、それを持ってきた真意はどこにあるのか、著者か編集者に質問してみたい気もする。

 31日、そごう・西武の従業員がストライキを決行し、近年の日本では珍しい事態に耳目が集まった。親会社のセブン&アイ・ホールディングスは、そごう・西武の売却を急いでいたが、以後の雇用について労働組合との協議が進んでおらず、ストが決行されたものと思われる。
 結局、そごう・西武の売却は取締役会で決議されたようだが、「ジェットスター・ジャパン」で12月22日から行われているストライキなどを見ると、社会への影響はなかなかだったようにも思う。

 ストライキやデモというと、どうも胡散臭い、本当に効果があるのか疑わしいというのが、長年の私の感覚である。が、最近の世の中を見ていると、そうも言っていられないようにも感じてきた。

 上掲は、労働運動家社会学者である著者による21世紀型のストライキを提案する1冊。私自身は現状フリーランスで被雇用者ではないので、実用的か否かは判断がつきにくい。が、雇われている人々には雇う側と折衝するための武器が必要であるとは強く思う。その一助になればと思う。

9月(2冊)

 7日、ジャニーズ事務所は創業者ジャニー喜多川氏(2019年に死去)の性加害を認める記者会見を開き、社長であった藤島ジュリー景子氏の5日付辞任を発表した。後任は同事務所のタレントでもあった東山紀之氏で、事務所名も「SMILE-UP.」に改められた。

 上掲は、1988年に出版された北公次氏『光GENJIへ』のゴーストライターを務めた著者による、「ジャニー喜多川と彼をとりまく人間」を描き出した告発本である。『光GENJIへ』自体、ジャニー氏による性加害の告発本という体裁をとっていたが、著者によればそれもまた虚構であり、その舞台裏を本書で明かす、という構造のようである。

 ジャニーズ事務所と同様、ファンに夢を与える宝塚歌劇団もまた、団員のいじめを苦にした自殺により揺れている。歌ったり語ったりする内容とあまりにも違う組織の実態は、やはり解明され罪を問われなければならないと思う。
 企業活動という視点まで広げてみれば、ビッグモーターやダイハツ、政治活動では裏金問題と、2023年はいつにも増して“常態化された不正”が目立った年だった。いい加減、そうした体質は改めていただきたい。

 25日、厚労省アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」を承認した。従来、難しいとされたアルツハイマー病治療の“一合目”に至ったと言われている。

 上掲は、そうしたアルツハイマー病の治療法を解明するまでの関係者の闘病や研究や苦闘を、俯瞰的に描き出したノンフィクションである。単行本としては2021年に刊行されたが、レカネマブの承認にともない、大幅加筆のうえ文庫化された。

 アルツハイマー病に限らず、人類共通の難問に対し、多くの人々の努力が時と場所を超えて結びついていく様には、熱いものを感じずにはいられない。アルツハイマー病についての最新情報を得る意味でも読んでおきたい。

10月(3冊)

ザイム真理教

ザイム真理教

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 1日、インボイス制度が開始された。詳細は省くが、多くのフリーランスにとっては“実質的な増税+事務作業時間の急増”か“仕事を干される”かの二択を迫られることとなり、私自身も大変な目にあった。今のところ、おおむね従来通りの取引環境ではあるものの、しばらくはいつ取引停止や値引きの交渉があるか予断を許さない状況にある。
 加えて、周囲を見渡せば、元請け・下請けとも無駄にギスギスすることが多くなった。製作現場としては明らかにモチベーションが低下していて、何のために導入されたのかという気になる。

 上掲書は、今年出版された経済アナリストの著者による財務省の批判本である。曰く、カルト教団化した財務省の暗躍により、消費税を始めとする税金は上がり続け、貧富の差は広がり続ける、という。
 エキセントリックな言動で知られる著者ではあるが、少なくとも本書については説得力がある。つい先日(2023/12/27)、著者は自身がステージ4の膵臓癌であると公表したが、それを機にでも本書が多くの人に知られれば、氏は幾らかは満足ではないかと思う。

 7日、パレスチナのハマースが主導するイスラエルへの越境奇襲作戦が発動した。これに反応して、イスラエルからパレスチナガザ地区への攻撃が激化することとなり、双方で1万人を超える死者を出している。

 パレスチナをめぐる問題は、経緯が複雑なこともあり軽々に「分かった」とは言えないが、解説本は色々と出ている。最も信頼できそうなのは、上記か。長くパレスチナ問題に取り組んできた専門家による、大学での講義録を元にした1冊である。読んだからといって現実の問題が氷解するわけではないが、読まなければ始まらないこともある。

 20日、有名コンピューターRPGを元とした『小説 ドラゴンクエストV』の著者である久美沙織氏が、映画「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」で主人公「リュカ」の名前を無断使用されたことなどを問題として起こした裁判の判決が東京地裁であり、氏の訴えは棄却された。久美氏は控訴の意向と報じられた。

 同氏はSFや少女小説を出発点としつつ、自身がゲームフリークであることもあって幾つかのテレビゲームのノベライズを担当している。上述の作品はその1つであり、美麗な筆致と、主人公たちの名前など著者独自の設定も加えられた名編として知られる。

 著者もファンなのだろうし、映画の企画が決まった時点で電話の1本も入れていれば特に問題なかったのではと思われてならない。納得のいく決着を望む。

11月(5冊)

 1日、今年度のクマによる人身被害が過去最多の180人(10月末時点の速報値)に上ったことが、環境庁の発表により明らかになった。これに前後して、北海道や東北地方を中心に、クマの出現が盛んに報道されていた。
 冬になり、クマの多くは冬眠したのだろう、被害は一段落した印象ではある。しかし、春になればまた被害が出始めるのではと危惧される。

 上掲は、『戦艦武蔵』などの戦記小説で知られる吉村昭によるノンフィクション小説である。1915(大正4)年に北海道の開拓村で起こったヒグマによる獣害事件「三毛別羆事件」が、綿密な取材に基づいて記述されている。

 5日、阪神タイガースが38年ぶりに日本一となった。私は野球にはあまり興味がないが、阪神とそのファンについては、なぜか優勝を「アレ」と言い換える等、その独特な文化の数々から関心をそそられることがある。

 作家と呼ばれる人々にもタイガースファンは一定数いると思うが、不思議と小説家でタイガースファンという人はあまり思い当たらない(心当たりがある人は教えてください)。
 上に挙げた本の企画者も、そう思って漫画家を中心とした本を構想したのではないだろうか。お祭り本の類ではあるが、『うる星やつら』『めぞん一刻』などで知られる高橋留美子氏もタイガースファンであることは、本書を手に取って初めて知った次第である。

 15日、池田大作氏が死去された。近年ではどうなのか知らないが、ある年齢以上の世代にとってはマンモス宗教法人である創価学会の会長として有名だった人物である。
 私は特定の宗教に帰依していないが、ともあれ今後の世の中に影響を与える要素として、氏の死去は注目せざるを得ない。

 上掲書は、2004年の既刊である新書に最新の動向を加筆したと思われる1冊。「思われる」としたのは、2024年1月中旬刊行のため現時点で中身を読むことができないからである。
 しかし、このタイミングで刊行し、しかも「完全版」と銘打つ以上、前版以降にあった学会をめぐる出来事(とりわけ池田氏の死)について相応の紙幅が費やされていることは想像に難くない。ネット上の情報によれば、前版からの加筆は60ページ超に及ぶ模様である。

 29日、山田太一氏が死去された。「ふぞろいの林檎たち」など、テレビドラマの脚本家としての活躍が知られているが、氏はもともと小説家志望であり、実際に十数冊の小説も書いた。上掲は、それらの中でも最も有名と目される作品である。

 タイトルの「異人」とは、ある種の霊的なものを指す。物語としては、今日的な感覚からすると多少安易な印象を受けるが、さすがに映像が浮かぶ書きぶりで、余韻のある小説だと思う。

 27日、伊集院静氏が73歳で死去された。女優の夏目雅子氏との長年の不倫交際の件があり、その点いかがなものかと私は思うが、達者な小説家であったことは間違いない。

 氏の著作は多数あるが、今の自分の興味で挙げると上の作品だろうか。正岡子規夏目漱石の友情は有名であるものの、その2人の青春期を描いた小説は珍しく、興味をそそられる。著者がデビュー前から構想していたというのは本当か分からないが、ともあれ一読したい。

12月(1冊)

 12日、日本漢字能力検定協会による「今年の漢字」が「税」と発表された。「税」が選ばれるのは、2014年に続いて2度目だったかと思う。インボイスの導入もあり、私自身も「税」というものを深く考えざるを得ず、自然と節税の方法を模索することにも時間を費やした年となった。

 上掲書は、YouTubeでも「脱・税理士」(決して「脱税・理士」ではない)を名乗って活動している著者による、節税を始めとした様々な資金繰りの技術を紹介した本である。
 基本的には法人の経営者向けと思われ、2年ほど前の本なので既に古くなっている情報もあるが、個人で活動している者に応用可能なテクニックも記載されており、なかなか有用に思える。今度の確定申告が楽しみになる程度には活用できた。

興味と関心から(8冊)

 以下は時系列によらず、主に個人的な事情から知り、心に留めた本を挙げる。前回記事から興味が継続しているものも幾つかあり、自分自身としても興味深い。

100年目に

 特に何月何日とは明示されていないようだったが、2023年は英国のウィスキー「カティサーク」が製造100周年を迎えた年だった。手ごろな値段で手に入るウィスキーとして、私も親しんでいる銘柄である。

 上掲書は既に感想も書いた本だが(当該記事)、村上春樹氏によるカティサークを称える(?)詩が載っている。改めて、記念となった2023年におくることとする。

土と食

カドミウムと土とコメ

カドミウムと土とコメ

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 2月頃だったと思うが、秋田県が名産の米「あきたこまち」の新品種「あきたこまちR」に、作付を切り換える方針を発表した。この新品種が、放射線照射により育成された「コシヒカリ環1号」と「あきたこまち」を交配して作られたものであることから、SNS等で「危険ではないか」という声があがり、国や秋田県は誹謗中傷に当たるとして対応を余儀なくされている。

 放射線照射によって作られた品種は70年以上前から存在し、世界的には既に3,000種以上あるとの説もあることを踏まえ、安全であるというのが国や県の見解である。が、何事につけ捏造や隠蔽が散見される昨今、気にしている人々にはいまいち信用されていない、というのが実情に思える。
 私としても、放射線照射による新品種が既に3,000種以上あるとの情報は「今回はじめて知った」というのが率直な感想で、なぜ今まで一般の人々に広くアナウンスしてこなかったのか、という疑問がある。安全性を科学的に説明するという文書についても、その説明をする有識者の名前が明記されていない点に「なぜ」と問いたくなる。

 一方、「あきたこまちR」が作られた経緯には納得できる面がある。
 もともと鉱山の多かった秋田県では、鉱山由来のカドミウムが田に蓄積された箇所があり、稲に吸収される場合もあるという。
 イタイイタイ病などで知られるようにカドミウムは人体に有害であり、米に含まれてよい量の基準が定められている。これをクリアするため、カドミウムを吸収しにくい品種の開発が望まれており、「あきたこまちR」がそれに対応した、ということのようである。

 前振りが長くなってしまったが、上に挙げたのはカドミウムと土壌、そこで育つ米への影響について詳述した書籍である。「あきたこまちR」の一件から知ることとなり、不勉強を自覚したので挙げることとした。
 米を育てる際の土壌については、カドミウムとは真逆の対策が必要となるヒ素の問題もあり、一筋縄ではいかないようである。そのヒ素もまた、原因として鉱毒や旧日本軍の兵器などが示唆されていることを考えると、結局のところ19~20世紀の環境汚染の負債を支払わされているのかとも感じられる。

 2022年におくる本を選んだ際(当該記事)、“野食ハンター”茸本朗氏のYouTubeチャンネルについて触れた。野山や海川で、普通は食べないような動植物をハントし、料理して食べる様を見せてくれるチャンネルだが、確か2023年中に公開された動画の中で、上掲の本について触れる場面があった。

 食べられる野草を教えてくれる本は幾つかあるが、こちらの本は戦中・戦後の食糧難の際に食べられていた救荒植物の情報を、後の世に伝えるという編集方針で綴られたもののようである。その点、現代の環境からすると実用面では一段落ちるかもしれない。

 しかし、本当にいざという時、「これも食べられる」という情報は少しでも多い方が良いに違いない。前述の茸本氏も、恐らくその点を重視して言及されたのだと思う。
 年明け後も毎日のように事件事故が起こり、「いざという時」はすぐそこにあるようにも感じる。同様のコンセプトの本を各領域で集めていければと思う。

小説たち

 どういう経緯でこの小説を知ったのか完全に忘れてしまった(ロシア情勢に関連してか、池田大作氏について調べる途中だったか)が、興味を抱いたので挙げておく。既に亡くなられているが、チンギス・アイトマートフはソビエト連邦キルギス共和国(現・キルギス)出身の小説家である。

 田舎にある鉄道線路切替所を舞台に、主人公エジゲイが友の埋葬に向かう途中に抱いた想念が断片的に展開していく構造は、表面的には確かに1日の出来事ではあるものの、質的には1世紀を超える大容量を湛えている。その背景には、幼少期に著者が物語られた遠い昔の民話・伝説があり、著者自身の父親も犠牲となったスターリンの大粛清もあるのだろう。

 これも脈絡を憶えていないのだが、『西部戦線異状なし』について調べる機会があり、恐らくそこから同じレマルクの作品として上掲の『凱旋門』に興味を持ったのだと思う。

 ナチスから逃れてフランスに来た外科医ラヴィックと若い女ジョアンの恋情を中心にしながらも、否応なく不穏な時代の流れに飲み込まれていく展開は、やはり暗いが引き付けられる。上で挙げたアイトマートフ氏の作品もそうだが、現在もあまり明るい時代でないからか、こちらも無性に気になった。

 渋めの本が続いたのでエンタメ作品も挙げる。これもまた別方向に陰惨そうなタイトルではあるが、確かに複数の殺人事件が展開されるものの、ジャンルとしてはジュブナイルミステリーということになると思う。

 本書は2008年に刊行され一部で熱烈に支持されたが、重版も文庫化もされず、もちろん電子書籍化もされていない幻の作品だった。しかし、2023年9月に芳林堂書店と書泉という2つの書店限定、予約者のみという形で復刊された。私が気付いた時には既に予約期間が終わっており歯噛みすることとなってしまったが、近隣の幾つかの図書館でも所蔵しているようなので、読むだけであれば可能なようである。

電子的着ぐるみ

 先述の繰り返しになるが、2022年におくる本(当該記事)では興味を持っているYouTubeチャンネルを少し紹介した。その後も時おり食事時などにテレビでYouTubeを観ているが、ある時からゲームのキャラクターのような人物が登場する動画がおすすめに出てくるようになった。「Virtual YouTuber」すなわちVTuberとの邂逅であった。

 VTuberの定義は統一されていないと思うが、モーションキャプチャー技術によって実際の人間の動作をトレースし、動画としてはCGのキャラクターが動作しているように見せる形で動画を配信する配信者のことと考えて概ねよいと思う。乱暴に単純化すれば、“電子的着ぐるみ”を被って画面に登場する人々というところか。

 個人でVTuber業を行う人々とVTuber事務所に所属する人々が存在し、"着ぐるみ"の姿としては、学生や歌手など実在してもおかしくないものから、魔法使いや海賊、吸血鬼などファンタジックな世界観を思わせるものまで幅広い。
 配信内容も千差万別だが、1人または複数でゲームを遊んだり、歌を歌ったり、雑談したりというものが人気のようである。おおむねどの動画も他愛なく、学生のサークル活動を思わせるような雰囲気に思える。

 上掲は、そんなVTuberを新たな産業と捉え、今後を展望した電子書籍である。5年ほど前のものなので内容としては古く、著者自身VTuberということもあり客観性としてはもう一つという気がするが、恐らく現状では他に類書はない。

 同書の刊行から月日が経ち、有名VTuberの動静が小さいながらネットニュースになる時代となった。VTuber自身のコンプライアンスや、“着ぐるみ”の中の人がばれる・ばらされることに付随する問題、どれだけ続けられるか(現状、彼らの大半は10代~30代前半と目され、中高年以降のロールモデルがいない=自分たちの先行きが不透明で不安になる)など、VTuber固有の、あるいは新奇の産業に付き物の課題は色々あるように思われる。それらを踏まえ、上掲書を発展させた本がそろそろ登場してくるのではないだろうか。

新NISAに臨んで

 これもやはり前回の2022年におくる本(当該記事)で触れたことであるが、徐々にではあるが、日米の株やETFに投資している。特に活発に売買する気もなく放置していたら、結果的に2023年はそこそこのプラスとなった。今年は新NISAも始まり、世間としても投資の機運は高まるだろうと思う。

 基本的には、今まで通りの方針で投資しようと考えているが、次のステップの参考になりそうに思えたのが上掲書である。日本株や米国株以外のグローバル株についてや、幾つかの投資理論、投資を高度化するためのオプション取引などについて解説されている。
 そうした要素をすぐに自分の投資に使えるとは思わないが、将来的な選択肢にどんなものがあるか、先に知っておくのは有益に思える。

 以上、大晦日からは少し遅れてしまったが、過ぎていった2023年におくる本を挙げた。時間もないので少な目に、と思っていたが、トータルとしてはそこそこの数になり、多少は格好がついたというところだろうか。

 2024年は大地震から始まり、三が日もなかなか落ち着かず過ごしたが、くじけず(本業もそうだが、本ブログについてももう少し手を入れられるよう)やっていこうと思う。
 本年もよろしくお願いいたします。

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