何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

平岡敏夫(編)『漱石日記』の感想


(2004年5月読了)

 夏目漱石の日記を抜粋して編集した本である。これまで漱石の小説や随筆を読んできたが、全集の目次などを見ると日記や小さな断片まで一般人が読めるようになっている。まさかそこまで読むのも、と思っていたのだが、こうして文庫本にもなっているので、読むことにする。
 とはいえ、小部なので漱石の全日記が収録されているわけでもない。特に重要と思われる時期を抜粋し、それぞれ「倫敦日記」「『それから』日記」「満韓紀行日記」「修善寺大患日記」「明治の終焉日記」「大正三年家庭日記」「大正五年最終日記」と題してを収めている。

 日記なので作品のように論じることはできないが、漱石の肖像を知るには良いと思われる。毎日の記録が一様に書かれているわけではなく、天気や会った人物だけを簡潔に記した日もあれば、小説や随筆の元になったであろう記述を割に長々と記した日もあるし、漢詩や俳句を記した日もある。井伏鱒二の『黒い雨』に「緩急式」という日記の付け方が出てくるが、漱石の日記はこれを思い起こさせる。
 とはいえ、『黒い雨』でのそれは、4、5日の日記を簡単につけ、5、6日目に詳しく書くやり方のことを指すが、漱石の日記はそこまで厳密なルールには則ってはいない。単純に特記すべきことのない日は多く書かず、興が乗った日には色々と書くという感じである。

黒い雨(新潮文庫)

黒い雨(新潮文庫)

 

 それぞれに興味深い時期の日記だが、やはりロンドン留学の日々を記した「倫敦日記」に一番興味を引かれた。他の時期の日記と比べると、簡単に書いて済ませている日が多い気がするが、これが勉強などに忙しく特に記すこともなかったがためか、随筆等で触れているようにロンドン生活に不愉快を覚えていたからかは判然としないところであるが。
 帰国してからのなんでもない日常を書き留めたものも、それはそれで面白い。漱石はやはり江戸っ子のようで、「べら棒め」という表記もあって少し新鮮に感じた。「明治の終焉日記」あたりから、国家と天皇個人主義と自殺、のようなタームが登場し、『こころ』から『明暗』までの思想的発展を見ることも可能だろう。

 日記までこうして公表されるというのは、死後とはいえ聊か文豪という人々はかわいそうかもしれない。特に修善寺大患日記」では病後に浣腸をしたとか便の性状だとかについても記してあり、後世の我々は興味を持って読むが、本人にしてみれば面白くないだろうと思う。

漱石日記 (岩波文庫)

漱石日記 (岩波文庫)