何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

椎名誠『ジョン万作の逃亡』の感想


(2004年3月読了)

 処女小説とされる「ラジャダムナン・キック」を収録。他に表題作と「悶絶のエビフライライス」「米屋のつくったビアガーデン」「ブンガク的工事現場」を含む。とりあえず以下、各編のあらすじ。

あらすじ

 「悶絶のエビフライライス」。とんかつ青木食堂で相席になった「おれ」とトガッた目の若者と総務部長っぽい中年の男。若者の態度が何となく気に入らない「おれ」は、ガンを飛ばし、凄惨な痛めつけ合いを始める。それぞれが注文した料理を食べつつ、諌めようとする総務部長や店員のひっつめ髪の娘も巻き込み、血みどろの相席は続く。

 「米屋のつくったビアガーデン」。三流雑誌の編集をしている「ぼく」。エロ劇画の原稿を取りに行ったりモデルのヤニ子のヌードグラビア撮影に立ち会ったりしている。妻のさよ子はむかし演劇をやっていて、その経験から、ある劇団の事務として働き始める。ヤニ子と密会しながらも、「ぼく」と妻の生活は続くが、7月の中ごろ、不意に妻は、母親が住んでいる福井の叔父の家に行ってくると言って出かけていく。米屋が作ったビアガーデンを冷やかすなど穏やかな週末を過ごしながら、「ぼく」は妻の不貞を疑い出す。帰るのが何日かずれそうだと言う妻からの電話に「ぼく」は立ち尽くし、ヤニ子と喫茶店に入るも気分は晴れなかった。

 ラジャダムナン・キック」。ひょんな伝手で「香港、タイ5日間エメラルドツアー」に参加することになった「ぼく」。機器製造会社の女専務やネクタイ問屋、区会議員に訳ありそうなカップル等々の総勢11人のメンバーと、まずは香港へと向かう。ネクタイ問屋の青木と九竜市の路地をぶらつくなどし、タイへとやってきた。エンジンボートでメナム河を行く一行に、水面から地元の子ども達が「海賊だ」と言って上ってこようとするが日本人たちは特に意に介さない。最後の夜、ツアーの男たちはラジャダムナン・スタジアムムエタイを観戦する。上位ランカーのナロンノイと新進のチャンチャイの試合は盛り上がるが、チャンチャイの劣勢で進んでいく。第四ラウンドが終了しコーナーに戻ってきたチャンチャイに、セコンドから声が飛ぶ。それを見て「ぼく」はメナム河の海賊少年たちの眼と同じだと思うのだった。

 「ブンガク的工事現場」。最近みつけた喫茶店に足しげく通う「ぼく」。コーヒーも旨いが、なによりウェイトレスの湯浅令子と何とか近づきになりたいからだ。ある日、礼子が電話しているのを聞き、何かの同人であることを知った「ぼく」は、その内容を知ろうともせずに同人になりたいと彼女にコンタクトを取る。ばかに高額な会費を払い、あまり統一感のない同人たちを不審に思いながら、「ぼく」は彼らの例会に足を運ぶ。そこで見たのは、重機が咆えぶつかり合い、高揚した令子が叫びまくる、鋼鉄の戯曲とでも言えそうな光景だった。

 「ジョン万作の逃亡」。妻の美也子の望みで飼い始めた犬のジョン万作。しばしば鎖を外して逃げ出す万作を追って「おれ」は走る。以前、万作がかみ殺してしまった白色レグホンの飼い主、田島の家に行き着いた「おれ」は、なぜか田島と茶を飲むことになり、そこで真実赤眼教なる教えについて語られる。「おれ」は反発し、妻とジョン万作が既に入信していると聞かされても信じられない。万作を探し、次に「おれ」はコヒナタ幼稚園と村上リウという老女の家がある界隈へと向かう。ここは、「おれ」が妻の妹である奈津子と密会していた場所でもある。リウは、万作の鎖が外れる理由を語り、更に衝撃的なことを口にする。信じない「おれ」は、万作を追いかけてまた走っていく。

感想

 幻想的でアヴァンギャルドなもの、私小説風なものと系統が違うものが同居していて不思議な印象の本になっている。しかし、どうも夫婦の間のすれ違い的なテーマが執筆当時の作者の胸中にはあったようで、5作中2作はそういう作品になっている。私は椎名誠をあまりよく知らないので本当のところは何とも言えないのだが、エッセイや雑誌で見かける氏のイメージとはだいぶ違うように思えた。

 文体的なことを言うと、独特の擬音・擬態表現を駆使した表現が楽しめる。いささか古さを感じる、と言ってしまえばそういう面もあるが、すっと読ませてくれる利点はあるように思えた。

 

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