何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

ほしおさなえ『活版印刷三日月堂』の感想

 1つ前の『終業式』と同じように、Twitter上で言及されているのを複数回見て、たまには最新刊を読もうと思い手に取った。活版印刷を営む若い女性を中心に描かれた連作短編集である。
 活版印刷というと、思い出す事が2つある。あらすじの前に、それを書き留めておこう。
 1つは、高校の新聞部に居た頃に年2回の頻度で作っていた活版新聞である。
 通常は部室で版下を作って印刷室の印刷機で作っていたのだが、2学期と新学期の頭に、近所の活版屋さんに頼んで活版印刷で8面ほどの新聞を作っていた。わざわざ活版屋に入稿する必要のある活版新聞は、通常のものよりも作るのに時間がかかり、当時の私はあまり好きではなかったのだが、今になって思えば相当貴重な経験だったのだろう。
 もう1つは、父方の祖父の記憶である。
 祖父は私の生家のほど近くに住んでおり、私が幼い頃は、そこでごく小規模な印刷業を営んでいたようだ(それが本業だったのか、今となっては分からない)。上がり框の傍らに、本書p.217の写真のような小型印刷機――手キン(私も名前は本書を読んで初めて知った)――を置いて、近所の個人や店舗の名刺や年賀状などを刷る、本当に小さな印刷屋だった。両親が共稼ぎだった私は、しばしば祖父の家に預けられたものだが、戦争から帰って急に酒好きになったという、私の知る限り概ね笑顔だった祖父が、ゆいいつ真剣な表情を見せる印刷の仕事を見るのは好きだった。祖父は私に活字の大きさやら並べ方やらを手解きしてもくれ、思えば私の編集者人生のようなものはその時からと言えるかもしれない。
 さて、前振りが長くなったが、各話ごとのあらすじを示す。

あらすじ

 世界は森。川越の街の配送会社で働く市倉ハルは、ある日ジョギング中、閉店した活版印刷所・三日月堂に越してきたという、かつての店主の孫娘・弓子と出会う。ハルと同じ会社で働き出した弓子だったが、ハルの息子・森太郎(しんたろう)の卒業祝いの話から、三日月堂印刷機を動かすことになる。
 一方ハルは、北海道の大学へ行く息子の独り立ちに、寂しさを抱く。しかし、弓子の尽力で感性した森太郎の卒業祝いは、親子のわだかまりを解きほぐす。そしてまた、今度の仕事で祖父の後を継ぐことを決めた弓子は、三日月堂を――活版印刷の再開を決意するのだった。
 八月のコースター。川越一番街のはずれで、伯父の後を継いで珈琲店〈桐一葉(きりひとは)〉を営む岡野は、店を自分のものとして運営できているのか悩んでいた。相談に乗った川越運送店一番街営業所所長のハルは、ショップカードを作ることを勧め、三日月堂を紹介する。
 弓子と打ち合わせをするうち、高浜虚子の句からとった店名の「桐一葉」から、岡野は回想する。自身も俳句をやっていたこと、そして学生時代の俳句サークルの後輩・原田のこと、そして亡くなった伯父のこと。
 ショップカードは出来上がる。そして弓子のアイディアで作ったコースターも。常連客の声を聞いて、岡野の心は軽くなった。
 星たちの栞。川越にある私立鈴懸学園の教師・遠田真帆は、立ち寄った喫茶店で虚子の句が書かれたコースターを目にする。店主から三日月堂の話を聞いた真帆は、顧問をしている文芸部の部員である村崎小枝、山口侑加の2人を伴い三日月堂を訪れる。
 見学をきっかけに、三日月堂は鈴懸学園の文化祭“すずかけ祭”に出張ワークショップを出すこととなり、文芸部ともども準備が始まる。
 活版印刷の栞を盛り込んだ展示など、文芸部の準備が進められるが、部誌に載せる侑加の原稿が出来上がらない。原稿をめぐる小枝と侑加の関係に、真帆は大学時代に演劇部で一緒だった桐林泉のこと、共に演じた『銀河鉄道の夜』のことを思い出す。
 出張ワークショップのリハーサルを経て、すずかけ祭が始まる。生徒たち、自分と泉の「ほんとうのさいわい」について、真帆と弓子は考える。大盛況ですずかけ祭が終わると、真帆は、演劇を続けている泉の公演に久しぶりに行くことを決めるのだった。
 ひとつだけの活字。川越の市立図書館で司書をしている佐伯雪乃は、幼なじみの宮田友明との結婚を間近にひかえている。後輩に教えられ、鈴懸学園の文化祭で行われた活版ワークショップを訪れた彼女は、祖母の遺品の活字セットを使って結婚式の招待状が作れないかと考えるようになる。ワークショップで知り合った弓子に話を持ちかけるが、平仮名・片仮名それぞれ1セットしかない活字だけで招待状を組むのは難しい。それに友明には別のプランもあるようだった。
 弓子に誘われ、雪乃は祖母の父が営んでいた平田活字店を知る大城活字店を訪ねるが、名案は浮かばない。そんな中で雪乃が思うのは、幼い頃から今までの友明のこと。彼女の追憶に沿うように、弓子もまた自身の来歴を語るのだった。
 招待状は雪乃・友明のプランを折衷したものとなり、2人は文案を練る。遠い過去のわだかまりも解消され、1つずつしか仮名が使えない活字での2人だけの文面は、無事に完成した。

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姫野カオルコ『終業式』の感想

 Twitterで幾人かが読んでいるのを見て、興味を惹かれて読む。ちょうど『錦繍』について書いて、現代で書簡体小説は可能か、ということを考えていたこともあって気になったのである。

 なぜ気になったかといえば、この小説は手紙やそれに準ずるものだけで構成されているためで、そこから現代の書簡体を考える手掛かりになりそうだと考えた、というわけだ。
 ちなみに、読んだものは角川文庫版だが、表紙のデザインが異なり、もっとイラストチックなものだった。私が手に取った方が新しい版なのだと思う。
 書簡体小説がらみの私の思惑がどうなったかは置いておいて、まずはあらすじを示そう。

あらすじ

 差し出された、あるいは書かれながらついに出されなかった、無数の手紙、葉書、FAX、メモ等が物語る。
 地方(恐らくは静岡県)にある濤西高校2年生の八木悦子は、親友の遠藤優子や、気になる男子の都築宏、その悪友の島木紳助たちと日々を過ごす。テスト、教師への憧れ、文化祭、そして初めての両想い。
 卒業を迎え、ある者は無事に進学、ある者は浪人と、離れ離れになっていく彼ら。新しい出会いと恋、深まる孤独、すれ違いや行き違い。しかし、その中でも、直接のやり取りができなければ、友人が仲立ちするなどして、音信は続いていく。
 やがて彼らは社会に出る。早々に身を固める者。道ならぬ恋情に身を焦がす者。自己実現に向けて転職する者。心に深い傷を負う者。またもすれ違いを経て、新たに2つの結婚が成立した。
 しかし、結婚とゴールはイコールではない。少しの違和感、あるいは忘れ得ない想い。それらを織り込んで、それぞれに変化は訪れる。そしてまた、3組の夫婦が生まれた。あの手紙をやり取りしていた頃から、20年が経っていた。

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新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー2』の感想

 間が空いたが2巻についても述べよう。1巻については以下のリンクから。

 まずはあらすじを述べる。

あらすじ

 花火大会3日前の放火は、大事には至らず済んだ。しかし、「ぼく」――卓人(たくと)達がアジトにしている喫茶店夏への扉〉には、またも放火犯によると思われる脅迫状が届けられる。
 何者の仕業なのか考える「ぼく」の周囲で、ほのかな疑惑は漂う。一方、もとより衰退傾向にあった辺里(ほとり)市の地域経済は、一連の火事によって更にその流れに拍車がかかっていく。
 未来に希望が持てず、だから母に東京の大学へ行くことを勧められても前向きになれない「ぼく」の気持ちをよそに、花火大会の日はやってきた。しかしその夜、不意に悠有(ゆう)がどこかへ『跳んだ』のを切っ掛けに、〈時空間跳躍少女開発プロジェクト〉のメンバーは離れ離れになってしまう。悠有を探す過程で繰り広げられる、悠有という現象についての涼の考察――可能性の浸透圧、そして「ぼく」の不安と饗子の苛立ち。『跳ぶ』から『進む』へと、用いる言葉を変えた彼女に、「ぼく」は打ちひしがれ、そして決意する。
 〈プロジェクト〉に付随した、夏休み最後のアクション・プログラム。それが、コージンの同意を取り付け、悠有を説得し、他2人も巻き込んで提案した“「ぼく」が今できること”だった。幾つかのアクシデントに見舞われながらも準備は着々と進み、流星群の夜、ついにプログラムは実行に移される。
 辛くも計画は成功し、「ぼく」とコージンは2学期を弛緩した気持ちで迎えるが、悠有の兄・紘一(こういち)にまつわる出来事は悠有の背中を押す。しかし、“おいてけぼり”に不安を覚えているのは、「ぼく」だけではなかった。姿を消した悠有を探して、「ぼく」は辺里の街を駆ける。

 そして、「ぼく」は彼女を見送る。その後も、「ぼく」の涼やコージンや饗子の人生は続く。もちろん良いことばかりではないが、いつかまた彼女が逢いに来る時を思い、「ぼく」は、あの言葉――“手の届く最良のものをつかまえて、そいつと共に歳をとれ”――を胸に、前を向いて生きている。

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新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー1』の感想

 刊行から数年後に入手し、5年以上積読にしていたものを、不意に読みたくなって引っ張り出してくる。なぜ今そんな気になったかというと、新海誠氏の新作映画のせいかもしれない。それか、Twitterを始めてフォローしたアカウントの幾つかがSF好きだったからかもしれない。あるいは、単に夏のためだろうか。
 「1」「2」という2冊組の本で、1冊ずつ書くつもりである。まずは1巻から。あらすじを示す。

あらすじ

 「ぼく」は思い出す。あの夏、時の彼方へ駆けていった少女のことを。東京から西に隔たった、四方を山で囲まれ、川と旧い城下町と細い水路のある地方都市、辺里(ほとり)市での出来事を。
 その年の春に入学したばかりの県立美原高の“伝統”であるマラソン大会で、「ぼく」――卓人(たくと)の幼馴染、悠有(ゆう)は、ゴールテープを切らずにゴールインするという離れ業をやってのける。この奇妙な現象に「ぼく」らの中で最も興味をそそられたのは、〈お山〉の上に建つ県下に名高い私立聖凛女子学院に在籍する貴宮饗子(あてみや・きょうこ)だった。
 彼女の強力な指揮の下、悠有とその叔母の住まいでもある喫茶店夏への扉〉を根城に、「ぼく」達の非建設的な努力を意味する〈プロジェクト〉が開始される。〈プロジェクト〉のメンバーは、饗子に「ぼく」と悠有、街一番のお屋敷に住む医者の家系の三男坊で、勉強もスポーツもルックスも上々だが饗子に頭が上がらない涼(りょう)を加えたいつもの4人――に加え、高校に入って初めて「ぼく」とまともに口をきいた、数多の逸話を有する辺里の有名人・コージンこと荒木仁(あらき・ひとし)。
 資料(TT〔タイム・トラベル〕もののフィクション)蒐集、悠有がゴールした時のテープ係・萬田への聞き込み、そして悠有による実証実験。徒労に終わるかと思われた〈プロジェクト〉だが、県道での実証実験中、ついに悠有は時空を『跳ぶ』ことに成功する。
 一定の周期で記憶(世界に対する認識)が変わってしまうという難病、ザールヴィッツ=ゼリコフ症候群のために入院中の悠有の兄・紘一(こういち)への見舞いを挟み、悠有の実験は続く。放火騒ぎが続く街と、〈夏への扉〉へのおかしな脅迫状という小事件を見ながらも。
 いつしか悠有は自分の意思で『跳ぶ』ことを覚える。しかし、自分独りでしか、そして未来にしか『跳べ』ない悠有に、「ぼく」はある不安を感じ始める。
 そして花火大会の3日前、またも火は放たれ、悠有は自らの力の意味に気付くのだった。

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水村美苗『続明暗』の感想


(2004年11月読了)

 以前、ある程度まとめて漱石を読み、そのまま漱石のパロディやオマージュも探したりしたのだが、それらの発見順では4つ目になるだろうか。絶筆『明暗』の続き、という設定で書かれた小説である。『明暗』を読んだのが前年のことなので、傍らに原作を置いて読み返しつつ読んだ。

 読んだのは残念ながら新字新かなの文庫版だが、単行本は旧字旧かならしい。どこかで見かけたら確認はしてみたい。それはそうと、まずはあらすじを示す。

あらすじ

 東京から離れた温泉宿で、津田と清子は再会した。
 互いに相手の心中をはかりかねつつも、同宿の安永という男女を交え、数年前に女性の入水自殺があったという滝を見に行くなど、2人は表面上穏やかな日々を過ごす。安永たちが間もなく帰るということを知り、津田は清子と2人きりになれると内心ほくそ笑むが、清子に接近しようとする津田に対し、清子はやんわりと距離を置こうとする。
 一方、東京に残されたお延は、叔父の岡本からの援助で金に余裕ができたこともあり、夫不在の寂しさ紛れに呉服を買うなどして過ごしていた。しかし、津田に温泉行を薦めた本人である吉川夫人の訪問を受け、抑えていた不安がいや増していく。津田の滞在先に向かおうと金策を始めるお延だが、翌朝、改めて吉川の家に呼び出された彼女は、ついに津田の過去の秘密を明かされる。打ちのめされたお延は、雨の街を彷徨い帰宅する。と、そこには朝鮮行きの暇乞いに来た小林がいた。小林が夫婦の仲を裂こうと画策した犯人と考えたお延は喧嘩腰の応対をするが、小林が語ったのは思いもよらないことであった。ともかくも夫に会いに行こうと考えたお延は、暗い鉄路を出発する。
 出立する安永たちを送りがてら遠出した津田と清子は、その帰りの馬車の中で多少打ち解けて話す。しかし、話題が清子の夫(津田の友人でもある関)に及ぶと、津田は病院で偶然に関と会った時の事を思い出しながら、自分を捨て関を選んだ清子への攻撃を始める。清子は態度を硬化させた。
 それまでも津田が来たことを訝しんでいた清子は、東京に帰ると言い出す。引き留める津田。そして嵐の翌朝、清子を追ってきたあの滝壺で、津田はずっと問いたかったこと――なぜ、清子は自分から去り、関と夫婦になったか――を訊ねる。それに対する清子の答えは冷ややかだった。
 納得のいかない津田は食い下がるが、その時、お延が姿を現す。初めて3人が揃うが、ほどなく清子は去っていった。
 宿に戻った津田とお延の間に会話は少ない。津田の温泉行を唆したのが吉川夫人であることを知ったお延は、前日、雨に長く当たったこともあり風邪気味となって床に伏せる。津田はお延との関係を修復しようと試みるが、失われた信頼は回復せず、お延は押し黙ったままである。
 そこに津田達を心配した岡本の依頼を受け、津田の妹・お秀と小林の2人がやって来る。お秀は夫婦の自己保身に満ちた態度を批判し、小林はそんなお秀と津田達をとりなしつつ、津田の10円が朝鮮での仕事を得ることに繋がったことを感謝し、「お延さんを大事にしなくちゃ不可(いか)ん」と告げる。津田は請け合わなかった。
 翌朝、津田の体調は悪化し、お延の姿は消えていた。宿の者や、津田の依頼を受けた小林たちが探しに出る。津田は、お延が最悪の決断をしてしまったように感じる。どうにか起き上がりお延を探しに出た津田だが、ただ歩くしかできなかった。
 明け方、情けなさに宿を出たお延は、滝壺で死を思う。しかしそのまま夜を明かし、山中に分け入っていく。死ぬ気はなくなっていたが、生きたいとも思っていなかった。
 お延の絶望に何ら気を止めることなく、自然は広がっている。これからどうすればいいのか解らないお延の上に、地上、人間、世間から離れた天が、果てしなく広がるだけだった。

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