何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

霧舎巧『ドッペルゲンガー宮《あかずの扉》研究会流氷館へ』の感想


(2004年11月読了)

 もっと新本格ミステリを読もうと思い、手に取る。作者は本作によって1999年にデビューした「20世紀最後の新本格派新人」とのことである。当時、日曜に読み出し、その日のうちに残り100ページまで読み進め、翌月曜の深夜に読了した。とある大学の《あかずの扉》研究会なる面々が登場するシリーズの1作目である(そして、作者にとってはデビュー作でもある)。まずはあらすじを示そう。

あらすじ

 ミステリマニアの二本松翔(にほんまつ・かける)は、北澤大学に入学する。さっそく推理小説研究会に入会しようと足を運ぶが、ふとしたことから《あかずの扉》研究会なる団体の面々と知り合うことに。風変りなメンバーに惹かれた翔は、目当ての会が消滅していたこともあり、《あかずの扉》研究会への入会を志望し、どうやら認められる。
 鋭い推理力を有する会長の後藤悟(ごどう・さとる)、自称名探偵の鳴海雄一郎(なるみ・ゆういちろう)、どんな鍵でも開錠できるジョーマエこと大前田丈(おおまえだ・じょう)、霊能力らしきものを持つ森咲枝(もり・さきえ)、自称「広報」にしてエキセントリックに翔を翻弄するユイこと油井広美(ゆい・ひろみ)といった《あかずの扉》研究会メンバー――とりわけユイと翔が打ち解け始めた頃、会のドアノブをノックする者があった。訪問者は、お嬢様学校である純徳女学院高等学校の教諭・遠峯幸彦。彼の用件は、1年前に突然実家に帰り、そのまま戻ってこない氷室涼香(ひむろ・りょうか)という生徒を、探して欲しいというものであった。
 千葉県にある涼香の実家とは、彼女の祖父の実業家・氷室流侃(――・りゅうかん)の館である《流氷館》。1年前、流侃主催の推理サークル《隣の部屋》の推理イベントに乗じて行方が分からなくなったのだという。今年も催される推理イベントに参加すれば涼香と再会させる、という流侃の招待状に不審をおぼえ、遠峯は後堂たちを頼ってきたのだった。
 後堂は依頼を受けることを決め、まず鳴海を遠峯と一緒に先行させる。時を同じくして、予期せぬ訪問者もまた、流氷館を訪れる。鳴海の闖入は推理イベントに集った面々を面食らわせるが、そんなことなど些細なものと嘲笑うかのように、惨劇が始まろうとしていた。
 やがて、ようやく翔たちが流氷館へ到着する。しかし、彼らを迎えたのは無人の館だった。携帯電話が繋がった鳴海はしかし、自分たちは今も流氷館に居り、閉じ込められている、と言う。そして、混迷と戦慄が連なっていく。
 県警がやってきて捜査を始めるが、“もう1つの流氷館”の正体はつかめず、刻々と時間は過ぎる。鳴海たちの居る“もう1つの流氷館”で次第に狂乱と絶望が支配的となっていく中、後堂が推理を展開し、翔とユイがそれを助け、咲枝と丈もそれぞれの能力を発揮して真相に迫っていく。
 2つの館の謎が解けた時、ついに後堂は指摘する。《隣の部屋》の同人誌に記された小説『そして誰もいなくなるか』と奇妙にリンクした、一連の出来事の真実を。

感想

 文庫版で600ページオーバーなのに、この読み易さはなんだろう。当時ネット上の書評で指摘されていたように、確かに文章はあまり巧くないと思う。良くも悪くも表現がイージーなのだろう。その“軽さ”のためか、どんどん読める。
 文章については評価が分かれるところだと思うが、描写や推理のディテールに関しては、些末ながら見逃せない問題があるように感じた。幾つかあるのだが、例えばモノクロ画像から実際の服の色を推測できないのでは、とか、日光過敏症に抗生剤を投与するのだろうか、といったものである。特に前者については私の仕事の範疇でもあるので、どうしても気になった。もしそれが可能であるのなら、グレースケール化された画像データをカラーに戻せるということになるが、この小説が書かれて15年以上が経過した2016年においても、恐らくそれは実用化されていないだろう。
 さらに言えば、文章の軽さとはまた違った次元での“死の軽さ”が、私には気になった。逆に言えば重々しさが乏しいのである。ジェットコースターのように殺されてしまうのだ。こうした死の扱いは、“ミステリ好きの老実業家が住まう奇妙な館で殺人事件が起こる”という筋書から発生する、おどろおどろしい雰囲気を削いでいる気がするのだが、どうだろうか。
 一方、良いと思った点もある。物語に携帯電話を積極的に取り入れるなど、ミステリでは敬遠されがちな(2016年ともなった現在は、そうでもないのかもしれないが)現代科学的な要素に対して臆病でないことである。前述のグレースケール画像の件は若干勇み足ではあるものの、こうした路線に基づいたミステリが書かれるのは生産的だと思う。

 人物についても少し書こう。
 主人公の翔だが、これは新本格では半ばお約束のようなミステリファンにしてワトソン役の少年である。これまで読んだもので言えば、有栖川有栖の学生アリスシリーズにおけるアリスとか、『密閉教室』の工藤順也と同列であると思う。

 名探偵役の後堂だが、江神二郎を敬愛する私には、話しぶりや推理の論理性などは江神の方が好ましいと思った。後堂も江神と同様、複雑な事情がありそうな人物なのだが、その辺りのことがもう少し掘り下げて書かれていたら、また印象が違ったのかもしれない。
 このことは《あかずの扉》研究会の他のメンバーにも言える。大学の中にある団体なのに、各人の学生らしい様子が殆ど描かれていないのである。そのために表面的なキャラクターという印象が先に立ってしまい、もうひとつ感情移入ができないことに繋がっているように思えた。ジョーマエや咲枝など、特殊技能を持つ人物の学生生活の様子など、少しでいいので読んでみたかった。
 ヒロインのユイこと油井広美にも同じことが言えるが、他の人物よりも描かれている情報が多いために、まだ彼女のことが分かりやすかった。私が学生の頃にも、ユイのように天邪鬼なことを言ったりやったりして、ちょっと心境が不安定な女性というのは割と居たように思う(さすがにシャボン玉を吹いたりはしなかったけれど)。
 その言動のために、少なくともネット上では、あまり「好きだ」という人は居なさそうな彼女だが、これはこれで良いと私は思う。翔との関係には、けっこうな湿度を感じさせられる。特に中盤の「二番目」をめぐってのやり取りは、その最たるものと言えるだろう。

 苦言も呈したが、デビュー作であることを考慮するならば、許容できる読者も多かろうと思う。この《あかずの扉》研究会シリーズは現在(2004年当時、そして2016年となった今も)4作目まで書かれているようなので、登場人物たちのその後とともに、作者の上達を追いながら読み進めるのも良さそうである。

 

 

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