池澤夏樹『南の島のティオ』の感想
とある南の島のホテルの息子、ティオ少年を話者とした連作短編。収録作の「星が透けて見える大きな身体」は中学2年か3年の国語の教科書に載っていて、授業でもやったと思う。
その「星が透けて…」がこの連作のうちの1つだと知って以来、いつか読みたいと思っていたが、何だかんだと読めずにいた。この度(2003年)めでたく全編を読了した。
シリアスな文明論だった処女作『夏の朝の成層圏 』(当該記事)と対を成すような、ほんわかとした南の島の自然と精霊と、戦争の記憶という感じだろうか。話に出てくる人はほとんどが呑気者である。そこがいいんだけど。
ちなみに、もともと児童文学だからだろう、青い鳥文庫でも出ている。
10つの短編が入っているので以下簡単に各編のあらすじを紹介する。
あらすじ
「絵はがき屋さん」。島を訪れた不思議な絵はがき屋。宣伝効果抜群だという絵はがきを、半信半疑ながらティオのホテルでも作ってもらうことに。
「草色の空への水路」。モーターボートが普及して、安全な航路に標識を立てようということになる。ティオの父や男たちが協力して水路はできるが、神様に断っていなかったことで波乱が起こる。
「空いっぱいの大きな絵」。島の子ども達の前に現れた奇妙な男。その男の花火は火をつける度に不思議な光景を見せた。そして少女が1人、消えた。
「十字路に埋めた宝物」。島にも舗装道路を作ろうということになり、工事が終わったが、政庁前の交差点の道路がさっそく掘り返されてしまう。
一方、ティオたちの少年野球チームはグローブがヘボいせいで隣(といっても1,000km離れている)のトーラス環礁のチームとの試合でサヨナラ負けを喫するのだった。
「昔、天を支えていた木」。毎年ティオに届けられる手紙。それは、かつて島に来た妙齢の女性からのものだった。彼女が手紙でティオと無職のヘーハチロに頼むのは、かつて島を訪れた時に見つけた1本の流木を見守って欲しいということだった。
「地球にひっぱられた男」。トーラス環礁の経営者のヘルナンデスは、ティオの島から帰ろうと飛行機に乗るが墜落してしまう。島の変人カマイ婆によれば、彼は落ちるさだめのようで。
「帰りたくなかった二人」。ティオの島を訪れた若い男女。島が気に入ってしまい、気に入り過ぎて帰りたくなくなってしまう。仕事まで辞めてしまうが帰ることに。ぎりぎりの選択。
「ホセさんの尋ね人」。戦争の頃に出会い、離れ離れになってしまったマリアという女性を探しにティオの島にやってきたホセさん。意外と早く手がかりは見つかるが、遅すぎたのか、これでよかったのか。
「星が透けて見える大きな身体」。島の医者アンドー先生の4歳になる娘アコの病気が思わしくない。命の危険を感じたヨランダとティオはカマイ婆のもとへ。アコを連れていこうとする天の者と談判することになるのだった。
「エミリオの出発」。大きな台風で被害の出たククルイリック島から、ティオの島に避難民が来た。その1人エミリオとティオは友達になる。昔ながらの生活をするエミリオは、やがて自ら作ったカヌーで自分の島に帰るという。
感想
「星が透けて…」は別格とすると、「昔、天を支えていた木」、「ホセさんの尋ね人」あたりが最も好ましかった。
前者は表面的には風変りなアーティストの依頼を受けて流木を見張るという話だが、イメージとしては世界樹なのだろう。後者はベタと言えばベタベタな、かつての想い人を探す話。男と女が想いあって、それでも離れ離れになる哀しみはどこでも一緒だな、と。
無粋極まりないが、このティオの島はどこなのか少し考えてみる。作中に出てくるトーラス環礁はトラック環礁、アンス環礁はアンツ環礁であろう。そうするとミクロネシア連邦のポーンペイ島かと思う。
上製本の見返しには島の地図が描いてあるが、島の形からみても間違いないだろう意外とすっぱりと答えが出て微妙な気分だ(理不尽な話である)。
ただし、作中でこの島から600km南下した先にあるとされているククルイリック島は見当たらない。
作品中でも、押し寄せる近代化西欧化の波に島の人々や精霊は従ったり抗ったりしているが、いま現在、現実の南の島で、ティオの島のような社会は残っているだろうか。彼の島は、もはや原義通りの意味でユートピアというやつなのかもしれない。