何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

ひびき遊『ガールズ&パンツァー3』の感想


(2019年3月読了)

 引き続き、ライトノベルガールズ&パンツァー』の3巻について書く。これにて最終巻となる。例によって概要を示し、それから感想を綴ろう。

概要

 必勝を祈願した“あんこうチーム”ご飯会の直後。早々と後片付けと身支度を済ませて寝床に入った沙織は、チームメイトたちのことを思いながら眠りに落ちていった。

 その少し前。寮に戻る途中だった華は、帰り道に一緒になった優花里を部屋に誘う。珍しく一対一で語り合う砲手と装填手。語らいの中、華は砲手としての未熟を自ら悟る。長砲身で射撃を「当てる」感覚を養ってもらおうと優花里が提案してきたのは、『World of Panzer』――戦車戦を疑似体験できるオンラインゲームだった。
 歴女チーム、ゲーマーチーム、一年生チームもログインして、華にとって初めての仮想空間での戦車戦が始まった。戸惑いながらも、優花里と二人三脚による戦車の操縦を覚えていく華。
 一戦終えて一息ついた時、華と優花里にマッチングをリクエストしてくる2人のユーザーが居た。10対10の戦車戦が繰り広げられる中、挑戦者の1人、イギリスのレア戦車・ブラックプリンスを駆る謎のユーザーは、会話機能で格言を表示させながら撃破を重ねる。4対2に追い込まれる華たち。二転三転する戦いの末、華の砲撃はついにブラックプリンスを捉えた。そして彼女は、自らに欠けていたものを悟るのだった。

 同時刻。冷泉麻子は、『World of Panzer』の画面から目を離した。眠気が来ない。
 彼女が居るのは大洗女子学園内の合宿施設。風紀委員で何かと麻子を目の敵にするソド子――園みどり子が、朝に弱い麻子を思って手配してくれ、風紀委員3人揃って付き添いまでしてくれているのだ。
 眠れない麻子のため、ソド子は夜のジョギングを提案するが、それも効果は今ひとつ。その時、ふと聞こえた怪音に麻子は怯える。しかし、それはバレー部チームが暗闇で練習をする音だった。無断で居残っていたことにソド子は怒る。
 うまくいかない麻子の眠気喚起だが、ソド子は諦めない。彼女もまた、麻子が決勝戦の鍵を握ると理解していた。その責任感の強さは、麻子に自らの亡母――喧嘩別れとなってしまった母を思い出させるのだった。
 またも異音が聞こえ、2人は怯えるが、それは自動車部チームが自分たちの乗る戦車・ポルシェティーガーの手入れをする音だった。やはり無断で居残っていた自動車部にソド子の怒声が飛ぶ。
 疲れ切ったソド子を連れ、麻子は合宿施設に戻った。眠気で支離滅裂なことを言うソド子に、麻子は自分の進路希望について話す。ソド子もまた本心を語り、優勝のあかつきには麻子の総計3桁におよぶ遅刻履歴を消去すると約束した。
 翌朝、風紀委員3人がかりで麻子を起こそうとするが、なかなか目が覚めない。彼女を覚醒させたのは、たった1人の身内である“おばぁ”の、電話での怒鳴り声だった。

 午前5時半。時間ぴったりに沙織は集合場所に着いた。仲間たちも揃っている。隊長のみほは、既に臨戦態勢に入っていた。港から戦車ごと鉄道に揺られ、沙織達は決戦の地、富士山のふもとにある試合会場に到着した。
 試合開始の直前、黒森峰の副隊長・逸見エリカが、みほを挑発する。8対20。大洗女子の圧倒的な数的不利のもと、決勝戦の火ぶたは切って落とされた。
 ほどなく黒森峰の激烈な火力にさらされ、大洗女子は浮き足立つ。みほは「もくもく作戦」「パラリラ作戦」「おちょくり作戦」を矢継ぎ早に指示し、これに対処した。
 大洗女子が川を横断しようとした時、自らのトラウマを抉る事態が発生し、みほは逡巡する。しかし、沙織は、チームのメンバーは彼女の背中を押した。仲間は見捨てない。それが、みほと大洗女子が見出した“戦車道”だった。

 試合は市街戦へと移った。姿を現した黒森峰の超重戦車・マウスに、大洗女子の戦車は相次いで擱座していく。
 しかし、そのマウスすらも陽動と見抜いたみほは、フラッグ車同士の決戦を企図。市街地の中心に急行し、敵フラッグ車であるティーガーⅠを発見した。“あんこうチーム”のⅣ号戦車と、黒森峰の隊長にしてみほの姉、西住まほ達の駆るティーガーⅠとの一騎打ちが始まる。
 自らの実力を上回る者を相手に、みほの心は折れかける。しかし、仲間たちの声が支える。みほの指揮、沙織の地形判断、麻子の操縦技術、優花里の装填、華の砲撃。全てが噛み合ったゼロ距離射撃は、ついにティーガーⅠに白旗を挙げさせた。

 それぞれのやり方で、大洗女子の面々は勝利を喜んだ。ぼろぼろになったⅣ号線車に、“あんこうチーム”の面々は感謝の意を表した。そして、姉は手を差しだし、妹は応じた。
 表彰式。かつて自分たちを訓練してくれた戦車道の教官で、この日は審判をしていた蝶野から、みほは優勝旗を受け取る。祝福に沸く観客席には、これまで戦った各校の隊長達の姿があった。そして、昨年の決勝戦で、水没した戦車からみほが助け出した当の本人からも、感謝の意が明かされた。

 大洗女子は大洗町へ凱旋する。大勢の見物人の中、イケメンが居ないか期待する沙織だったが、仮設スクリーンに流れで映し出された自分達の「あんこう踊り」に慌てふためく。イケメンを射止めるため、来年も優勝しようと心に誓う沙織だった。

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ひびき遊『ガールズ&パンツァー2』の感想


(2019年2月読了)

 過日に引き続き、ライトノベル作品『ガールズ&パンツァー』の2巻について、概要と感想を記したい。それでは早速、概要から行こう。

概要

 「第63回戦車道全国高校生大会」第2回戦を前に、武部沙織たち大洗女子学園の戦車道履修者は、学園艦内を改めて探索し、Ⅳ号戦車用の長砲身と、忘れ去られていた戦車2台を発見した。

 新しい戦車に乗る生徒の目処は立たないまま、2回戦は始まる。相手校は、イタリアの戦車で編成されるアンツィオ高校である。大洗女子は、長砲身に換装したⅣ号戦車の待ち伏せ戦術で首尾良くこれを降し、3回戦――準決勝への進出を決めたのだった。

 これまで思い思いのカラーリングでやってきた大洗女子の戦車たちだったが、これまでの試合で塗装が剥げかかったのを機に、オリジナルカラーに戻すことが提案される。その代わり、お互いの識別用として各車にシンボルマークを入れることとなった。
 そんな時、かつて練習試合で胸を借りた強豪校・聖グロリアーナ女学院のトーナメント敗退が報じられ、一同はショックを受ける。

 試合である以上、勝者がいて敗者がいる。その事実は、隊長を務める西住みほに苦い記憶を思い起こさせた。昨年、彼女が戦車道の名門・黒森峰の副隊長として、大会準決勝に出場した際の失策。水没しそうになった自チーム戦車の救出を優先したために、勝利を逃したことが、彼女が大洗女子に転校してきた理由だった。
 秋山優花里は当時のみほの判断を評価し、沙織たちも同意する。勝ち負けよりも大切なことがあるという彼女たちの考え方を、しかし生徒会の面々は肯定しない。「負けたら終わり」という生徒会広報・河嶋の言葉が不穏に響いた。

 新たに発見された戦車のうち1台、ルノーB1 bisの乗組員が募集され、その校内放送を観ながら、沙織たち“あんこうチーム”の面々は昼食を摂る。沙織は、無線のことやチームメイトである五十鈴華の食事量のことなどを考えながら、冷泉麻子が自らの家族の事情を明かし、みほを諭すのを見ていた。

 学校からの帰り際、沙織は生徒会三役にひとり誘われ、会長室であんこう鍋をごちそうになることとなる。生徒会長・角谷杏(かどたに・あんず)によるあんこう鍋は美味だったが、そんなことなど吹き飛ぶ事実を知らされ、沙織は驚愕した。大切なことを隊長であるみほに伝達する役目を、沙織は無茶ぶりされてしまったのだ。
 話を切り出せぬまま、準決勝は明日に迫った。新たに戦車道のメンバーとなった風紀委員3人組ともども、雪中での試合に備え、一同は防寒装備を調える。

 雪原で、準決勝は始まろうとしていた。相手校は、旧ソ連の戦車から成るプラウダ高校。隊長のカチューシャと副隊長のノンナが試合前の挨拶に訪れ、その挑発に大洗女子の面々は憤慨する。
 試合が開始されると、いきり立った一同に押される形で、みほは速攻を選択。それが功を奏したか、大洗女子は立て続けにプラウダ高の戦車を撃破していく。
 が、それはカチューシャの仕掛けた罠だった。追い詰められ、大洗女子はやっとのことで廃教会に立て籠もる。

 プラウダ高の“特使”は大洗女子に土下座を勧告してきた。徹底抗戦か降伏か、判断に迷うみほに、多くの者は降参を勧めようとする。しかし、生徒会の河嶋は頑なに負けを拒否した。
 困惑する生徒達を見て、杏は真実を告げる。全国大会で優勝しなければ、大洗女子の日常は潰える、と。
 みほは落胆する一同を励まし、態勢を立て直すべく指示を出す。応急修理と偵察を終え、準備は整ったものの、天候の悪化で試合続行が危ぶまれる。低下する大洗女子の士気を復活させたのは、みほの恥を忍んだパフォーマンスだった。

 天候が回復し、大洗女子にとっての最後の賭けである「ところてん作戦」が始まる。息詰まる接戦を制したのは、彼女たちだった。高飛車だったプラウダ高の隊長カチューシャは、ついに大洗女子を認め、みほに握手を求めた。

 準決勝翌日。気が抜けてしまったものの、沙織は翌日に迫った試験の準備に追われていた。アマチュア無線二級。通信手として、やれることを考えた末の挑戦だった。助けを求められて訪れた麻子と、二人三脚の試験対策が続く。
 試験の次の日。疲れ切った沙織はそれでも、華が母――華道の家元で戦車道を嫌っていた――と和解したという話を聞いて喜んだ。

 以前見つかりレストアされていた戦車・ポルシェティーガーが、整備を担当していた自動車部の操縦によって試合に加わることとなり、さらに再度の戦車捜索で見つかった三式中戦車も、戦車ゲームで鍛えたという沙織の同級生の猫田らゲーマー3人によって戦力化される。
 これで大洗女子の保有戦車は8台。既存の戦車の一部にも義援金をつぎ込んだ改造パーツを取り付け、決勝戦の準備は整った。

 決戦を明日にひかえ、みほの言葉に一同は奮起する。その夜、沙織の部屋で催された“あんこうチーム”のご飯会では、ゲンを担いでトンカツが饗され、沙織の努力が見事に実を結んだアマチュア無線二級の免許が話題に花を添えた。彼女たちだけでなく、大洗女子の8チーム全てが、それぞれのやり方で明日の勝利を祈っていた。

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ひびき遊『ガールズ&パンツァー1』の感想


(2019年2月読了)

 原作に当たるアニメーションのことは以前から知っていたのだが、観る機会に恵まれなかった。先般(といっても、もう1年以上前の話になるが)、知人によって希望が叶えられ、テレビシリーズと後発のOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ。もちろん今日ではDVD等の媒体が普通だろう)、2015年公開の劇場版までを観ることができた。

 そのとき、同作のライトノベル版も借りられたので、併せて読むこととした。概ねテレビアニメの物語に沿う形のノベライズで、全3巻である。まず今回は1巻について扱うこととして、概要から記載する。

概要

 空母の甲板に学園都市を載せた“学園艦”が洋上に浮かび、戦車での模擬戦を行う“戦車道”が、茶道や華道と並んで女子の嗜みとして行われている世界。
 茨城県大洗町を本拠地とする学園艦・大洗女子学園の2年生、武部沙織(たけべ・さおり)は、生徒会が復活させようと画策する戦車道のプロモーション映像を見たことで興味を持ち、必修選択科目として戦車道の履修を決める。彼女の目的は、すばり“異性にモテること”だった。

 長いこと戦車道が行われていなかったため、学園内での戦車探しからしなければならなかったが、いよいよ実際に戦車を動かす日が訪れ、沙織の意気は上がる。「華道よりアクティブなことがしたい」と戦車道を選択した友人の五十鈴華(いすず・はな)、戦車に並々ならぬ情熱を抱く秋山優花里(あきやま・ゆかり)、戦車道の家元・西住流の娘で戦車道経験者でもある転校生・西住みほ(にしずみ・――)。それが、沙織とともに戦車――Ⅳ号戦車D型――に乗り込むチームメイトである。
 生徒会三役による生徒会チーム、バレー部復活を誓う4人のバレー部チーム、歴史好き4人の歴女チーム、1年生ばかり6人の1年生チーム、そして沙織たち。それぞれ寄せ集められた戦車に乗るこの5チームにより、大洗女子の戦車道は再開された。

 生徒会が自衛隊から招いた特別講師・蝶野亜美(ちょうの・あみ)により、いきなり校内での練習試合が催されるが、急ごしらえの役割分担ながら沙織たちは奮闘、沙織の友人で学年主席の冷泉麻子(れいぜい・まこ)の飛び入りもあり、見事に単独勝利を収めた。沙織たちのあの手この手の説得により、麻子は正式にⅣ号戦車の操縦手として参加することとなる。

 通信手を担当することとなった沙織は、その夜、自分にできることを考える。蝶野の助言も踏まえ、彼女は自分なりのやり方で戦車内の快適化を提案するが、他チームもそれぞれ思い思いのカスタマイズを行っていた。
 その型破りなやり方に優花里は頭を抱え、戦車道の強豪校から来たみほは新鮮なものを感じていた。戦車道をやっていて「楽しい」と感じたのは、彼女にとって恐らく初めてのことだった。

 戦車道の基礎を習得し始めた一同だが、その上達を待たずに生徒会は他校との練習試合をセッティングした。相手校の名は聖グロリアーナ女学院。全国大会準優勝の経験もある強豪校である。
 時期尚早ではないかという思いが交錯する中、早朝6時という集合時間に麻子が難色を示し、戦車道を辞めると口にする。“午後からの天才”という二つ名通り、彼女は朝が弱いのだ。
 さらに、大洗女子の隊長となったみほから、試合に負けたら「あんこう踊り」を披露するはめになったことを知らされ沙織は愕然とする。が、どうにか麻子は集合時間に間に合い、全員揃って対グロリアーナ戦に挑む。

 イギリスの戦車によって編成される聖グロリアーナは練度も高く、大洗女子は浮き足立つ。みほは隊長として大洗町での市街戦を指示するが、大洗女子の戦車は徐々に数を減らし、沙織たちのⅣ号戦車が最後まで奮闘したものの、及ばなかった。
 惜敗は悔しいものだったが、聖グロリアーナの隊長・ダージリンはみほの実力を認め、友好の証である紅茶の缶を残して去って行った。ペナルティの「あんこう踊り」も屈辱的ではあったものの、試合を終えた大洗女子は一つにまとまりつつあった。

 練習試合を終えてほどなく、今度は公式戦である「第63回戦車道全国高校生大会」が近づいてきた。組み合わせ抽選会の場で、みほに声をかけてきたのは、彼女の実の姉である西住まほ。前回の準優勝校で、みほも以前は在籍していた黒森峰女学園の隊長である。

 姉との再会に苦いものを残しつつ、みほが引き当てた第1回戦の対戦校はサンダース大学附属高校。アメリカの戦車で編成される金満学校だった。
 みほは、戦車保有台数全国一位というサンダース大付属に脅威を感じるが、優花里の情報収集により活路を見出す。一方の優花里は、初めて自宅に訊ねてくれる友人達ができたと喜んだ。

 更なる実力アップのため、大洗女子は蝶野に徹底指導を依頼し、厳しい練習に食らいつく。お揃いのパンツァージャケットも出来上がり、士気は高揚した。

 そして始まった大会第1回戦。南の島を舞台とした試合は、サンダース大付属の優勢に進んでいく。違和感を覚えたみほは、そのからくりを看破し、逆手にとった戦術に出る。そして、Ⅳ号戦車の砲手・華の射撃は、ぎりぎりのところで相手フラッグ車を捉えた。
 試合後、サンダース大付属の隊長・ケイは部下の監督不行届きを詫び、爽やかなものを残して去っていく。次なる2回戦の相手校は、イタリアの戦車で編成されるアンツィオ高校と決まった。

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野村美月『下読み男子と投稿女子』の感想


(2017年6月読了)

 先日の『死の淵を見た男』の感想(当該記事)で、福島出身の作家の1人として野村美月氏の名前を挙げた。同記事にそういうことを書こうと構想している段階で、俄かに野村氏の作品が読みたくなり、積読から本書を取り出して、『死の淵を見た男』について書き進めるのと並行して読了した次第である。

 文芸作品の新人賞の予選のようなものとして、著名な審査員ではなく編集者や出版関係者が応募原稿を読む「下読み」という段階が存在する。私は未経験だが、知人のライター氏などはたまにやっているようである。
 本作の作者である野村美月氏もまた、その下読みの経験が豊富なようである。その経験を、本領である少年と少女の清新な交流ストーリーに織り込んだのが本作と言えようか。
 まずは例によって、本作のあらすじを記す。

あらすじ

 風谷青(かぜたに・あお)は、平凡な男子高校生。しかし彼には秘密のアルバイトがあった。あまり人に言えないゲームのクリエイターである叔父・朔太郎のコネで周旋してもらうようになった、そのバイトとは一次下読み――ライトノベルの新人賞に応募してきた原稿を最初に読み、二次選考に送るか否かを判断する仕事――である。
 拙くとも、巧くとも、どんな物語でも読むのが大好きな青は、この「夢のような」バイトを楽しみ、休日返上で没頭していた。あるとき手にした投稿作『ぼっちの俺が異世界で、勇者で魔王でハーレム王』のプロフィールには、覚世ロイという筆名と、見知った名前の本名が書かれていた。氷ノ宮氷雪(ひのみや・ひゆき)。フォント変えや顔文字、多重カギ括弧に擬音に空白ページなどラノベ的な手法の乱舞するこの原稿を、本当に氷雪が書いたのか? 美人で優等生で、近寄りがたい孤高な印象からクラスでは“氷の淑女”と呼ばれている、あ氷ノ宮氷雪が?
 驚きつつも、守秘義務から直接たしかめることもできない青は、どうにかして覚世ロイ=“氷の淑女”であることを確かめようとするが奏功しない。しかし、とあるアクシデントをきっかけに氷雪は自ら青に接近し、そして依頼する。「わたしに、ライトノベルの書き方を教えて下さい」と。
 過去5回の投稿は全て一次選考選外。厳格な祖母のもとで気詰まりな生活を送り、心ない下読みの評価シートによって自身の作品への評価も低い氷雪を励ましつつ、青の原稿アドバイスが始まる。目指すは、2か月後が投稿締切である英談社スター文庫新人賞での、まずは第一選考通過である。
 ブレインストーミング、コンセプトの決定、世界観やキャラクターの設定、プロットの作成、台詞や表現の指導、――伏線の張り方。青のアドバイスを受けて、氷雪の創作は進んでいく。取材で訪れた水族館や、打ち合わせを繰り返す喫茶店で語られる、彼女の生い立ちや母・祖母との関係。“氷の淑女”に見えていた彼女の素顔に知らず青は惹かれ、全ての物語を愛する青の広々とした心に、氷雪もまた思慕をつのらせていく。
 ささいな勘違いがあったり、氷雪の祖母の本心に気付いたり。面倒くさくもかけがえのない日常を重ねながら、氷雪の原稿は完成に近づく。綴られる物語の終わりは、青と氷雪の共同作業の日々の終わりをも意味していた。
 特別な毎日が終わりを告げ、離れ離れになった氷雪のもとに、1通の封書が届く。それは、彼の真摯で愛着のこもったある仕事の結果だった。
 ある物語は終わり、しかしまだ物語は続いている。

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ほしおさなえ『活版印刷三日月堂』の感想

 1つ前の『終業式』と同じように、Twitter上で言及されているのを複数回見て、たまには最新刊を読もうと思い手に取った。活版印刷を営む若い女性を中心に描かれた連作短編集である。
 活版印刷というと、思い出す事が2つある。あらすじの前に、それを書き留めておこう。
 1つは、高校の新聞部に居た頃に年2回の頻度で作っていた活版新聞である。
 通常は部室で版下を作って印刷室の印刷機で作っていたのだが、2学期と新学期の頭に、近所の活版屋さんに頼んで活版印刷で8面ほどの新聞を作っていた。わざわざ活版屋に入稿する必要のある活版新聞は、通常のものよりも作るのに時間がかかり、当時の私はあまり好きではなかったのだが、今になって思えば相当貴重な経験だったのだろう。
 もう1つは、父方の祖父の記憶である。
 祖父は私の生家のほど近くに住んでおり、私が幼い頃は、そこでごく小規模な印刷業を営んでいたようだ(それが本業だったのか、今となっては分からない)。上がり框の傍らに、本書p.217の写真のような小型印刷機――手キン(私も名前は本書を読んで初めて知った)――を置いて、近所の個人や店舗の名刺や年賀状などを刷る、本当に小さな印刷屋だった。両親が共稼ぎだった私は、しばしば祖父の家に預けられたものだが、戦争から帰って急に酒好きになったという、私の知る限り概ね笑顔だった祖父が、ゆいいつ真剣な表情を見せる印刷の仕事を見るのは好きだった。祖父は私に活字の大きさやら並べ方やらを手解きしてもくれ、思えば私の編集者人生のようなものはその時からと言えるかもしれない。
 さて、前振りが長くなったが、各話ごとのあらすじを示す。

あらすじ

 世界は森。川越の街の配送会社で働く市倉ハルは、ある日ジョギング中、閉店した活版印刷所・三日月堂に越してきたという、かつての店主の孫娘・弓子と出会う。ハルと同じ会社で働き出した弓子だったが、ハルの息子・森太郎(しんたろう)の卒業祝いの話から、三日月堂印刷機を動かすことになる。
 一方ハルは、北海道の大学へ行く息子の独り立ちに、寂しさを抱く。しかし、弓子の尽力で感性した森太郎の卒業祝いは、親子のわだかまりを解きほぐす。そしてまた、今度の仕事で祖父の後を継ぐことを決めた弓子は、三日月堂を――活版印刷の再開を決意するのだった。
 八月のコースター。川越一番街のはずれで、伯父の後を継いで珈琲店〈桐一葉(きりひとは)〉を営む岡野は、店を自分のものとして運営できているのか悩んでいた。相談に乗った川越運送店一番街営業所所長のハルは、ショップカードを作ることを勧め、三日月堂を紹介する。
 弓子と打ち合わせをするうち、高浜虚子の句からとった店名の「桐一葉」から、岡野は回想する。自身も俳句をやっていたこと、そして学生時代の俳句サークルの後輩・原田のこと、そして亡くなった伯父のこと。
 ショップカードは出来上がる。そして弓子のアイディアで作ったコースターも。常連客の声を聞いて、岡野の心は軽くなった。
 星たちの栞。川越にある私立鈴懸学園の教師・遠田真帆は、立ち寄った喫茶店で虚子の句が書かれたコースターを目にする。店主から三日月堂の話を聞いた真帆は、顧問をしている文芸部の部員である村崎小枝、山口侑加の2人を伴い三日月堂を訪れる。
 見学をきっかけに、三日月堂は鈴懸学園の文化祭“すずかけ祭”に出張ワークショップを出すこととなり、文芸部ともども準備が始まる。
 活版印刷の栞を盛り込んだ展示など、文芸部の準備が進められるが、部誌に載せる侑加の原稿が出来上がらない。原稿をめぐる小枝と侑加の関係に、真帆は大学時代に演劇部で一緒だった桐林泉のこと、共に演じた『銀河鉄道の夜』のことを思い出す。
 出張ワークショップのリハーサルを経て、すずかけ祭が始まる。生徒たち、自分と泉の「ほんとうのさいわい」について、真帆と弓子は考える。大盛況ですずかけ祭が終わると、真帆は、演劇を続けている泉の公演に久しぶりに行くことを決めるのだった。
 ひとつだけの活字。川越の市立図書館で司書をしている佐伯雪乃は、幼なじみの宮田友明との結婚を間近にひかえている。後輩に教えられ、鈴懸学園の文化祭で行われた活版ワークショップを訪れた彼女は、祖母の遺品の活字セットを使って結婚式の招待状が作れないかと考えるようになる。ワークショップで知り合った弓子に話を持ちかけるが、平仮名・片仮名それぞれ1セットしかない活字だけで招待状を組むのは難しい。それに友明には別のプランもあるようだった。
 弓子に誘われ、雪乃は祖母の父が営んでいた平田活字店を知る大城活字店を訪ねるが、名案は浮かばない。そんな中で雪乃が思うのは、幼い頃から今までの友明のこと。彼女の追憶に沿うように、弓子もまた自身の来歴を語るのだった。
 招待状は雪乃・友明のプランを折衷したものとなり、2人は文案を練る。遠い過去のわだかまりも解消され、1つずつしか仮名が使えない活字での2人だけの文面は、無事に完成した。

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