何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

ひびき遊『ガールズ&パンツァー3』の感想


(2019年3月読了)

 引き続き、ライトノベルガールズ&パンツァー』の3巻について書く。これにて最終巻となる。例によって概要を示し、それから感想を綴ろう。

概要

 必勝を祈願した“あんこうチーム”ご飯会の直後。早々と後片付けと身支度を済ませて寝床に入った沙織は、チームメイトたちのことを思いながら眠りに落ちていった。

 その少し前。寮に戻る途中だった華は、帰り道に一緒になった優花里を部屋に誘う。珍しく一対一で語り合う砲手と装填手。語らいの中、華は砲手としての未熟を自ら悟る。長砲身で射撃を「当てる」感覚を養ってもらおうと優花里が提案してきたのは、『World of Panzer』――戦車戦を疑似体験できるオンラインゲームだった。
 歴女チーム、ゲーマーチーム、一年生チームもログインして、華にとって初めての仮想空間での戦車戦が始まった。戸惑いながらも、優花里と二人三脚による戦車の操縦を覚えていく華。
 一戦終えて一息ついた時、華と優花里にマッチングをリクエストしてくる2人のユーザーが居た。10対10の戦車戦が繰り広げられる中、挑戦者の1人、イギリスのレア戦車・ブラックプリンスを駆る謎のユーザーは、会話機能で格言を表示させながら撃破を重ねる。4対2に追い込まれる華たち。二転三転する戦いの末、華の砲撃はついにブラックプリンスを捉えた。そして彼女は、自らに欠けていたものを悟るのだった。

 同時刻。冷泉麻子は、『World of Panzer』の画面から目を離した。眠気が来ない。
 彼女が居るのは大洗女子学園内の合宿施設。風紀委員で何かと麻子を目の敵にするソド子――園みどり子が、朝に弱い麻子を思って手配してくれ、風紀委員3人揃って付き添いまでしてくれているのだ。
 眠れない麻子のため、ソド子は夜のジョギングを提案するが、それも効果は今ひとつ。その時、ふと聞こえた怪音に麻子は怯える。しかし、それはバレー部チームが暗闇で練習をする音だった。無断で居残っていたことにソド子は怒る。
 うまくいかない麻子の眠気喚起だが、ソド子は諦めない。彼女もまた、麻子が決勝戦の鍵を握ると理解していた。その責任感の強さは、麻子に自らの亡母――喧嘩別れとなってしまった母を思い出させるのだった。
 またも異音が聞こえ、2人は怯えるが、それは自動車部チームが自分たちの乗る戦車・ポルシェティーガーの手入れをする音だった。やはり無断で居残っていた自動車部にソド子の怒声が飛ぶ。
 疲れ切ったソド子を連れ、麻子は合宿施設に戻った。眠気で支離滅裂なことを言うソド子に、麻子は自分の進路希望について話す。ソド子もまた本心を語り、優勝のあかつきには麻子の総計3桁におよぶ遅刻履歴を消去すると約束した。
 翌朝、風紀委員3人がかりで麻子を起こそうとするが、なかなか目が覚めない。彼女を覚醒させたのは、たった1人の身内である“おばぁ”の、電話での怒鳴り声だった。

 午前5時半。時間ぴったりに沙織は集合場所に着いた。仲間たちも揃っている。隊長のみほは、既に臨戦態勢に入っていた。港から戦車ごと鉄道に揺られ、沙織達は決戦の地、富士山のふもとにある試合会場に到着した。
 試合開始の直前、黒森峰の副隊長・逸見エリカが、みほを挑発する。8対20。大洗女子の圧倒的な数的不利のもと、決勝戦の火ぶたは切って落とされた。
 ほどなく黒森峰の激烈な火力にさらされ、大洗女子は浮き足立つ。みほは「もくもく作戦」「パラリラ作戦」「おちょくり作戦」を矢継ぎ早に指示し、これに対処した。
 大洗女子が川を横断しようとした時、自らのトラウマを抉る事態が発生し、みほは逡巡する。しかし、沙織は、チームのメンバーは彼女の背中を押した。仲間は見捨てない。それが、みほと大洗女子が見出した“戦車道”だった。

 試合は市街戦へと移った。姿を現した黒森峰の超重戦車・マウスに、大洗女子の戦車は相次いで擱座していく。
 しかし、そのマウスすらも陽動と見抜いたみほは、フラッグ車同士の決戦を企図。市街地の中心に急行し、敵フラッグ車であるティーガーⅠを発見した。“あんこうチーム”のⅣ号戦車と、黒森峰の隊長にしてみほの姉、西住まほ達の駆るティーガーⅠとの一騎打ちが始まる。
 自らの実力を上回る者を相手に、みほの心は折れかける。しかし、仲間たちの声が支える。みほの指揮、沙織の地形判断、麻子の操縦技術、優花里の装填、華の砲撃。全てが噛み合ったゼロ距離射撃は、ついにティーガーⅠに白旗を挙げさせた。

 それぞれのやり方で、大洗女子の面々は勝利を喜んだ。ぼろぼろになったⅣ号線車に、“あんこうチーム”の面々は感謝の意を表した。そして、姉は手を差しだし、妹は応じた。
 表彰式。かつて自分たちを訓練してくれた戦車道の教官で、この日は審判をしていた蝶野から、みほは優勝旗を受け取る。祝福に沸く観客席には、これまで戦った各校の隊長達の姿があった。そして、昨年の決勝戦で、水没した戦車からみほが助け出した当の本人からも、感謝の意が明かされた。

 大洗女子は大洗町へ凱旋する。大勢の見物人の中、イケメンが居ないか期待する沙織だったが、仮設スクリーンに流れで映し出された自分達の「あんこう踊り」に慌てふためく。イケメンを射止めるため、来年も優勝しようと心に誓う沙織だった。

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ひびき遊『ガールズ&パンツァー2』の感想


(2019年2月読了)

 過日に引き続き、ライトノベル作品『ガールズ&パンツァー』の2巻について、概要と感想を記したい。それでは早速、概要から行こう。

概要

 「第63回戦車道全国高校生大会」第2回戦を前に、武部沙織たち大洗女子学園の戦車道履修者は、学園艦内を改めて探索し、Ⅳ号戦車用の長砲身と、忘れ去られていた戦車2台を発見した。

 新しい戦車に乗る生徒の目処は立たないまま、2回戦は始まる。相手校は、イタリアの戦車で編成されるアンツィオ高校である。大洗女子は、長砲身に換装したⅣ号戦車の待ち伏せ戦術で首尾良くこれを降し、3回戦――準決勝への進出を決めたのだった。

 これまで思い思いのカラーリングでやってきた大洗女子の戦車たちだったが、これまでの試合で塗装が剥げかかったのを機に、オリジナルカラーに戻すことが提案される。その代わり、お互いの識別用として各車にシンボルマークを入れることとなった。
 そんな時、かつて練習試合で胸を借りた強豪校・聖グロリアーナ女学院のトーナメント敗退が報じられ、一同はショックを受ける。

 試合である以上、勝者がいて敗者がいる。その事実は、隊長を務める西住みほに苦い記憶を思い起こさせた。昨年、彼女が戦車道の名門・黒森峰の副隊長として、大会準決勝に出場した際の失策。水没しそうになった自チーム戦車の救出を優先したために、勝利を逃したことが、彼女が大洗女子に転校してきた理由だった。
 秋山優花里は当時のみほの判断を評価し、沙織たちも同意する。勝ち負けよりも大切なことがあるという彼女たちの考え方を、しかし生徒会の面々は肯定しない。「負けたら終わり」という生徒会広報・河嶋の言葉が不穏に響いた。

 新たに発見された戦車のうち1台、ルノーB1 bisの乗組員が募集され、その校内放送を観ながら、沙織たち“あんこうチーム”の面々は昼食を摂る。沙織は、無線のことやチームメイトである五十鈴華の食事量のことなどを考えながら、冷泉麻子が自らの家族の事情を明かし、みほを諭すのを見ていた。

 学校からの帰り際、沙織は生徒会三役にひとり誘われ、会長室であんこう鍋をごちそうになることとなる。生徒会長・角谷杏(かどたに・あんず)によるあんこう鍋は美味だったが、そんなことなど吹き飛ぶ事実を知らされ、沙織は驚愕した。大切なことを隊長であるみほに伝達する役目を、沙織は無茶ぶりされてしまったのだ。
 話を切り出せぬまま、準決勝は明日に迫った。新たに戦車道のメンバーとなった風紀委員3人組ともども、雪中での試合に備え、一同は防寒装備を調える。

 雪原で、準決勝は始まろうとしていた。相手校は、旧ソ連の戦車から成るプラウダ高校。隊長のカチューシャと副隊長のノンナが試合前の挨拶に訪れ、その挑発に大洗女子の面々は憤慨する。
 試合が開始されると、いきり立った一同に押される形で、みほは速攻を選択。それが功を奏したか、大洗女子は立て続けにプラウダ高の戦車を撃破していく。
 が、それはカチューシャの仕掛けた罠だった。追い詰められ、大洗女子はやっとのことで廃教会に立て籠もる。

 プラウダ高の“特使”は大洗女子に土下座を勧告してきた。徹底抗戦か降伏か、判断に迷うみほに、多くの者は降参を勧めようとする。しかし、生徒会の河嶋は頑なに負けを拒否した。
 困惑する生徒達を見て、杏は真実を告げる。全国大会で優勝しなければ、大洗女子の日常は潰える、と。
 みほは落胆する一同を励まし、態勢を立て直すべく指示を出す。応急修理と偵察を終え、準備は整ったものの、天候の悪化で試合続行が危ぶまれる。低下する大洗女子の士気を復活させたのは、みほの恥を忍んだパフォーマンスだった。

 天候が回復し、大洗女子にとっての最後の賭けである「ところてん作戦」が始まる。息詰まる接戦を制したのは、彼女たちだった。高飛車だったプラウダ高の隊長カチューシャは、ついに大洗女子を認め、みほに握手を求めた。

 準決勝翌日。気が抜けてしまったものの、沙織は翌日に迫った試験の準備に追われていた。アマチュア無線二級。通信手として、やれることを考えた末の挑戦だった。助けを求められて訪れた麻子と、二人三脚の試験対策が続く。
 試験の次の日。疲れ切った沙織はそれでも、華が母――華道の家元で戦車道を嫌っていた――と和解したという話を聞いて喜んだ。

 以前見つかりレストアされていた戦車・ポルシェティーガーが、整備を担当していた自動車部の操縦によって試合に加わることとなり、さらに再度の戦車捜索で見つかった三式中戦車も、戦車ゲームで鍛えたという沙織の同級生の猫田らゲーマー3人によって戦力化される。
 これで大洗女子の保有戦車は8台。既存の戦車の一部にも義援金をつぎ込んだ改造パーツを取り付け、決勝戦の準備は整った。

 決戦を明日にひかえ、みほの言葉に一同は奮起する。その夜、沙織の部屋で催された“あんこうチーム”のご飯会では、ゲンを担いでトンカツが饗され、沙織の努力が見事に実を結んだアマチュア無線二級の免許が話題に花を添えた。彼女たちだけでなく、大洗女子の8チーム全てが、それぞれのやり方で明日の勝利を祈っていた。

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ひびき遊『ガールズ&パンツァー1』の感想


(2019年2月読了)

 原作に当たるアニメーションのことは以前から知っていたのだが、観る機会に恵まれなかった。先般(といっても、もう1年以上前の話になるが)、知人によって希望が叶えられ、テレビシリーズと後発のOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ。もちろん今日ではDVD等の媒体が普通だろう)、2015年公開の劇場版までを観ることができた。

 そのとき、同作のライトノベル版も借りられたので、併せて読むこととした。概ねテレビアニメの物語に沿う形のノベライズで、全3巻である。まず今回は1巻について扱うこととして、概要から記載する。

概要

 空母の甲板に学園都市を載せた“学園艦”が洋上に浮かび、戦車での模擬戦を行う“戦車道”が、茶道や華道と並んで女子の嗜みとして行われている世界。
 茨城県大洗町を本拠地とする学園艦・大洗女子学園の2年生、武部沙織(たけべ・さおり)は、生徒会が復活させようと画策する戦車道のプロモーション映像を見たことで興味を持ち、必修選択科目として戦車道の履修を決める。彼女の目的は、すばり“異性にモテること”だった。

 長いこと戦車道が行われていなかったため、学園内での戦車探しからしなければならなかったが、いよいよ実際に戦車を動かす日が訪れ、沙織の意気は上がる。「華道よりアクティブなことがしたい」と戦車道を選択した友人の五十鈴華(いすず・はな)、戦車に並々ならぬ情熱を抱く秋山優花里(あきやま・ゆかり)、戦車道の家元・西住流の娘で戦車道経験者でもある転校生・西住みほ(にしずみ・――)。それが、沙織とともに戦車――Ⅳ号戦車D型――に乗り込むチームメイトである。
 生徒会三役による生徒会チーム、バレー部復活を誓う4人のバレー部チーム、歴史好き4人の歴女チーム、1年生ばかり6人の1年生チーム、そして沙織たち。それぞれ寄せ集められた戦車に乗るこの5チームにより、大洗女子の戦車道は再開された。

 生徒会が自衛隊から招いた特別講師・蝶野亜美(ちょうの・あみ)により、いきなり校内での練習試合が催されるが、急ごしらえの役割分担ながら沙織たちは奮闘、沙織の友人で学年主席の冷泉麻子(れいぜい・まこ)の飛び入りもあり、見事に単独勝利を収めた。沙織たちのあの手この手の説得により、麻子は正式にⅣ号戦車の操縦手として参加することとなる。

 通信手を担当することとなった沙織は、その夜、自分にできることを考える。蝶野の助言も踏まえ、彼女は自分なりのやり方で戦車内の快適化を提案するが、他チームもそれぞれ思い思いのカスタマイズを行っていた。
 その型破りなやり方に優花里は頭を抱え、戦車道の強豪校から来たみほは新鮮なものを感じていた。戦車道をやっていて「楽しい」と感じたのは、彼女にとって恐らく初めてのことだった。

 戦車道の基礎を習得し始めた一同だが、その上達を待たずに生徒会は他校との練習試合をセッティングした。相手校の名は聖グロリアーナ女学院。全国大会準優勝の経験もある強豪校である。
 時期尚早ではないかという思いが交錯する中、早朝6時という集合時間に麻子が難色を示し、戦車道を辞めると口にする。“午後からの天才”という二つ名通り、彼女は朝が弱いのだ。
 さらに、大洗女子の隊長となったみほから、試合に負けたら「あんこう踊り」を披露するはめになったことを知らされ沙織は愕然とする。が、どうにか麻子は集合時間に間に合い、全員揃って対グロリアーナ戦に挑む。

 イギリスの戦車によって編成される聖グロリアーナは練度も高く、大洗女子は浮き足立つ。みほは隊長として大洗町での市街戦を指示するが、大洗女子の戦車は徐々に数を減らし、沙織たちのⅣ号戦車が最後まで奮闘したものの、及ばなかった。
 惜敗は悔しいものだったが、聖グロリアーナの隊長・ダージリンはみほの実力を認め、友好の証である紅茶の缶を残して去って行った。ペナルティの「あんこう踊り」も屈辱的ではあったものの、試合を終えた大洗女子は一つにまとまりつつあった。

 練習試合を終えてほどなく、今度は公式戦である「第63回戦車道全国高校生大会」が近づいてきた。組み合わせ抽選会の場で、みほに声をかけてきたのは、彼女の実の姉である西住まほ。前回の準優勝校で、みほも以前は在籍していた黒森峰女学園の隊長である。

 姉との再会に苦いものを残しつつ、みほが引き当てた第1回戦の対戦校はサンダース大学附属高校。アメリカの戦車で編成される金満学校だった。
 みほは、戦車保有台数全国一位というサンダース大付属に脅威を感じるが、優花里の情報収集により活路を見出す。一方の優花里は、初めて自宅に訊ねてくれる友人達ができたと喜んだ。

 更なる実力アップのため、大洗女子は蝶野に徹底指導を依頼し、厳しい練習に食らいつく。お揃いのパンツァージャケットも出来上がり、士気は高揚した。

 そして始まった大会第1回戦。南の島を舞台とした試合は、サンダース大付属の優勢に進んでいく。違和感を覚えたみほは、そのからくりを看破し、逆手にとった戦術に出る。そして、Ⅳ号戦車の砲手・華の射撃は、ぎりぎりのところで相手フラッグ車を捉えた。
 試合後、サンダース大付属の隊長・ケイは部下の監督不行届きを詫び、爽やかなものを残して去っていく。次なる2回戦の相手校は、イタリアの戦車で編成されるアンツィオ高校と決まった。

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過ぎた年(2019年)におくる35冊

 本来ひと月前の話ではあるが、このところの更新頻度からもお察し頂けるように多忙なため、今日になってようやく書き上げることとなってしまった。いちおう恒例化した、過ぎ去っていった年に捧げたい本のリストである。

 このリストは、2019年の間に私が、世の中の動きなどから気になった本、人に薦められた本、実際に読んで心に残った本などを挙げるものである。
 多分に個人的事情を含むので、対象は今年出版された本に限られないし、文学賞やベストセラーなどでもスルーする場合もある(むしろそういう方が多いかもしれない)。“興味がある”だけで未読本も多いため(多忙と何より怠惰のためである)、「読んだ本から選ぶベスト〇冊」などとも異質であろう。
 つまり、個人的なメモに過ぎないのである。が、どこかの誰かの備忘または反面教師、あるいは研究対象くらいにはなるのかもしれないと思って公開する。

 今回も前回に引き続き、月毎に区切って日付順で挙げていくことにする。それでは1月から。

1月(4冊)

白髪のうた

白髪のうた

  • 作者:市原 悦子
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2017/07/26
  • メディア: 単行本
 

 12日、『まんが日本昔話』の語りや『家政婦は見た!』などで知られる女優の市原悦子氏が死去された。私は氏を役者としてよりも『日本昔話』の声優として親しんだ方であるが、ともあれ残念な知らせだった。
 上に示した本は、氏の生前最後の著書となったものである。死後にも氏の発言を集めたものが編まれているが、市原悦子の大ファンだというライターの沢部氏を前に、飾らない言葉を語ったであろうこの本を挙げておきたい。

地獄の思想―日本精神の一系譜 (中公新書 (134))

地獄の思想―日本精神の一系譜 (中公新書 (134))

 

 同じ12日、日本古代史研究者・思想家の梅原猛氏が死去された。京大(当時は京都帝大)哲学科出身、神道や仏教の研究など、興味を惹かれる要素のある人物ながら、その著書を精読した憶えがない。未読のまま見送ることになったのは、やはり心残りである。
 よく知られた氏の著作といえば、法隆寺聖徳太子の怨霊鎮魂のために建立されたとした『隠された十字架』かもしれないが、今の気分としては、より広範な論考である上掲書が興味深い。

【第160回 芥川賞受賞作】ニムロッド

【第160回 芥川賞受賞作】ニムロッド

 

 16日、第160回芥川賞直木賞の決定発表があった。受賞作3作のうち、ここでは芥川賞を受けた上田岳弘氏の『ニムロッド』を挙げておこう。未読だが、高度な情報化の末に登場した仮想通貨を織り込んだ作品という点に面白みを感じている。

草薙の剣

草薙の剣

  • 作者:橋本 治
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/03/30
  • メディア: 単行本
 

 29日、直木賞作家である橋本治氏が死去された。以降に挙げる人もそうだが、未読のまま作家を見送るのは、毎度ながら残念至極である。
 挙げたのは、10歳ごとに年齢が異なった6人の男を主人公として、敗戦から2つの大震災までという、戦後の日本と日本人を描き出した物語だという。初期の『桃尻娘』なども未読ではあるが、氏の文学的決算と目される上掲書も興味深い。

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山田彩人『眼鏡屋は消えた』の感想


(2019年2月読了)

何となく手に取り、1本の長編ミステリだということで読む。読んだのは、文庫版の方である。
 近年、数を増やしてきた感のあるミステリの形式に、短編を積み上げて1つの物語(≒長編)とするものがある。本職の探偵や警察官が登場せず、日常の謎を描いた、いわゆる「コージーミステリ」に多いようだ。例えば初期の『ビブリア古書堂の事件手帖』(シリーズ後半は長編へと変わった)や『珈琲店タレーランの事件簿』などがそうだろう。古典部シリーズ第1作である『氷菓』(当該記事)にも、その性格があったように思う。こうした流れの“はしり”は、若竹七海『ぼくのミステリな日常』あたりだろうか。

珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

 
ぼくのミステリな日常 (創元推理文庫)

ぼくのミステリな日常 (創元推理文庫)

 

 が、そうなってくると、シンプルな単発の長編が逆に意欲作に見えてくる。本書を手に取った遠因はそんなところだろうと思う。
 それはともかく、まずは以下に概要を示そう。

概要

 藤野千絵(ふじの・ちえ)は森野学園高校演劇部の部室で目を覚ました。左手には薄い紙切れを握っている。
 自らが高校2年生だという彼女の認識は、現れた少女――千絵の親友である竹下実綺(たけした・みき)に瓜二つの姿をした山口美貴によって打ち砕かれた。美貴によれば、千絵はこの高校の英語教師であり、演劇部の顧問としてここに居るのだという。
 高校2年のある時期から自分が倒れる直前まで、実に8年分の記憶が欠落している。愕然とする千絵に追い打ちをかけるように判明したのは、いま演劇部が上演しようとしている演目『眼鏡屋は消えた』の作者でもあった実綺が、とっくの昔に死んだという事実だった。

 11年前に学園で実際にあった男子の死亡事件に、インスピレーションを受けた実綺が書いた『眼鏡屋は消えた』。8年前には学園側の圧力で上演が叶わず、今また同じ道を辿ろうとしているこの演目の成功は、実綺の遺志でもあるはずだ。そう考えた千絵は、『眼鏡屋は消えた』上演を後押しし、発表の場である学園祭が終わるまで記憶障害を隠し通すことを決意する。
 自宅にあった日記に実綺は「殺された」と記されていたが、演劇部時代の友人・玲子は「自殺だった」と言う。実綺の死の真相はどこにあるのか。
 もしかしたら自分が倒れていたことも、そのことと関係があるのかもしれない。そう考えた千絵は、当時の演劇部部長・滑川健太(なめりかわ・けんた)に話を聞くが、それは幻滅しかもたらさなかった。それ以外の部員からも有力な情報は得られない。

 しぶしぶながら、千絵は幽霊部員だった戸川涼介に連絡を試みる。シニカルな涼介の性格を嫌いながらも、そのルックスには心惹かれていたことから二の足を踏んでいたのだ。
 いまは探偵事務所の手伝いをしているという涼介は、相変わらず人を食った態度をとりながらも、仕事として千絵の相談に乗る。いまいち信用できない涼介だが、言っていることは理屈が通っており、千絵は信用することにした。
 8年前、『眼鏡屋は消えた』のゲリラ上映の舞台として千絵たちが考えていた、学園の裏庭にある時計台。その下で実綺の遺体は発見され、自殺として処理された。
 疑わしい点が残る実綺の死の真相を明らかにすべく、涼介は調査を開始する。その真相こそは、千絵が記憶を失う原因となった殴打事件に関係する可能性も高く、11年前に転落死をやはり自殺として処理されたという、橋本ワタルの事件にも連なっていると思われた。涼介は、千絵が握っていた紙切れを吟味し、何者かが今回も『眼鏡屋は消えた』の上演を阻止しようとする理由を考察する。
 実綺の奔放な作家性が表れた『眼鏡屋は消えた』は、荒唐無稽なバイオレンスアクションである一方で、社会の身勝手な正義を批判するものでもあった。『眼鏡屋』のモデルとなった出来事は、母と妹を殺された橋本ワタルの、学校でいじめを受けた後の転落死という出来事である。

 失った記憶のことを隠しながら、どうにか英語教師を演じる千絵。同僚の久松映子(ひさまつ・えいこ)や、千絵の頃の演劇部顧問でもあった社会科教師の筑紫俊一(ちくし・しゅんいち)らに聞き込みをし、ワタルの事件の情報を仕入れていく。
 涼介によれば、生前ワタルはいじめを受けており、転落したのは社会科準備室からだったという。ワタルの母と妹を殺した富山常夫(とみやま・つねお)は、連続殺人を犯した快楽殺人者でありながら、冤罪を主張する市民団体や人権派弁護士の活動で釈放され、その後にワタルの母と妹を殺したという経緯があった。

 橋本ワタルと親しく、死の直前の様子を知る元同級生の塩川史朗(しおかわ・しろう)、実綺の死体の近くに落ちていたキャラクターもののストラップの持ち主で、元美術部員の岡島和之(おかじま・かずゆき)、岡島とつきあっていた小泉麻里(こいずみ・まり)、当時準備が進められていた学園祭のパネル製作係だった今井修(いまい・おさむ)。11年前と8年前の事件について知る者に2人は接触していくが、決定的なことは分からない。明確になったのは、2か月前、2人と同じように11年前の事件を探っていた少女が存在することと、8年前の事件当時、転落死した実綺の死体は移動された可能性が高いということだった。
 『眼鏡屋は消えた』上演をめぐる現演劇部の分裂騒ぎが起こり、終息しつつあるものの、この演目を上演することの意義について、千絵は思い惑う。

 筑紫が「先輩」と呼ぶ元教師の池田賢治と、2人はようやく会うことに成功する。ワタルと11年前の事件について語る池田は、やはり2か月前、2人と同じような話を聞きに来た女性のことを口にした。
 池田から得た情報で、2人はワタルが知るに至ったであろう事実に突き当たる。更に調査を進める過程で、実綺が死んだ当日に時計台に出入りした1人である鳥居里香(とりい・りか)の態度、山口美貴に関するある事実は、千絵を混乱させる。まだまだ五里霧中と感じる千絵をよそに、涼介は2つの事件の真相を示すパズルのピースが揃ったと言う。何も知らされないまま涼介の指示に従った千絵は、犯人の動きを待つ。
 そして、時計台に集められた関係者たちを前に、涼介は真相を語る。
 千絵が意識を取り戻した時に握っていた紙の切れ端。脚のキャップが1つだけ外れていた三脚と折れた桜の枝。岡島と小泉が聞いた大きな音。涼介が屋上で見つけたもの。それらの情報と各人の証言から積み重ねられた推論は、ついに元凶を指摘し得た。

 それは、それぞれの誤解と、己を省みぬ正義感によって偶発した、罪に問われぬ罪と言うべきものだった。犯人は言う。自分の“正しさ”には一点の曇りもない、と。
 1か月後、『眼鏡屋は消えた』は無事に上演を終えた。実綺の遺志を継いで目的を達した千絵だったが、件の“正しさ”に対する怒りに燃える。彼女は誓う。学園全体を渦中に叩き落とすことになろうとも、すべてを明るみに引きずり出してやる、と。

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