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梶本修身『すべての疲労は脳が原因』の感想

  現在、年末の進行による深い疲労状態で、これを書いている。疲労しているのは今に始まったことではなく慢性的なものでもあるので、どうにかできるかと思い手に取った1冊である。
 本書の内容は、テレビ等でもよく扱われるようだが、私は最近ほとんど地上波のテレビを観ていないので、著者の説に触れるのは本書が初めてだった。まずは目次に沿って概要を示す。

概要

はじめに 疲労を科学することとは

 疲労とは“エネルギーの枯渇”と考えられがちだが、それは多くの場合あてはまらない。がん細胞による悪質液、風邪におけるインターフェロン分泌といった原因もあるが、大半の疲労の原因は細胞のサビ――酸化ストレスである。そして、長時間の運動によって最も酸化ストレスが大きい身体の部位は、脳の自律神経中枢なのである。本書ではこの脳疲労のメカニズムと解消法を論じる。

第一章 疲労の原因は脳にあり

 疲労とは、医学的には痛みや発熱と並ぶ人間の生体アラームと考えられている。過労防止のための疲労定量化する研究によると、運動の結果、最も疲労するのは筋肉ではなく、脳の自律神経の中枢であることが分かった。
 脳において、実際に疲労が起こる部分(自律神経の中枢――視床下部と前帯状回)と疲労“感”を感じる部分(眼窩前頭野)が異なり、人間はこの疲労感を達成感でマスクしてしまえるためにランナーズ・ハイや過労死を引き起こしてしまう。同じ動作を続けると身体の一部がだるくなるように、同じ作業を続けると「飽きた」と感じるのは、脳(特に自律神経の中枢)の神経細胞疲労し、作業能率が低下しているサインである。「飽きた」と感じる前に小まめに休憩を挟むことで、脳の作業能率の低下を防ぐことができる。また、脳に入る情報の90%は視覚情報であり、疲労してくると視野が狭くなる。このため連続的な車の運転などは危険である。眼精疲労の原因も自律神経の疲労にある。
 飽きてきているのに集中力を高めようとすることは、疲労を蓄積させることに他ならず、危険である。スポーツ選手が「ゾーンに入った」状態は一部の神経回路ではなく脳全体を使っていると考えられるため、単なる集中とは区別される。従って、仕事の後のスポーツクラブや早朝からのゴルフなどは疲労を蓄積させる可能性が高く危険である。一方、スポーツや楽器演奏の反復練習が苦にならないのは、小脳が関わる「手続き記憶」の構築に当たるためである。
 脳の神経細胞は新生しないため、疲労が蓄積しやすい。放置すれば、生活習慣病メタボリックシンドロームなどのリスクも高まる。
 本書で取り上げる生理的な疲労の他に、慢性疲労症候群による病的な疲労もあり得る。この疑いがある場合、専門の医療機関を受診する必要がある。

第二章 疲労の原因物質とは

 疲労の原因物質というと、かつては乳酸が挙げられていたが、近年の研究では否定的である。真犯人として考えられているのは、脳内で神経細胞を攻撃する活性酸素である。紫外線も活性酸素を発生させるため、疲労軽減のためには紫外線に対策する必要もある。
 活性酸素神経細胞などを酸化させると、それによって疲労因子FF(ファティーグ・ファクター[Fatigue Factor])というタンパク質が増加し、疲労感として自覚される。この疲労因子FFをモニターすることで、疲労の度合いを計測することができる可能性がある。ヒトヘルペスウイルスの量も、同様の尺度として用いられる可能性が高い。
 疲労因子FFが体内に増えると、これによって傷ついた細胞を回復させようと疲労回復因子FR(ファティーグ・リカバー・ファクター)というタンパク質も増加する。しかし、この因子は疲労因子FFが急激に増加した時には反応し切れないため、日ごろ疲れていない人が急に徹夜をしたりすると、健康を損なうリスクが高いと推測される。
 これら疲労因子FFや疲労回復因子FRの分泌には、個人差が大きい。疲労回復因子FRの反応性は加齢などによって減少する(=疲れがとれにくくなる)ため、睡眠・食品・居住空間などを工夫して対応する必要がある。

第三章 日常的な疲労の原因はいびきにあった

 夜の睡眠中のいびきが原因で、昼間の眠気を訴える人がいる。いびきによる気道の狭小化は多くのエネルギーを浪費するし、睡眠中に休まるべき自律神経が酷使されることで疲労が蓄積されるのである。昼間の眠気がひどい場合、睡眠時無呼吸症候群SAS:Sleep Apnea Syndrome)と診断されることもある。
 いびきや睡眠時無呼吸症候群は、放置していると糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病、高血圧症や心筋梗塞、心房細動などの罹患リスクが高まるとされている。居眠り運転がもたらす危険性も無視できない。睡眠時無呼吸症候群にはCPAPシーパップ)――鼻から空気を送り込み、気道を広げる療法――が有効である。単なるいびきに対しても、これを用いることで疲労回復に効果がある。
 入眠障害中途覚醒早朝覚醒、熟眠障害など、眠りに何らかの障害があることを睡眠障害と呼ぶ。睡眠障害の日本人は多く、厚労省は国民病と位置づけている。睡眠中は疲労回復因子FRの働きが疲労因子FFのそれを上回るため、疲労回復には充分な睡眠が不可欠である。睡眠のうち、脳の疲労を回復させるのはステージⅢとⅣのノンレム睡眠(徐波睡眠)で、これは一晩の眠りの最初の3分の1ほどである。
 睡眠の質を向上させるには、夕方以降には強い光を浴びないようにして体内時計のサーカディアン・リズムを整えたり、眠る1~2時間前に38~40℃程度のお湯で半身浴をしたり、眠る3時間前までに低脂肪で消化の良い食事をすると良い。カフェインやアルコールは、睡眠の質を低下させる。

第四章 科学で判明した脳疲労を改善する食事成分

 栄養ドリンクやエナジードリンクが広く飲まれているが、それらが疲労を回復するというエビデンス(科学的実証)はない。有効成分として謳われるタウリンは体内で必要量を合成でき、多量に摂取しても疲労を回復するわけではないし、カフェインやアルコールなどの成分も本質的な疲労回復にはつながらない。同様に、スタミナ食として捉えられているニンニク料理、ウナギ、焼肉なども、栄養不足は解消できるが自律神経が酷使されることによる脳疲労には効果がない。
 著者らのプロジェクトにより発見された、疲労を軽減する食成分として最も効果的だというエビデンスが得られたのは、イミダペプチドイミダゾールジペプチド)であった。この成分は鶏の胸肉に多く含まれ、マグロやカツオなど大型回遊魚の尾びれ近くの筋肉にも含まれている。動物の疲労しやすい部位に含まれるイミダペプチドは、活性酸素による酸化ストレスを軽減することで疲労改善をもたらす(抗酸化作用)。ビタミンA・C・E、ポリフェノールなどにも抗酸化作用はみられるが、それらが短時間しか作用しないのに対し、イミダペプチドアミノ酸に分解された状態で脳に到達し作用するため脳の疲労にピンポイントで作用できるという利点がある。
 1日に200mgのイミダペプチドを摂取することで、抗疲労効果が得られる。これは鶏の胸肉を100g摂ることで達成できる。サプリメントも販売されているが、粗悪品もあるため「イミダペプチド確証マーク」のあるものを選びたい。
 疲労回復効果のある成分としては、クエン酸も挙げられる。クエン酸は、細胞内のミトコンドリアがエネルギーを生み出す反応(クエン酸回路)を活性化させることで疲労を軽減させる。ただし、これは活性酸素から脳の神経細胞を守っているわけではない。効果的な抗疲労法は、疲れを感じる前に日常的に、イミダペプチドクエン酸を組み合わせて摂取することである。
 運動時の疲労回復に効果があるとされるBCAA(Branched Chain Amino Acids;分岐鎖アミノ酸)だが、エビデンスはない。むしろ摂りすぎると疲労感を強める恐れもある。ただし、筋肉に強いダメージがあるような運動をした時や筋トレなどをした時には筋肉内で消耗したBCAAを補うために摂取することは有効である。アルコールは活性酸素を発生させるが、少量(純アルコールで20g程度)の飲酒であれば利点もある。

第五章 「ゆらぎ」のある生活で脳疲労を軽減する

 森林浴では樹木の香り成分フィトンチッドが、水辺ではマイナスイオンが疲れを癒すとされているが、いずれも根拠はない。それらが疲労を脳軽減させるのは、風や光や温度や湿度といった「不規則な規則性」を持った現象――「ゆらぎ」を有するためである。
 人間の生体活動にも「ゆらぎ」があるため、快適と感じる温度や湿度で仕事をしていても、それが長時間固定されていると疲れやすくなる。著者らは公共施設やオフィスビルを対象に、光・温度・湿度・風といった要素に「ゆらぎ」を加えたシステムを提案している。夕暮れを味わったり、朝日で目覚めるように工夫することで、このシステムと同じようにサーカディアン・リズムを整えることができる。
 デスクワークの途中で立ち歩き、スポーツドリンクを飲むことでも「ゆらぎ」によって疲労を軽減できる。温泉は「ゆらぎ」に満ちてはいるが、遠方に強行軍で赴いたり、熱い湯に長時間全身浴するのは逆効果となる。香り成分として今のところ唯一、抗疲労効果が認められている「緑青の香り」を嗅ぐのも疲労を抑えることに繋がる。
 上記を踏まえた理想的な休日の過ごし方とは、以下のようなものとなる。前日は早寝し、静かな音楽や小鳥の囀り音で目を覚まし、日の光を取り入れ、鳥の胸肉とレモンやオレンジなどを摂り、近所の公園などに散歩に出かけ、家に戻ってソファーに横になってくつろぎ、頭を使わない漫画や雑誌を拾い読みしたり、親しい人と他愛ない会話を楽しんで過ごす。

第六章 脳疲労を軽減するためにワーキングメモリを鍛える 

 疲労に強い脳を作る方法として、「ワーキングメモリ」を鍛えることが挙げられる。「作業記憶」や「作動記憶」とも呼ばれるこの脳の働きは、複数の資料を読んでパソコンで文章を作成したり、自動車を運転したりするような常に入力される情報(短期記憶)を受け入れながら、過去の記憶・学習・理解(長期記憶)を結び付けて複数のことを同時に考えたり行う一連の動きを指す。
 「ワーキングメモリ」が優れているということは、脳全体を活用し、省力化・効率化して複雑な作業を行えるということである。この働きを強化することで、脳疲労を予防する体質になることができる。
 「ワーキングメモリ」は、1つ1つを積み上げて処理しようとする「ボトムアップ処理」ではなく、全体を俯瞰して効率的に処理しようとする「トップダウン処理」を牽引する。また、「ワーキングメモリ」は入力される情報に「タグつけ」をして効率化する。効果的な「タグつけ」をするには、その情報について喜怒哀楽といった感動を伴わせることが重要である。
 「ワーキングメモリ」を鍛えるには3つの方法がある。ものごとを多面的に見て感動を伴った「タグつけ」をすること、多くの人と会って会話すること、世の中の色々な物事に興味を持ち多趣味になること、である。

感想

 何よりも重要なのは、イミダペプチドアミノ酸について、科学的根拠に基づいて抗疲労成分であると言い切っているところではないだろうか。鶏の胸肉とレモンやオレンジであれば、すぐにでも入手して試すことができる。「ゆらぎ」を取り入れた他の生活習慣についてもそうだが、大した手間もお金もかからないというのは、疲れている私としては、たいへん有難く思えた。

 ただ、鶏の胸肉と柑橘類を毎日摂るというのも、あまり現実的ではないと思う。本気でイミダペプチドを試すというのであれば、サプリメントを併用すべきだろう。本文中では紛い物も多いと書かれているイミダペプチドだが、Amazonで少し調べたところ、下記のものなどは確証マークもあり人気も高いようである。ついでにこれも本文に記されている通り、確かに値段も安くはない。

日本予防医薬 イミダペプチド ソフトカプセル 84粒

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 過去に医学関係の本を手掛けたことがあるので、脳や代謝や心理学についての記述にはあまり面食らわなかった(逆に言えば、新しく知ったことも、あまりなかった)が、一般的な読者にとってはどうだろうか。細かな実験結果や理論については、大鉈を振るって端折ってもよかったように思うのだが、それでは説得力に欠けるという判断に基づいて残したのかとも思う。

 有用なことが書いてあることは確かなのだが、最大の難点は構成であろう。個々の記述は興味深いのだが、どうもその順序というか並べ方に、バラバラした印象を抱いた。
 例えば第四章のイミダペプチドについての記述だが、「イミダペプチドの抗酸化作用が抗疲労効果をもたらす」という節の3つ後に「イミダペプチドは細胞の酸化と損傷を抑える」という節が置かれている。本文を読めば、前者で理論、後者で実験結果を記述していることが分かるのだが、それにしても両者は1つの節にまとめるか、少なくとも連続して並べた方が良かったのではと思う。もしくは節タイトルの付け方の問題かもしれない。
 また、第五章は「ゆらぎ」による脳疲労の軽減を論じているのだが、温泉旅行や緑青の香りについては、それほど「ゆらぎ」と関連が深いとは思えなかった。そのため、この章の終盤に配されたこの2つの節が、若干唐突に感じられた。温泉旅行については、一章で記述されている“終業後のスポーツクラブ”や“土日の早朝ゴルフ”と同じような扱いなので、そちらに含め、抗疲労効果が確かめられている緑青の香りについては、同じく抗疲労効果の認められた成分を紹介している四章に含めても良かったのではないかと思う。
 以上の二例だけに留めるが、そのようなやや編集不足とも思える点が散見されたのが気になった。外野は黙っているべきなのかもしれないが。

 ところで、決して狙っていたわけではないのだが、この16日に〈超実践編〉と題された続編が刊行されたようである。

すべての疲労は脳が原因2 <超実践編> (集英社新書)

すべての疲労は脳が原因2 <超実践編> (集英社新書)

 

 さらにその後、本書とほぼ同等の内容を漫画で描いたものも刊行された(2018年8月追記)。

マンガでスッキリ!疲れを取るなら脳を休めなさい

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 しかし、本書に出てきたイミダペプチドクエン酸、睡眠、ゆらぎ、ワーキングメモリ等のキーワードを正しく押さえておけば、実践は可能だと思われる。この続編は、まずは軽く立ち読みしてみる位に留めておこうと思う。無論、新たな事項が満載ということもあり得るけれど。

 年末年始というタイミングは、疲労をリセットする良い機会とも思われる。上に書いたようなポイントを押さえ、2017年は疲労減少、ひいては生産性向上といきたいところである。

すべての疲労は脳が原因 (集英社新書 829I)

すべての疲労は脳が原因 (集英社新書 829I)

 

 

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