何か読めば、何がしか生まれる

純文学からラノベまで、文芸メインの読書感想文です。おおむね自分用。

夢野久作『ドグラ・マグラ 上』(角川文庫)の感想


(2004年12月読了)

 本作と、前月から読み出した森鴎外の『阿部一族舞姫』をずるずると読んだのみで、2004年12月の読書は終わってしまった。この2作が長大にして読み応えがあるものであることに加え、仕事が忙しかったことにもよる。

 通常のミステリ(という表現も妙な気がするが)の埒外に位置し、ミステリというジャンル自体への批評性を備えた“アンチ・ミステリ”で構成される“日本三大奇書”の1作である。
 ちなみに残り2作としては中井英夫『虚無への供物』、小栗虫太郎黒死館殺人事件』が挙がる(2019年2月現在、前者は読んだが後者は半ばのまま)。21世紀に入るか入らぬか辺りから、さらにもう1作、竹本健治氏の『匣の中の失楽』を加えて“四大奇書”とする意見もみられるようになったと記憶する。

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黒死館殺人事件 (河出文庫)

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新装版 匣の中の失楽 (講談社文庫)

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 ともあれ本作『ドグラ・マグラ』である。1935年に発表され、その翌年には作者が死去したために、現在は青空文庫でも読むことができる(話は逸れるが、TPPの発効によって著作権消滅のタイミングが著者の死後50年から70年になったらしい。「らしい」というのは本件について確定的な話が聞こえてこないからである。どこかに問い合わせればよいのだろうか?)。
 私が最初に読もうとしたのは教養文庫版だったが、分厚くて持ち歩くのに不便なため、上下本に分割された角川文庫版に切り替えて読み通した。
 角川文庫版は携帯には便利ではあるものの、最上段に挙げている通り、俳優でもあった米倉斉加年(よねくら・まさかね)氏による表紙絵がインパクト大で、人前で読む際には注意を要するだろう。そもそも、あまり人前で読むことを想定しない種類の本かもしれないが。

 角川文庫版の区分けに沿えば、上巻は概ね、作者による当時の精神科治療についての概説と異議申し立てと言えるのではないかと思う。ミステリの要となる事件として、青年・呉一郎による殺人事件が提示されることはされるのだが、そちらについて本格的にことが進んでいくのは下巻の序盤が終わったあたりからのように感じた。
 以下、まずは角川文庫版の上巻に当たる部分の概要を示す。なお、他のどの本についてもそうだが、本作についてはとりわけ、私の解釈に基づいた概要であることを明記しておく。

概要

 ボンボン時計の鳴る音で目が覚めた「私」は、自分の名前や来歴など、大半の記憶を失っていた。隣室からは、「私」に呼びかけているかのような少女の声が聞こえる。
 混乱する「私」のもとを訪れた九州大学法医学教授・若林鏡太郎は説明する。ここは九大精神病科の第七号室であり、自分は1か月前に急死した精神病科教室教授・正木敬之(まさき・けいし)の委託を受けて「私」を介抱するのだ、と。
 一種の暗示によって人間の精神を変容させるという「精神科学応用の犯罪」。正木と若林はこれを共同で研究しており、その特異な犯罪の一例の中心人物として生き残った「私」は、真相を思い出し得る者として、正木博士の提唱した一大実験「狂人の解放治療」の対象となっていたのだ。
 「私」が名前を思い出すことが記憶の全容を蘇らせることに繋がるという若林は、「私」の過去に関わる事物を見せ、記憶が喚起されるか確かようとする。若林によれば、隣室の少女は「私」の許嫁で従妹に当たるというが、「私」と同様に記憶を失いながら、千年前の先祖の意識と同一化しているという少女を、「私」は憶えてはいなかった。
 記憶を取り戻す手掛かりとなる資料があると、正木の教授室に案内された「私」は、そこで若い精神異常の大学生が書いたという『ドグラ・マグラ』なる原稿紙の綴込みを見つける。読めば精神に異常をきたす、明晰と幻惑の記述だと若林は説明する。
 若林は、既に亡い正木の破天荒な態度と研究についても語る。「私」に施されている「狂人の解放治療」を20年前から準備し、卒業論文「胎児の夢」で教授連を驚かした正木。卒業後に行方をくらました彼は、欧州巡遊ののち国内漂浪しつつ小冊子「キチガイ地獄外道祭文」を配布、18年後に大学に舞い戻り「脳髄論」と題する論文を提出して教授となったのだった。
 カレンダーが示す大正15年10月19日の翌日、11月20日である今日からちょうど1か月前に、正木は自殺したのだと若林は語る。自殺の理由を問うた「私」は、若林に勧められ、正木が遺した書類の束に目を通し始めた。

 キチガイ地獄外道祭文。正木が国内流浪の際、道行く人たちに阿呆陀羅経の形で謡ったもの。正木は、通常の医学に対する精神医学の発達の遅れを指摘し、入れられたら死ぬまで出られない精神病院の恐ろしさ、それを認識しながら患者を見捨てる家族の不人情さ、それを逆手にとって邪魔者を精神病院送りにしようと画策する権力者の存在を訴える。この状況を改善するため、正木は精神病者の解放治療を行うための場を作ろうとしていた。

 地球表面は狂人の一大解放治療場。訪れた新聞記者に、正木は諧謔混じりに精神病者の解放治療について説明する。曰く、地上に生きる人間は誰もが狂人であり地球上は大規模な解放治療の場である、自分はその模型を作ってみようと思う、と。そして、そう語る自分自身もまた狂人であると正木は付け加える。

 絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず。論文「脳髄論」の内容を新聞記者に問われた正木は、「もっとも斬新奇抜な探偵事実談」という体裁をとって説明する。それは、「私」とよく似た境遇の、「アンポンタン・ポカン」なる称号を正木に贈られた青年が、「脳髄はものを考えるところだ」という常識を疑い、現在の種々の行き詰まりの原因はその脳髄自体が仕掛けた「考える脳髄」という錯覚にあるとして「脳髄は物を考える処に非ず」を主張するものだった。
 正木の物語るところのポカン青年は、神経細胞の集合体である脳髄は単なる各部位の電話交換局に過ぎず、思考する精神は全身の各所にあるとする。さらに、「夢中遊行」などの異常行動は、本来考える部分ではない脳髄を、考えることに使用して疲れさせたためで、「物を考える脳髄」を否定しなければならないと主張していた。「考えるところに非ず」を突き詰めて考えると「物を考えるところ」に戻ることを、正木は「吾輩独特の精神科学式ドウドウメグリ」と形容し、笑う。

 胎児の夢。大学時代の正木の卒業論文と思われる。人間の胎児は、動物の中でも破格に長い10か月という時間をかけ、単細胞からこれまでの進化の過程を辿り、各器官や精神にその名残を残して人型となる。が、「何が胎児をそうさせるか」は明らかでない。
 一方、夢とは個々の細胞がもつ太古からの記憶が反映されたものである。また、生命体においては、客観的な時間は主観的な時間に伸縮され得る。従って胎児は、我が身を構成する細胞に由来する、遙かな昔からの記憶を夢として見続けるということが言える。
 胎児の夢の大半は、悪夢であろう。見られる夢は、生物としての数十億年におよぶ生存競争の記憶であり、人間にまで進化して以降の罪の数々の記憶だからである。

 空前絶後の遺言書。大正15年10月19日夜、正木は研究室で遺書をしたためていた。自死の理由を正木は、「希代の美少年と、絶世の美少女との変態性欲に関する破天荒の怪実験」が、その日の正午、「空前の成功を告げると同時に、絶後の失敗に終った」ためだとする。その怪実験とは、狂人の「解放治療」を名目として行われた「極端、奇抜な心理遺伝」の実験だった。
 さながら発声映画のように、正木は狂人解放治療場と収容患者たちを解説する。集められた患者たちは、先祖の観念の記憶を発現した「極端な心理遺伝」のサンプルだという。そうした「心理遺伝」は精神病患者ばかりでなく普通人にも現れており、研究によっては人の精神を操って犯罪を起こせる可能性すらあると、正木と若林は考えていた。
 そうした「精神科学応用の犯罪」の絶好のサンプルが、件の美少年と美少女だった。実母と許嫁を絞殺した青年・呉一郎。彼の骨相は、様々な人種の特徴を持ち合わせていた。
 同年4月26日夜。呉一郎が事件を起こして20時間が経ったこの夜、九大法医学教室の屍体解剖室では、一郎が殺した許嫁――呉モヨ子を、若林が密かに検分していた。不穏な動きを見せる若林――。(以下、下巻)

感想

 …先祖が抱いた心境や衝動が子孫に継承され、特定の刺激によって覚醒するという「心理遺伝」が、この物語の基礎だと思われる。その原理を説明するために、“考えているのは脳髄ではなく各部の細胞である”という説や、“個々の細胞が太古からの記憶を引き継いでいる”とする説が、鬼才・正木博士の理論という形で登場する。
 正木の考え方の背景には、作者の抱いていた当時の現代科学への疑いがあるのだろう。下巻に付された精神科医なだいなだ氏の解説を読む限り、作者の批判は妥当なようだ。
 唯物論的な研究が先行する現代医学に対する正木の(そして恐らく正木の筆を借りた作者の)反感は、21世紀となった現在でも払拭されていないと思う。医学書関連の仕事をした私の経験に照らしても、実際のところ心についても身体についても、まだまだ分かっていないことの方が多い気がする。病院での診察や治療は確かに有難いことも多いが、全く的外れと感じたことも一度二度ではなかった。
 してみると、正木の主張は荒唐無稽ではあるが、完璧に反駁することは難しかろうと思う。“脳髄は考えるところにあらず”式の主張は、養老孟司氏の『唯脳論』でも触れられている。

 医学ばかりでなく、20世紀的な科学全般が正木の批判対象である。例えば唯物的な時間感覚を批判した、以下のくだりなどが印象に残った。

 「真実の時間というものは、そんな窮屈な、寸法で計られるような固苦しいものではない。モットモット変通自在な、玄怪不可思議なものである」(p.245)。

 正木の言う「科学に囚われすぎた非科学的な研究方法」(p.246)とは矛盾を感じさせる表現だが、それまでの前提が軽く覆り得るということを受け入れ、考え方を転換させたり飛躍させたりするしなやかさが必要ということかと思う。
 そうした正木の主張には頷ける部分が多いのだが、彼の研究の到達点である「心理遺伝」については、半信半疑というところだった。多くの人がうたた寝などで覚えがあるだろう「高いところから落ちたような」感覚(p.285)も「心理遺伝」の一例とされているが、それほどまでに我々の先祖は高所から落ちたものだろうかと思われた。
 仮に科学が進展しているとしても、それに反して一向に成熟しない人間の精神の有り様もまた、作者の関心事だったろう。その辺りは下巻について書く際に触れたい。

 上記のような科学に関する主張だけならば、本作は“SF的な要素を持つミステリ”で終わったのかもしれない。『ドグラ・マグラ』を“奇書”たらしめているのは、そのトリッキーな構成だろう。
 上巻の構成を大まかに言えば、九大の精神病科で目を覚ました「私」が、若林の言葉に従い、失われている記憶を取り戻すべく、既に亡くなっている正木が自分の研究について遺したという資料に目を通す、ということになる。そう書いてみるとシンプルに思われるが、この正木の資料というのが膨大かつ幻惑的で、次第に“本当に正木が書いたものなのか”“いま語っているのは誰なのか”と疑いながら読み進めることになっていく。「私」が読む正木の談話記事の中で語られる「私」に酷似したアンポンタン・ポカンが、正木が講義でポカンを紹介する様を口真似する、という四重(でいいのだろうか?)の入れ子構造などは、その好例だろう。
 正木の資料に含まれる新聞記事や論文が、もし本当に新聞記事風や論文風にレイアウトされていれば、また印象も違ったと思う。が、それらは地の文と同様にレイアウトされており、ひと目では区別がつかない。そのために、“誰が語っているのか”を惑わす作用が増大している。
 初版時にどうレイアウトされていたか、今すぐには分かりかねるが、角川文庫版において、若林が差し出した名刺などはしっかりと名刺風にレイアウトされている(p.26)ところからすると、正木の資料の部分は当初からそうした地の文とと同様の体裁だったのだろう。
 だとすれば、作者と編集者はその幻惑作用も計算に入れて、資料部分のレイアウトを決めた可能性がある(もちろん、予算や納期その他の事情による可能性も大いにあるが)。この複雑微妙な構成は、下巻に入るといよいよその本領を発揮してくることと思う。

 ここまで挙げた特徴だけでは難渋な印象が先に立つが、それを相殺するのが語り口の軽妙さである。主にこれは、資料の(一応の)語り手である正木の性格によるものとして表れている。例えば、進化した多細胞生物である人間が抱く懐疑を示した、風呂の湯槽の中で足先を見ながら「あんなところまでおれの身体かしら」(p.213)と自問するくだりには何とも言えない、とぼけた可笑しさがある。
 そういえば本作は映画化されており、正木役を落語家の桂枝雀氏が怪演している。本作の初読後に映画を観たのだが、このたび軽く再読した際には、正木のイメージは殆ど同氏で定着してしていた。

ドグラ・マグラ [DVD]

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 正木以外にも、解放治療場に収容されている舞踏狂の少女の歌なども、なかなかにファニーで印象深い。以下に一部を引用しよう。

青アオい空オラを見イたら
白イロい雲ウモが高アかく
黒ウロい雲ウモが低イクく
仲アカア良オくウ並アらんで
フウラリフウラリ飛んで行よ
    フウララフウララフゥ――ララ……(p.279、ルビは省略)

 なぜか漂うおかしさの理由としては、以下のような具合で適宜用いられる、カタカナ表記のユーモラスさというのもあるかもしれない。

「……ナアンダ……。/チットモおかしい問題ではないではないか。」(p.209)

 平仮名で「なあんだ」とか「ちっとも」と表記されているのとは違う、とぼけた感じがあると思うのだが、どうか。
 あるいは、正木の資料の一部である「キチガイ地獄外道祭文」で再三繰り返される「チャカポコ」など木魚を表現するカタカナ擬音には、『めぞん一刻』などで知られる高橋留美子氏の漫画から受ける軽妙さを感じる。もちろん、順序としては高橋氏が本作の「チャカポコ」を参考にしたかもしれない、ということになるけれども。

 最後は例によって、読んでいる際、見慣れなかったたり、気になった言葉を挙げておきたい。
 まずは上述の「チャカポコ」が特徴的な「キチガイ地獄外道祭文」中に見える「阿呆陀羅経」や「チョンガレ文句」である。
 文脈的に「キチガイ地獄外道祭文」を形容した言葉のようだが、調べてみると「阿呆陀羅経」とは、願人坊主という僧侶と芸人の中間的な存在によって謡われたことに端を欲する俗謡のことらしい。区切れを意識したリズミカルな文章は、声に出して読んでみると軽快でなかなか気持ちがいい。「チョンガレ」もこれに類する門付け芸(門の出入り口に立って行う芸。人形回しや声聞、舞や演奏など)のようである。
 作者は色々な職業を経験したようだが、その中には僧侶もあったようで、「キチガイ地獄外道祭文」はそうしたバックグラウンドから結実したものと思われる。

 また、「地獄の扉」だという精神病院への入院が、陰謀によって行われることを示唆したくだりで、川柳句集『柳樽』の古川柳「座敷牢薬を飲むに油断せず」が引かれている(p.167)。“座敷牢に入れられるような人間は一家の邪魔者であるから、いつ一服盛られて亡き者にされないとも限らない”というほどの意味だろう。

誹風柳多留 (新潮日本古典集成)

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 正木による談話を記した新聞記事「絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず」で言及される、西洋医学中興の祖ヘポメニアス(p.193)。この人物はしかし、軽く調べただけでは素性が分からなかった。作者の創作である可能性が高い。
 史実に基づいて「西洋医学中興の祖」と言う場合、当てはまる人物は幾人かいるだろう。私見ではあるが、ルネサンス期に人体解剖を行い、脳を含む人体全般に関する解剖学の近代化に寄与したアンドレアス・ヴェサリウスあたりが適当ではないかと思う。

人体構造論抄―ヴェサリウスのthe Epitome

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 ものを考えることを強いられた脳髄による不調として「泣き中気」「笑い中気」という語が用いられている(p.200)。前後から類推すると、泣いてばかり、笑ってばかりの状態を指すと思われる。現代の言葉では「泣き上戸」「笑い上戸」などを用いることが多いだろう。
 辞書的には「中気」という言葉は「脳卒中の後遺症」(「中風」と同義)あるいは「二十四節気を12区分に分けた際の区分点」という意味のようである。ここでは前者の意味の範疇を拡張し、精神症状を含ませたということだろうか。

 呉モヨ子がいかに美少女であるかを形容した「シャン振り」(p.266)。これはドイツ語の「Schön」(美しい)から来ているようである。昭和初期には「とてシャン(とてもシャン)」が流行語として流通していたそうなので、その変形ということだろう。私の感覚からすると、「とてシャン」は割と現代的な響きで、いま使われても受け入れられそうに感じられる。

 人間の一生を支配しているという神として「艮(うしとら)の金神」なるものが挙げられている(p.296)。陰陽道の用語で、「金神(こんじん)」は凶神の性質を持つ方位神とされており、鬼門の方角である「艮」(東北)に在する金神は最も悪性であるという。いにしえの人々はこれを避けて暮らすのが普通だったし、この神が神懸かりしたことに始まる信仰もあったとのこと。そうした経緯を考えると「人間の一生を支配している」という形容も大げさではないということになろうか。

 ひとまず、上巻の感想としてはそんなところとしよう。なるべく早く下巻についてもまとめたいところである。

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

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